「冒険の書五十四:セキレイの正体」
何がなんだかわからぬままに釈放されたワシは、やはり何がなんだかわからぬままに馬車に乗せられた。
手枷も足枷もつけられずに丁重に扱われたのでそれほど悪いことにはならないだろうが、手のひら返しぶりが気持ち悪い。そんなことを考えながら運ばれていた。
「……ま、よいか。『刑執行の前に死刑囚に豪華な食事をさせる』というわけでもあるまいし、普通にしていよう」
気楽に街の景色など眺めながら運ばれていたワシだったが、行き先がパラサーティアを治める領主であるパラグイン辺境伯の館だった辺りでいよいよ疑念を抱き始めた。
パラグイン辺境伯は王国の四大公爵に順ずる格。人口十万を超える都市の領主として、凄まじい権力を持っている。
その館に運ばれるなんていうのは、普通では考えられない。
「おお~……さすがの門構えよのう~……。というか、ワシはいったいこれからどうなるのだ……?」
立派な門構えや広大な敷地。
使用人や歩哨の規律に至るまで、普通ではない。
そんな中に希代の悪女(疑惑)たるワシを連れていってどうするつもりなのだ?
見世物にして笑い者にする? それとも、ここまで出会った変態どものような狒々爺が待っているのか?
思ってもみなかった場所に連れてこられたワシが、疑いに疑いを重ねていると……。
「お、姐さんだ。おおーいっ。こっちこっちーっ」
ワシを見つけたゴラン・ギランの双子が、気楽な様子で手を振ってきた。
その後ろには馬車隊の皆の他、ベルトラもいる。
「姐さん、などと低俗な呼び方をするな虫けらどもめ。ディアナ様だ、ディアナ様」
ワシ以外に厳しいベルトラは、双子に毒づきつつもワシにはデレデレ笑顔で手を振って来る。
せっかくイケメン風を装っているのに、色々と台無しだ。
「お、無事だったかディアナ」
空中からパタパタ降りてきたのはチェルチだ。
「なんだか余裕そうな顔してんな……はは~ん? もしかして、拘置所でなんか美味いもんでも喰ってきな? ずるいぞおまえだけ」
「んなわけあるか。それよりチェルチ、状況は? 何がどうしてこんなところに連れて来られたのだ?」
「わかんね。あたいとベルトラにとって教会は聖気漂う最悪の場所だからな。捕まらないよう隠れてたら急にみんなが移動し始めてさ、追ってみたらここに着いたんだ」
「ふうむ……ルルカが教会に掛け合った結果……にしては展開が急すぎるな。ということはリリーナの方か?」
別れ際、拘置所に連れていかれるワシに、リリーナが「心配しないでください。わたくしに伝手がありますので」と言っていたが、そいつが効いたのかもしれない。
ワシの疑問に答えを出すかのように、館の入り口が開いた。
そこから出てきたのはルルカとリリーナ、ララナとニャーナの四人。
ルルカが顔を青ざめさせて震えていて、リリーナはどこか申し訳なさそうな顔をしている。
ララナとニャーナはリリーナの騎士の如く、真面目な顔をして後ろに控えている。
「んー……なんだこれは? いったいどういう状況だ?」
怪しむワシの前に、リリーナが足早にやって来た。
「ディアナさん、お疲れ様でした。そしてごめんなさい、黙っていて」
ペコリ綺麗な角度で頭を下げると、やはり申し訳なさそうに言った。
「わたくしの本当の名はリゼリーナ・アストレア・ウル・ハイドラ。この国の第三王女なのです」
………………。
…………。
……。
「ほお~、そうきたか」
「え、なんでディアナちゃん驚かないの? リリーナさんがリゼリーナさまだったんだよ!? この国の! 第三王女の! なのになんでそんなにリアクション薄いの~!?」
反応の薄さが不満だったのだろう、ルルカがワシの手を掴んで上下に揺らしてくる。
「もちろん驚いてはいる。実際、想像の範囲を超えてはいたからな」
「なになに、どーゆーこと? ちょっと違うな~、普通の学生じゃないな〜とは思ってたってこと?」
「そりゃそうだろう。この若さにしてあの落ち着き、言葉遣い、装備だってすべて魔法の付与された高級品だ。ワシでなくとも『こいつ、金持ちの商人か貴族のお嬢様なんだろうな』と思いはするだろうよ」
「わたしは全然思いもしなかったんだけど!? それはわたしがバカだったから!?」
「ルルカの『それ』はどちらかというと長所だから……まあ、よいのではないか?」
「なんだか軽くあしらわれてる気がするう~!?」
目をバッテンにして怒るルルカはさて置き……。
「驚いたぞ、そこまでの大物だとは思わなかった。リリーナ。いや、リゼリーナ王女殿下と言った方がいいのかの?」
「……今しばらくは、リリーナのままでお願いいたします」
リリーナはどこか寂し気に言うと、ワシを辺境伯の館へと招き入れた。
+ + +
館の貴賓室に案内されたワシは、改めてリリーナから説明を受けた。
自分がハイドラ王国第三王女であること。
いち民間人であるリリーナを名乗り勇者学院に入学したが、卒業後は第三王女に戻り、公務を果たすこと。
「そういえば、第三王女は病弱で表に出てこないという噂を聞いたことがあるな。ずっと自室にこもっていて、公務の場にも出てこないとも」
「わたくしのわがままだったんです。王女となる前に一時でいいから民間人として暮らしてみたいって。具体的には勇者学院を卒業するまで。本当は最後まで隠し通そうと思っていたんですが……」
リゼリーナは口に手を当て苦笑している。
そのしぐさ自体は以前と変わらないお上品なものだが、正体を知った今となってはどこか典雅な、特別なしぐさに見える。
「ま、状況が状況だからな。第三王女が防衛戦に加わるとなれば兵たちの士気も上がるだろうし、となれば隠しているわけにもいくまい」
「ええと……士気の高揚というのはもちろんですが、必ずしもそれだけではないのですが……」
なぜだろう、急にリリーナがもじもじし出した。
顔を赤らめ口をもごもご、何か言いたいことがありそうだが……。
「ん? どうしたリリーナ?」
「そのあの……正直に言いますと、ディアナさんを一刻も早く助け出したいという気持ちがありまして……その一心でっ! 秘密なんかどうでもいいと思いましてっ!」
なぜだろう、胸の前で拳を握って勢い込むリリーナ。
「ほ、他ならぬディアナさんのためなので! ということで!」
「ワシを? 助けたい? ああまあ、ありがたいはありがたいな。といってもいざとなったら自力で脱獄できるから、それほど心配する必要は無いのだがな。戦が始まれば無理やりにでも戦列に加わっただろうし、リリーナが秘密を明かすほどのものでは……」
「ああ~……ええと……はい、そうですか。そうですわよね……ハア~」
ワシの返しを聞いて、なぜかしょんぼりと肩を落とすリリーナ。
ため息までついて悲しそうにしているが、ワシにはさっぱりわからない。
「ディ、ディアナ、鈍感」
「まあでも、そうゆーとこがいいのかもにゃ?」
ララナとニャーナのふたりが口々に交わす言葉の意味も、ワシにはさっぱりわからない。
ま、思春期の娘特有のなんやかやというやつだろうが……。
「そうかそうか、してみるとおまえたちもまた普通の生徒ではなく、リリーナの近衛だったというわけか」
リリーナが第三王女とわかっても微動だにしないふたりの様子で、ようやくわかった。
「ふ、ふふん。こー見えて、偉い」
ぶい、と指を二本立てるララナ。
「ま、あんまり堅苦しくしないでこれまでどおりにつき合ってほしいにゃ」
飄々と肩を竦めるニャーナ。
ふたりの雰囲気は、出会った頃と変わりない。
十六、七という年齢にそぐわない落ち着きぶりとその強さは、今考えてみればたしかに第三王女の近衛に選ばれた強者のそれだった。
しかしそうか、改めて考えるてみると、リリーナは勇者アレスと賢姫ルベリアの孫娘なのか。それは強くて当たり前だ。
「アレスのチャラ男ぶりではなく、ルベリアの賢さを引き継いでいるらしいのは実に喜ばしい話だな……おっと、これ以上はいかんか」
危うく正体をバラしてしまいそうになったワシは、慌てて口を閉じた。
だって、考えてもみろ。
自分がここまでやってきたことを。
・いつもルルカがベタベタしてくる、よく一緒に寝る。
・街の女風呂に入った。他の女の裸を見た。
・チェルチが加わってからはルルカと三人で川の字になって寝るようになった。
・リリーナたちと旅するようになってからは、必然的に着替えなどを目にする機会が増えた。女同士だからと油断しているのか、三人はやたらと無防備に肌を晒していた。
ドワーフのワシが他種族の女に欲情することなどあるわけないが、向こうはそうは思ってくれまい。
ましてや今回のことでリリーナが尊き身分のお方であることがハッキリしてしまった。
ここでの自白は死刑を意味する。
「……うん、この秘密は墓の下まで持っていこう」
エルフのワシの寿命がどれほどのものになるのかはわからんが、死ぬまで黙っていようと心に決めたワシだった。
と、そこへ――
「なによ! 離しなさいよ! あたしが何をしたって言うのよ!」
衛兵に連れられ貴賓室に入ってきたのはマネージだった。
ここに来るまでによほど乱暴に扱われたのだろう、豪華な服が破け、カツラがずり落ち。
その手首には、金属製の手枷がつけられていた……。
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