「冒険の書四十八:チェルチ、奇襲に成功せり?」
~~~チェルチ視点~~~
「みぎゃあああぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁーっ!?」
ディアナに投げられ、あたいは飛んだ。
これ以上ないぐらいの勢いでぶっ飛んだ。
「なんっ……じゃこれはあぁぁぁぁーっ!?」
空気が物凄い勢いでぶつかってくるせいで、顔や体がギシギシいってる。
風圧がすごすぎるので目を閉じていたいんだけど、それはそれで危険が危ない。
ってことで頑張って目を開けると、地面が後ろにかっ飛んでいくのが見えた。
「最初の勢いだけつければいいって言ったのに! なんであいつはこんなことするんだ! 脳筋エルフめ!」
などと、文句を言ってもしかたない。
とにかくなんとかしないと、ホントに死んじゃう。
恋を知らない乙女のまま死ぬ。それだけは嫌だ。
「えっとたしか……空中制御の基本だよな。両手を広げて風を受ける面積を広くして、羽根も広げてさらに大きくして、とにかく勢いを殺すこと……」
あたいが小さかったころ、母ちゃんが教えてくれたっけ。
飛ぶの失敗すると普通に死ぬからって。
とにかく速度を緩めたり、落ちない方法を身に着けなさいって。
その後は人族の男にどっぷりになって何にも教えてくれなくなったけど、基本のキだけは教えてくれたんだ。
「ええい……止まれ! 止まれ! 止まれ!」
両手を広げて、羽根を広げて、懸命に勢いを殺そうとするあたい。
おかげでちょっと遅くなった気はするけど……ダメだ、まだまだ速い。
このままの勢いでどこかにぶつかりでもしたら、普通に死んじゃう。
「地面に足もつかないし、手を伸ばして掴めるものもないし……うううぅっ」
そうこうするうち、コボルドの群れとの距離が詰まって来た。
ちなみにコボルドは何百匹もいる。
人族の大人よりちょっと小さいぐらいの灰色の毛並みの奴らが、うじゃうじゃしてる。
手には剣とか槍とかを持って、体には鎧を着てて。
ほとんど軍隊みたいなのが、うじゃうじゃ。
狙いはあくまで馬車で、接近するあたいには気づきもしない。
このままいったらいい具合に奇襲ができそう。
いや奇襲じゃないな。こんなの特攻だ。
いきなり敵のど真ん中に突入するとか、ほとんど自殺行為だよ。
「さすがに止まれ! 止まってくれえぇぇぇーっ!」
あたいも頑張りはしたんだけど、けっきょく最後まで止まることは出来なかった。
どうすることもできないまま、コボルドの群れに突っ込んだ。
しかも群れの中で一番デカい、赤い毛並みのコボルドに――頭から、思い切りぶち当たった。
――ゴオォォォンンッ!
教会の鐘でも叩いたような、ものすごい音がした。
と同時に頭に衝撃が走り、目の前に火花が散った。
「あっ……ぐっ……あ……っ?」
あたいはその場にボトリと落ちた。
「え……生きてる? マジで?」
頭が粉々になるかというぐらいの衝撃だったけど、なんとか生きてた。
触ると大きなコブが出来てるけど、粉々にはなっていないしヒビとかも入ってなさそう。
「はあ~、よかった。死んだかと思ったあ~」
ホッとしたあたいは、心の底から息を吐いた。
立って体中を眺めてみたけど、他には傷もないみたい。
手も足も、自由に動かせる。
尻尾も無事だ、ぴんぴんしてる。
「いや~、すごいわ。あたいってばホントに運がいい~………………ん?」
じいぃぃぃ~っ。
そんな音が聞こえてきそうな勢いで、コボルドたちがあたいを見つめていた。
「あ、え、ええ~っとおぉ~……?」
ふと気が付くと、あたいの足元にはさっきの赤いコボルド――たぶん君主種?――が倒れている。
口からだらんと舌を出して、目をカッとばかりに開けている。
生きてるのか死んでるのかはわかんないけど、とにかく意識はなさそう。
「こ、これはそのお~。ちょっとした手違いというか~。ここまでする気はなかったというか~」
人族の男に媚びる時のやり方で、あたいはコボルドたちに媚びた。
胸の前で手を組み合わせ、もじもじと体を揺すった。
「ゆ、許して欲しいんだニャン♡」
「コボルドにそれは逆効果だワン」
渾身の『おねだり猫ポーズ』も効果なし……というよりはむしろ逆効果だったらしく、コボルドたちの怒りはマックスに達した。
「君主が殺られたワン!」
「野郎、絶対ぶっ殺してやるワン!」
「絶対に生かして帰すんじゃないワーン!」
「ぎにゃああぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」
さすがは忠誠心の篤いことで知られているコボルド族だ。
トップが殺られたぐらいじゃビビらない。
むしろ仇討ちだとばかりに、あたいに猛烈な勢いで詰め寄ってきた。
「こ、こ、これはさすがに死んだかもおぉぉぉぉーっ⁉」
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