「冒険の書四十七:ぶっ飛べ」
パラサーティアへ向かい、街道をひた走るワシら九人。
これから魔族軍対都市の攻防戦が始まるというところへ乗り込むというのはちょっと尋常ではないというか、正気を疑うレベルだ。
実際には怖くて逃げ出したいという奴もいるかもしれんので、最終的な意思確認をしてみた。
まずはルルカ。
「ディアナちゃんが一緒なら戦争だって怖くない……ことは全然ないんだけどっ! ホントは今にも泣いちゃいそうなんだけど! でもディアナちゃんと一緒にいられなくなる方が怖いから一緒に行くの! だからお願い置いていかないで! 怖くて足が産まれたての小鹿みたいに震えてるけど連れてって!」
と、狂気じみたワシへの執着を見せる。
一方リリーナは。
「勇者学院の生徒ということは将来の勇者候補ですから。人々の危機を黙って見過ごすようでは勇者になどなれませんから。……というのは建て前。本当はわたくしだって怖いです。でも、もしここで逃げ出したらきっと、自分で自分を許せなくなりそうなので……。あとはその……ディアナさんもご一緒なので安心できるというか……一緒に傍にいてそのご活躍を見たいというか……こ、これじゃファンみたいですけど……」
最後のほうはゴニョゴニョして聞き取れなかったが、自分が自分であるために戦う決意をしたといったところだろうか。
ララナとニャーナのふたりは。
「り、リーダーが行くなら行く。い、一連托生」
「ま、逃げる時は殴ってでも連れて行くんにゃけどね。こんな若い身空で死にたくはにゃいし」
とにかくリーダーであるリリーナを中心に動くつもりのようだが、いざとなったら逃げるという柔軟性があるのは助かるな。こちらの気持ちが楽になる。
ワシだって、若い娘たちの命を無暗に危険に晒したくはないのだ。
ゴラン・ギランの双子は。
「馬車隊の皆を守りながら、という話にはなりますがね。俺ら一応護衛なんで、第一優先はあくまでそこです。まあそこさえ平気なら、後は野となれ山となれ、ですよ」
「都市防衛戦自体は怖くないです。姐さんと一緒に命を懸けられるんなら、正直こんな楽しいことはないでしょう」
マネージや馬車隊の皆の身の安全を計りつつも、命を懸けること自体に恐れはない模様。
ヴォルグやゴブリンたちとの戦いで一皮も二皮も剥けたようで、実にいい顔をしている。
ベルトラは……ベルトラはまあいいか。
「なんで!? なんで我だけ無視!? ああでも、この放置っぷりもまたいい!」
ショックを受けつつも興奮している。
もはやこいつ、何をしても喜びそうだな。
とまあそんなこんなで、最後に残ったのがチェルチだ。
レナの村で馬車隊の危機を知って以来、こいつはずっと悲壮な表情をしている。
ガヂガヂと爪を噛み、尻尾をビイィィィンと張り、苛立ちを隠せないでいる。
「のう、チェルチよ」
「……なんだよ」
「おまえはどうしてそこまで、馬車隊の皆に執着するのだ?」
「執着しちゃダメかよ? いいじゃないか、『誘惑する悪魔』が人族と仲良くなったって」
「別に悪くはない。ただちょっと、意外だと思ってな」
執着する、それ自体は悪いことではない。
モチベーション次第で働き方が段違いに変わる人間というのはよくいる。
勇者アレスがそうだった。
あのチャラ男は女を口説くために命を懸け、実際それを結果に繋げ続けた。
極論、魔王を倒すのだってハイドラ王国の王女を手に入れるためだったと言えなくもない。
一方で、チェルチはどうなのだろう。
数週間のつき合いしかない人族のために怒る……戦う……命を懸ける?
かつて自堕落な生活を送っていた悪魔貴族チェルチからは、まったく想像もできない変わり様だが……。
「あ、あたいだって、変だとは思うよ。こんなの似合わねえのかもなって」
チェルチがボソリ、ひとり言のようにつぶやいた。
「しょせん他人だとか、そもそもが人族だとか、色々考えたりはするよ。でも、でもさ……」
チェルチは唇を噛み、何かに腹を立てている。
それはまとまらない自らの思考への怒りか、それとも……。
「あたいは悪魔貴族だ。『誘惑する悪魔』で、人族とは相容れない存在だ。実際、一族のみんなは人族を食材として扱ってた。自分たちが満足するための、使い捨ての食材だって」
人族の精気を吸い取る『誘惑する悪魔』としては、それは当たり前の思考形態に思える。
「あたいの母ちゃんは異端だった。本気で人族の男に惚れて、自分の子供を捨ててまで尽くしてた。それをみんなは笑ったよ。『誘惑する悪魔』が本気で恋してどうするよって。そのせいであたいはバカにされてさ、いつも腹ペコで……。そのせいで母ちゃんをちょっと恨んだりもして……」
チェルチが食に執着するのはそのため。
そこまでは知っている。
「だからというか、あたいは他人から食い物を奪うのが当たり前だと思ってた。でも、それは違ったんだ。少なくとも人族は違う。ちょっとの間一緒にいただけだけど、それがわかったんだ。なんの見返りもなしにあたいに食い物をくれる人がいて、なんなら優しくしてくれる人もいて、それは立場によっても違ってて……。エーコや冒険者ギルドの人たちはくれる人で、ベルキアの人もくれる人で、馬車隊の人もくれる人で。それ自体は小さなことかもしんないけどさ、あたいにとってはすごく、すごく嬉しいことだったんだ」
言ってるうちに感情が昂ってきたのだろう、チェルチは顔を真っ赤にした。
目尻に涙を浮かべ、言葉を震わせ始めた。
「ダメかよ? そんなあたいが、恩返ししちゃダメなのかよ?」
「いや、すまん、悪かった」
ボロボロと泣き始めたチェルチの肩を、抱き寄せた。
互いの幽霊馬が近づき、ゴツンとぶつかった。
「試すようなをことを言って、本当にすまなかった」
本当は、不安なのはワシだったのだ。
悪魔貴族かつ『誘惑する悪魔』たるチェルチが、そうも簡単に改心するのか?
何かの理由をつけて、改心したフリをしているだけではないのか?
だけどそれは間違いだとわかった。
ワシの見方がひねくれているだけなのだ。
それはきっと、ワシが無駄に歳をとっているからだ。
魔族と戦う中で何度も騙されてきたから、自然と相手を疑う癖がついてしまったのだ。
「チェルチ。おまえの真心を信じよう」
こいつは今、急速に人族に馴染もうとしている。
故郷では与えられることのなかった愛情を一心に浴びながら、今まさに子供としての成長の真っただ中にいるのだ。
「……ホントだな? あたいの言うこと、ホントに信じるんだな? これから、なんでも?」
「いやまあ、ものにはよるが……」
あまりに突拍子もないことを言われても困る。
そういう意味で言うと、チェルチはゴンとワシのこめかみに頭突きをしてきた。
怒ったのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
チェルチは「にししっ」と子供のように笑うと。
「じゃあまあ、今回のことは借りにしておいてやるよ」
頭の後ろで手を組むと、これまでのやり取り自体が冗談だったかのように楽し気に笑った。
「けど、次からは許さないからな」
「うむむ、そうか……っと?」
チェルチに振り回されているうちに、状況がまた変わった。
具体的には視界の先に、マネージの馬車隊が魔族に襲われている光景が見えた。
「むむ、あれは……」
「犬人間だ! くそっ、馬車隊を襲ってやがる!」
強さ的にはゴブリンと同じだろうコボルドの群れが、馬車隊を襲っている。
子だくさんのコブルド種らしく、およそ三百から四百ぐらいの群れで。
「ここからだと……間に合わぬか?」
ワシらの現在地からすると、幽霊馬でおおよそ五分ぐらいの距離だろうか。
ゴラン・ギランの双子がいない馬車隊にとって、それは永遠にも近い時間だ。
このままだと、上手くいっても二、三人。
下手をすると十人以上の死者が出る恐れがある。
「ディアナ。あたいを飛ばせ」
「……うん? それはどういう意味だ?」
聞き慣れない言葉を疑問に思ったワシが、そのまま問い返すと……。
「あたいら『翼持つ者』はな、飛び始めは遅いけどスピードに乗ったら速いんだ。つまり『飛び始めを無理やり速くできれば』最初からスピードに乗って飛べるってこと」
「なるほど、羽ばたいて加速する関係上、どうしても最初は遅くなると。だからワシの力で、最初を大幅にカットしてしまおうと。つまりおまえを、ぶん投げろと。……それで合っとる?」
「合ってる」
言うなり、チェルチはワシに首を差し出した。
ここを掴んでぶん投げろと言わんばかりに、襟元を大きく広げた。
「なかなか大胆な作戦だが……覚悟はできとるんだろうな?」
「覚悟もなしで、こんなこと言えるかよ」
おっと、覚悟を問うのは野暮だったな。
ワシはチェルチを信じることにしたのだった。
「あ、ちなみに、『最初さえどうにかできればそれでいい』って話だからな? 『目的地まで到達させろ』って話じゃないからな?」
「わかった。馬車隊のとこまで全速力で届けてやる」
「いや全然わかってないじゃないか。あたいが言ってるのは最初が大事ってことで、それ以外はあたいに任せてくれればいいってことで……」
「舌、噛むなよ?」
「だからそうじゃなく……っ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐチェルチの襟首を掴むと、ワシは「むん!」と気合いを入れた。
コボルドの群れの、おそらくは君主種のいるだろう辺りに照準を合わせると、思い切りぶん投げた。
「ぶっ飛べええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!」
「違う違うそうじゃなあぁぁぁぁぁーいっ!?」
覚悟を決めていても怖いものは怖いのだろう、チェルチは悲鳴を上げながらぶっ飛んでいく。
「みぎゃあああぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁーっ!?」
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります!




