「冒険の書五十三:ルルカのひとりごと②」
~~~ルルカ視点~~~
ベルトラとかいう不浄な存在のおかげ……なのは不満だけど、わたしたちはものすごい勢いでパラサーティアに着くことができた。
これで馬車隊のみんなの無事は保証され、わたしたちはパラサーティアの安全のために働くことができるようになった。
と、そこまではよかったんだけどさ。
肝心要のディアナちゃんが捕まって拘置所に入れられちゃったんだよね。
そんでもってわたしたちは、セレアスティール様を信奉する大教会で説教を受けることになったんだ。
なんでも、希代の悪女であるディアナちゃんからの『洗脳』を解除するため、ということなんだけどさ。
もちろんそんなの濡れ衣なわけなんだよ。
ディアナちゃんが希代の悪女だというのは正直ちょっとわかる気がするけど……そもそも可愛すぎるし、なんかあるたび褒めてくれるタラシっぷりや、小さなお手々でのボディタッチもいちいち小悪魔すぎるし……げほんげほん。
でも、『洗脳』されているっていうのは違うと思うの。
たしかにわたしはディアナちゃんに何か起こったらなんでもするつもりでいるし、なんだったら何も起こらなくてもなんでもするつもりでいるんだけど……ってあれ?
で、でも、わたし以外の人たちは『洗脳』されていないはず!
だってみんな、ディアナちゃんのためなら体を張れるって言ってるし! ディアナちゃんを拘置所から出すためなら資産を投げ打つとか言ってる人もいるし……あれれえぇぇ~っ!?
「と、ともかく洗脳なんかされてないんです!」
「鼻血を出しながら言っても、説得力はゼロですよ」
女司祭であるセラフィナさんは、メガネをクイと持ち上げると面倒くさそうに言った。
「うぐ……っ? い、いつの間にっ?」
慌てて鼻血を拭うわたしを、セラフィナさんはじろり冷たく見つめた。
ちなみにセラフィナさんは、モデルみたいに背が高くて切れ長の瞳が理知的で、いかにも仕事ができそうな感じの大人の女性だ。
僧侶の上位階にあたる司祭である他、審問官――僧侶の行動を見張り、問題があったら裁くお仕事――のお役目も受け持っている、わたしみたいないかにも仕事ができなさそうな――実際できない――小娘にとっては天敵みたいな人なのだ。
「し、しかたありません、認めましょう。わたしはポンコツなんでしかたないです。でも他の人はどうなんですか? みなさん優しくて誠実ないい人ばかりですよ?」
「僧侶であるあなたが一番先に白旗上げてどうするんですか……」
セラフィナさんはハアと大きなため息をつくと……。
「ともかく、洗脳されているかいないかすぐには断定できません。今後のあなたたちの行動を見た上で、じっくりと判断させていただきます」
「それじゃ間に合わないんですよおお~!」
セラフィナさんの膝にすがりつこうとしたわたしだが、冷たくあしらわれた。
具体的には頭をぐいぐい押され、突き放された。
「間に合わないって、何にですか?」
「そりゃもちろん、ディアナちゃんが拘置所でひどい目に遭ってるかもしれなくて……いや、それはないか。ディアナちゃんが誰かをひどい目に遭わせてるかもしれなくて……」
「……犯罪者が犯罪者をイジメるということですか?」
「ディアナちゃんは犯罪者じゃないです! そうゆーことじゃなくて、えっとえっとおぉ~……」
どうしよう、どうしたら納得してもらえるんだろう。
「うあああっ、わたしってば頭が悪いから、こうゆーの苦手なんだよお~」
頭を抱えてうねうねうねっていると――突然最高のアイデアが降ってきた。
そうだ、これだ、これならいける。
「あ、そうだ。ディアナちゃんの素晴らしさを延々三十分語って聞かせますから、それで判断してもらうっていうのはどうですか? セラフィナさんもディアナちゃんの素晴らしさを知れば考え方が変わるはずなんで」
「それこそ、洗脳された者特有の思考じゃないですか」
「うあああああ~!? そうだったああぁぁ~!? これじゃ藪蛇だあああぁぁ~!?」
わたしは頭を抱えた。
「どうしよう、こうしてる間にも魔族の襲撃があるかもしれないのにい~」
「はい? 魔族の襲撃?」
わたしの発言を聞き咎めたのだろう、セラフィナさんが目を細めた。
わたしの肩をガシッと掴むと、犯罪者に向けるような厳しい目を向けてきた。
「どういうことですか? まさかそのディアナちゃんとやらが、パラサーティアに悪意をもって攻撃を仕掛けようとしているのではないでしょうね?」
「と、とんでもないですよお! その逆! 真逆です!」
「――ルルカさん、もういいですよ」
「え、リリーナさん?」
わたしに声をかけてきたのはリリーナさんだ。
パラサーティア在住の伝手を頼ると言っていたはずだけど、もうそっちの用事は済んだのかな?
「すいませんが説教中ですので、関係のない方は表で待っていてもらえますか?」
お仕事の邪魔をされたのが嫌だったのだろう、セラフィナさんがゾッとするほどに冷たい声を出した。
顔つきも厳しくて、夜中に夢で見てうなされそうなほどに怖かった。
直接向けられたわけじゃないわたしが「ひあ」と悲鳴を上げたぐらい。
だけどリリーナさんはビクともしない。
冒険者の貫禄的な何かでサラっと受け流すと……。
「ですから、それはもういいのです。関係各所と調整しましたので」
「関係各所と調整? どういうことですか? いったいあなたは何を言って……」
眉をひそめるセラフィナさん。
――と、リリーナさんの後ろによぼよぼのお爺ちゃんが立った。
白地に金の刺繍の入った法服に白髪頭に頂いた宝冠という格好は、司祭の上の上――世界に四人しかない大司教さまのものだ。
つまりこのおじーちゃん、とんでもなくお偉い人なんだ。
「よいのだ。セラフィナくん」
「だ、大司教様⁉ い、いったいいつこちらへお越しに!?」
セラフィナさんがズバッとばかりに跪き、わたしも慌ててそれに倣った。
目上の人への礼を欠いたことで怒られるかなと思ったけど、大司教さまは鷹揚に手を振ってくれた。
ひらひら、ひらひら。いかにも温厚なおじーちゃんって感じで。
「礼はよい。ともかくみなさんを解放してさし上げなさい」
「し、しかしこの方たちには希代の悪女に洗脳されているという疑いが……っ?」
「疑いは晴れた」
「……は?」
「疑いは晴れたといったのだ、セラフィナくん」
硬直するセラフィナさんに、大司教さまは言った。
「こちらにおわすのはリゼリーナ・アストレア・ウル・ハイドラ様。つまりこのハイドラ王国の第三王女殿下であらせられる」
………………。
…………。
……ん?
「いま、なんて……?」
わたしは思わず聞き返してしまった。
僧侶ごときが大司教さまと直接口をきこうだなんて、普通だったら絶対怒られる案件だけど、セラフィナさんも大司教さまも反応しなかった。
それほどに、その言葉が与える衝撃は大きかったのだ。
「ごめんなさいねルルカさん、ずっと黙っていて……」
やがて、リリーナさんが言った。
実に申し訳なさそうな、そしてどこか悲しそうな表情で。
「大司教様のおっしゃる通りなの。実はわたくし、王族なのよ」
――リゼリーナ第三王女殿下は、わたしに向かって頭を下げた。
――リゼリーナ第三王女殿下が、わたしに向かって頭を下げた。
その瞬間のわたしの感情をひと言で言い表すなら――パニックだ。
「え・え・え・ええええぇぇぇぇえぇ~!?」
わたしの上げた大声が、大教会の隅から隅まで反響した。
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