「冒険の書五十五:断罪」
マネージはワシらを見ると、キッと眉を吊り上げ怒り出した。
「なんでこいつらがここにいるのよ!? 犯罪者は監獄にぶち込むもんじゃないの!? あたしがこんな目に遭ってるのに何よこいつらにはこんな好待遇で……」
「黙らせろ」
厳しい声が飛んだかと思うと、ギャアギャア騒いでいたマネージは衛兵によって床に抑え込まれた。
顔を床に押し付けられ、実に苦しそう。
「お騒がせしましたなリゼリーナ王女殿下」
衛兵たちの後ろから、男がひとり部屋に入ってきた。
年の頃なら五十半ば。
低身長ながらもガッシリした肉体を、紺色を基調とした豪華な服に包んでいる。
茶色の髪や八の字ヒゲは丁寧に切り揃えられ、いかにも洒落者風だが、戦場焼けした肌や刀傷から兵士経験があるのがわかる。
「そして、お初にお目にかかります皆様。わたしはパラグイン。この都市パラサーティアの領主をしております。以後お見知りおきを。そして、手土産がわりといってはなんですが……」
パラグイン辺境伯はマネージの頭を容赦なく踏みつけると。
「リゼリーナ王女殿下、そして王女殿下を救った英雄ディアナ殿の顔に泥を塗ったこの愚か者を、断罪してご覧にいれましょう」
パラグイン辺境伯の言葉を聞いた瞬間、マネージは血相を変えた。
「り、リゼリーナ王女殿下ですって!? 嘘でしょ!? そんなことあるわけないわ! だってこの女は勇者学院の生徒で、卒業旅行をしてるただの小娘で……!」
「尊き方が身分を隠して旅をしていた。それだけの話だ」
「でも……そんなのわかるわけない! あたしに落ち度はないわ!」
マネージは自分には非が無いと言い張る構えだが、これは明らかに分が悪い。
知っていようがいまいが、王女殿下に無礼を働いたことは動かしがたい事実なのだ。
しかもただの無礼ではない。
王女殿下が洗脳されているなどというデマを吹聴したのだ。
ということはつまり……。
「王室侮辱罪……初犯でも無期懲役か死刑……」
ワシがボソリとつぶやくと、マネージはサッと顔色を青ざめさせた。
「だって……わかるわけが……っ」
なおも訴え続けるが、その勢いは明らかに落ちている。
自らの結末を察しているのだろう、目が涙で潤み、顔の化粧がだいぶ剥がれている。
「加えて、だ」
完全に追い込まれたマネージに、辺境伯はさらなる追い打ちをかけた。
「おまえは王女殿下のご友人であるディアナ殿を罠にかけた。商人ギルドの長サイネージと結託し、あわよくば獄中死させようと考えたな?」
「そ、それは……っ」
「サイネージはすでに吐いたぞ。おまえから賄賂を受け取り、共謀したとな」
「なっ……?」
再び兵士が部屋にやってきた。
何をするのかと思えば、マネージの隣に金色のガウンを着たデブな男を蹴り転がした。
無数のネックレスや指輪でごてごてと飾り立てた成金趣味の男もまた、マネージと同じように手枷をかけられている。
「サイネージ……あなた……っ?」
「おまえのせいだぞマネージ!」
驚くマネージに、噛みつかんばかりの勢いのサイネージ。
「何が希代の悪女だ! 聞けば王女殿下をお守りした英雄だそうではないか! それを罠にハメて殺せとは、なんたる卑劣漢!」
サイネージは苦労して体をひねって(太っているので)辺境伯を見上げると、必死になって命乞いした。
「お、お聞きになったでしょう!? わたしは知らなかった! わたしは悪くないのです! すべてこのマネージが悪く、わたしはそれに協力しただけなのです!」
「そうだな、サイネージよ。おまえが協力したせいでディアナ殿は拘禁され、王女殿下はいたくお心を痛め、また名誉を傷つけられた。おまえが協力しなければ、そのようなことは起こらなかった。わかるだろう? 事実を知っていたかどうかはどうでもよいのだ」
「ぐうう……っ?」
「おまえにはかねてより、罪人の不当なでっち上げに関する疑惑がある。また恐喝・脅迫・商人同士の談合による不当な市場操作などの疑いもある。これを機に、すべての罪を暴いてやるぞ」
「くそ……っ、なんだってこんな目に! それもこれもおまえのせいだぞマネージ!」
マネージを蹴ろうと暴れるサイネージだが、やはり足が短いので当たらなかった。
暴れているところを兵士に取り押さえられると、再びどこかへ連れられていった。
王室侮辱罪の幇助は懲役十年ぐらいだったか、今まで犯していた罪が暴露されればさらに長きにわたるかもしれん。
いずれにしろ、商人としてのサイネージはもう死んだ。
「離せ! 離せえー!」
サイネージの声が聞こえなくなってから、辺境伯はマネージへと振り返った。
「さてマネージ、まだ終わったわけではないぞ? おまえは自らの馬車隊の連中を見捨ててひとりで逃亡した。明らかに勝てぬ相手に立ち向かわなかったからといって罪には問われんが、衛兵団へ通報を行わなかったことは王国法に反する行為だ」
「う……っ」
「おまえにはサイネージ同様、きな臭い噂が多々あるからな。その辺もひっくるめてすべて白日の下に晒してやるから覚悟しておけ。その上で死に方は、とびきり酷いのを味あわせてやるからな」
「ううううぅぅぅぅっ……」
徹底的に断罪されたマネージの顔は、真っ青を通り越して真っ白。
まともに喋ることもできず、ただただ苦し気に呻くだけの生き物になってしまった。
「それではおまえたち、連れていけ」
兵士たちにマネージとサイネージのふたりを運ばせると、辺境伯は改めてワシらに向き直った。
「王女殿下、そして英雄ディアナ殿。愚か者どもの始末について、ご満足いただけましたかな?」
ワシが英雄かどうかはともかく、辺境伯の裁きは見事なものだった。
自らの領地で起きた不手際(辺境伯が悪いわけではないが)のせいでリリーナや王室の不興をかわぬよう、巧妙に立ち回った。
マネージはともかくサイネージという大物をバッサリと断罪することにより(水面下で権力争いがあったりするのだろう)、パラサーティアの都市運営そのものの利へと変えた。
「実に見事な裁きだった。不満などあろうはずもないわい」
元依頼主とはいえ馬車の皆を窮地に陥れたマネージが哀れな結末を迎えるのは、控えめにいってもスカッとする話だしな。
「リリーナ、おまえは?」
ワシがちらり視線を送ると、リリーナはニッコリ笑顔でうなずいた。
「ディアナさんがご満足なら、喜びこれに勝るものはございませんわ」
「うむ、ならばよし。さて、それでは……」
べルキアから始まったマネージとの遺恨は終息を迎えたが、一番大事な問題が未解決のままだ。
それは今まさに迫っているだろう、パラサーティアに対する魔族の襲撃だ。
この重大事をどのように辺境伯に伝え、防衛戦の準備を始めさせるかだが……。
「大丈夫ですよ、ディアナさん。わたくしのほうですでに手を回してありますから」
ワシの心を読んだかのように、リリーナは先回りして言葉を紡ぐ。
「パラサーティア防衛会議は、これからこの場所で開かれるのです」
「これから? ここで?」
「もちろんディアナさんもご一緒ですよ」
「ワシまで? いいのか?」
「それはもう、ディアナさんはわたくしを救ってくださった英雄ですから♪」
驚くワシをよそに、貴賓室のドアが開いた。
開いたドアからは大きな円卓と椅子が運びこまれ、パラサーティアの大物たちが続々と入室して来た。
「うおう、なんたる手回しのよさよ……」
そういえばリリーナの祖母にして賢姫と呼ばれたルベリアも、万事につけ気のきく娘だったな……などと驚き懐かしむワシの目の前で、パラサーティア防衛会議が始まった。
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