「冒険の書五十:コボルド戦の結末と、そして」
ようやく機嫌の直ったチェルチにここまでの流れを聞いたところ、初手でコボルド君主を気絶させたはいいが、コボルドの群れに囲まれ死にかけたのだとか。
起死回生の策として『魂魄支配』を使って君主の体の乗っ取りを試みたところ、レベル差こそあったが相手が気絶していたので抵抗されずに乗っ取り成功。
上下関係に厳しいコボルドの習性を活かして群れに撤退を決断させ──そこへワシらの奇襲がキレイにハマったのだとか。
「ま、あたいの演技力を持ってすればこんなもんよ」
と、チェルチはドヤ顔しまくり。
コボルドのクセが残ってでもいるみたいに尻尾をぶんぶん振って、「褒めろ褒めろ」と催促してくる。
「なるほど、それはそれは……」
今までのつき合いからして『チェルチの演技力』といったものに関してはいささか疑念が残るものの、成し遂げたことは素直にすごい。
コボルドたちが撤退中でなければワシらの奇襲があれほど上手くはいっていなかっただろうし、戦闘のこじれ方によっては馬車隊に被害が出ていた可能性もある。
「すごいな、やったな。大活躍だったなチェルチよ」
ということでワシは、チェルチを全力で褒めることにした。
「よ〜しよしよし、偉いぞぉ〜」
頭をわしゃわしゃ撫でると、チェルチは気持ちよさげに目を細めた。
「ふっふ~ん、そうだろう~?」
「あの極限状況で冷静に立ち回り、最大限の功績を得るとはな。おまえほどの者は一族の中でもなかなかいないのではないか?」
「ふっふ~ん、そうかもなあ~?」
「うむうむ、すばらしい。ワシはいい仲間を持ったわい」
「ふふふふふ~ん♪ もっともっと褒めてくれてもいいんだぜえ~? なにせあたいは、褒められると伸びる子だからなあ~?」
気持ちよさそうに目を閉じ、腕組みをし、これ以上ないドヤ顔を浮かべるチェルチ。
かなーり調子に乗っているようだが、実際それだけの功を成したのは間違いない。
今日のところは心ゆくまで褒めてやろう。
などとやっているうちに、馬車隊の皆がやって来た。
皆はワシらの姿を見つけると、手を振り飛び跳ねて快哉を上げた。
「おー、ディアナちゃんじゃないかっ」
「あ、チェルチもいる。やっほ~」
「あんたらが助けてくれたのか? ありがてえ~」
「ふっふ~ん、ほとんどあたいの功績だけどな」
得意満面のチェルチが「さあ、あんたらもあたいを褒めろ」とばかりにパタパタ飛んでいくと、皆はわいわいと陽気に騒いだ。
チェルチの頭を撫で、顎をさすり、お菓子を与え。
いいことをした親戚の子供に接するような接し方で。
それがまた嬉しいのだろう、チェルチはちぎれんばかりに尻尾を振って喜んでいる。
「よかったねっ。チェルチちゃんすっごい嬉しそう♪」
ワシの肘を抱きしめるようにしたルルカが、仲間の喜ぶ姿に目を細めている。
「ずうーっと気を張ってたのが報われた感じで、見ているこっちまで嬉しくなっちゃうね♪」
「そうだな。急いだ甲斐があったというものだ……ん? そういえば、マネージはどうした?」
よくよく見ると、馬車隊の皆の中にマネージの姿が無い。
「コボルドに殺された? いや、そんな感じにも見えないが……」
たかがマネージとはいえ死人が出ているなら、皆も手放しで喜んではいられないだろう。
気になったワシがマネージの消息について聞いて回ると、皆は口々に言った。
「ああ、マネージならひとりで逃げたよ」
「ひどいもんだよ。コボルドの群れが襲って来たのに気づいた瞬間、馬を一頭馬車から切り離してヒラリ、さ」
「『助けを呼んでくる』とか言ってたけど、あれは嘘だね。あたしらが死んだ後にゆっくり戻って来て積み荷を回収するだけさ。あんなクズ見たことないよ」
こうなった今となっては、もはや礼儀を払う必要もないということだろう。
皆は口を揃えてマネージの悪口を言いまくった。
ワシも正直、驚いた。
「なんと……クズだクズだとは思っていたが、まさかそこまでとは……」
「マネージ様、ひとりでパラサーティアへ向かったんですの?」
状況を察したリリーナが、不安そうに眉をひそめる。
「もしそうなら、あの方が素直に事情を説明するでしょうか。一連の……ここまでの……。自分にとって都合の悪い事実を隠蔽しようとするのでは……?」
リリーナの恐れはもっともだ。
ここへ至るまでにマネージが行った非人道的な行為の数々は、世間に知れれば奴の商人としての信頼が崩壊するレベルのもの。
ならば先に、ワシらの心証を悪くしようとするのではないか?
極悪人が何を言っても世間は信じない、そんな状況を作って待ち構えようとするのではないか?
「理屈としてはわかるが、本当にそんなことができるのか? ワシらはともかく、ひとりで逃げたのを目撃した馬車隊数十人の目があるのだぞ? いくらなんでも誤魔化しきれないのでは?」
「……残念なことですが、追い込まれればなんでもするのが人族というものなのですわ」
リリーナは目を伏せると、吐き捨てるように言った。
「ホントになんでも……どんな極悪なことですらもできてしまう……っ」
ギリッと奥歯を噛みしめた。
ここにいない誰かを呪うように、ギュウと拳を握りしめた。
「リリーナ……?」
常におおらかで前向きなリリーナにしては珍しい表情だ。
いかにもいいところのお嬢様といった感じのこいつにしては……いや、だからこそ人の汚い部分をたくさん見てきたということだろうか?
だからこそ、これから何が起こるかわかるのだと?
「ごめんなさいね、みなさんが盛り上がっている中、わたくしひとりだけ……。ちょっと嫌なことを思い出してしまいまして……」
リリーナはかぶりを振ると、ワシから離れ歩いていく。
「おい、リリーナ?」
ワシの呼びかけに振り返ることすらない、孤独で、寂しげな後ろ姿。
その理由を、後にワシは意外な形で知ることになる──
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります




