「冒険の書五十一:マネージの嘘」
~~~マネージ視点~~~
馬車隊を襲ってきたコボルドたちを振り切るため、マネージは馬を走らせた。
「くそっ! なんだってあたしがこんな目に遭うのよおぉ!」
マネージ・グレイン、三十五歳。
性別は男だが、女という性に憧れている。
服は女物、化粧も女のように濃く、立ち居振る舞いや喋り方に至るまで女に寄せている。
運動すると筋肉がついてしまうため、基本自力では歩かない。
なので当然ながら戦闘などはできず、捕捉されればたとえコボルド一匹相手でも勝ち目はないだろう。
自らの非力さを知っていたからこそ、マネージは必死で逃げた。
馬車隊の皆の非難の声が耳に残るが、すべて無視して駆け続けた。
無事にパラサーティアの正門をくぐった時には、心の底から安堵の息を吐いた。
「……って、安心してる場合ではないわね。あれだけのコボルドの群れに襲撃されたのだもの。みんなが生き延びてる可能性は限りなく低いけどゼロじゃない。裁判を起こされる可能性まで考えると、打てる手は打たないと……」
自らの保身のために高速で頭を巡らせたマネージは、その足で商人ギルドに寄った。
顔見知りのギルド長であるサイネージに声をかけると、今度は共に、衛兵団の詰め所に向かった。
+ + +
人口十万人を超す大都市であるパラサーティアの詰め所には百人近い衛兵が勤務していたが、権力も金もあるギルド長サイネージはさすがに顔パス。
衛兵団のトップである団長との面会まで、あっさりと取り付けた。
「おや、どうしたんですかギルド長。血相を変えて」
「団長、こちらはわたしの友人であるマネージ君です。実は彼から緊急のお話があるということで……」
衛兵団長に紹介されたマネージは、涙ながらに語り出した。
「実はあたし、ハメられたんです。ディアナとかいうエルフの小娘にっ」
「ほう、ハメられた?」
「まず最初は護衛として雇ったんです。どう見ても子供だったからあたしは嫌だったんですけど、ベルキアの冒険者ギルドからごり押されたの。たぶんあれは、賄賂か何かを貰ってたんだと思います。嫌だわ、あたし、そういうの本当に嫌いなんで……」
賄賂や脅迫など当たり前の汚い商売をやってきたくせに、マネージは堂々と嘘をつく。
「でも一番の問題は、その後の振る舞い。あの小娘、見た目の美しさを武器にして商隊のみんなを誑し込んだんです。見た目でポーッとさせて、甘い言葉で誘惑して、なんでも聞く奴隷に仕立てあげたの。色恋なんかとは縁のなさそうなゴランやギランまで奴隷にするほどの恐ろしいもの。ほとんど魔術のようでした」
「ゴランとギラン……たしか名のある冒険者だったような……?」
「そうなんですそうなんです。でも、ディアナの恐ろしいのはそこから先」
ディアナの美しさ、ゴラン・ギランの強さと悪名。
時おり一片の真実を混ぜながら、マネージは巧妙に嘘を重ねた。
最終的に出来上がったのは、『希代の悪女ディアナ』だ。
出会った男と女をすべて虜にし、奴隷のように扱う。
馬車隊の主を殺し、積み荷を自らの財産にしようと画策する。
「魔族ですら真っ青の、恐ろしいやり口でした。あたし、本当に殺されると思ったんだからっ」
目をうるませるマネージの言葉を補強したのは、皮肉なことにベルキアで高まったディアナの名声だった。
年端もいかないエルフの小娘が『魔の森』で暴れまくり、名高い『紅牙団』のワンツーを一蹴した。
ほとんど荒唐無稽とすら言える噂が、『年端もいかないエルフの小娘の姿をした悪女』という形をとった。
人は元来、良い噂よりも悪い噂のほうを好む生き物だ。
サイネージの後押しがあったせいもあるが、団長はマネージの話を鵜呑みにし……。
「なるほど、わかりました。その旨、兵どもに伝えましょう。悪女ディアナ・ステラを絶対逃がすことのないようにと」
数刻後には、重要指名手配犯『ディアナ・ステラ』の人相書きが、パラサーティアの街中のいたる所に貼り出されることになってしまったのだ……。
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