「冒険の書四十六:九本の矢の如く」
ゴブリン君主への奇襲――初手で首を捩じ切り――を成功させたおかげだろう、残りのゴブリンどもは大混乱に陥った。
もともと勝ち戦だと思って舐めていた連中だ。リリーナたちが牽制すると、さしたる抵抗も見せずに逃走を開始した。
「おーおー、なんたる逃げ足の早さよ」
逃げさせたら天下一品なゴブリンどもだ。
数分後には一匹残らず視界から消えていた。
「――さて、それでは」
まだポカンとしているゴラン・ギランの双子に、ワシは説明を始めた。
「ここまでの状況を説明してやろう」
馬車隊と別れてから、本当に色々なことがあった。
レナの村を襲っていたゾンビを全滅させた。
リッチのベルトラが懐いてきた。
ベルトラの口からパラサーティア襲撃、そして馬車隊が再び狙われるかもしれないという情報を得たワシらは移動手段としての『幽霊馬』をベルトラに召喚させ、ここまで爆速でやってきた。
「ちょ……ちょっと待ってくれ。いったん整理したい」
「情報が多すぎて頭がおかしくなる……」
ワシの話を聞いた双子は、頭を抱えた。
「……ま、そりゃそうなるか」
ほとんど絵物語レベルの話だものな。
しかもそれが、一日も経たない間にたて続けに起こったのだ。頭が混乱状態になるのも当然。
「なあ……あんたを疑うわけじゃないんだが、そもそも幽霊馬に乗るのっておかしくね?」
「そこそこのレベルのアンデッドだぞ? 触れるだけで生者の魂を穢すような相手だぞ?」
ゴランたちの言う通り、幽霊馬はそこそこのレベルのアンデッドなので、生者の魂を穢す。
なんの力もない一般人なら、触れているだけで徐々に精気を奪われ、死んでしまうだろう。
「そこはほれ、こっちにはルルカがいるから。こいつが聖気を固めてワシらの体をガードすることで、幽霊馬との接触によるダメージを無くしてくれているのだ」
「……正直、僧侶なのに幽霊馬に乗っていいのかなあ~? という気持ちはあるんだけどね。女神様に申し訳ないような……。でも今はほら、状況が状況だから……」
女神に愛されまくっている僧侶としては気まずく感じる部分があるのだろう、ルルカは「うむむ」とばかりに呻いている。
一方の幽霊馬的には常に聖気によるダメージが入るのが不快極まりないらしく、先ほどから盛んに蹄を鳴らし、苛立たし気に首を振っている。
本音を言うならワシらなんて乗せたくないのだろうが、王であるベルトラには逆らえないらしく、大人しく乗せてくれている。
「そういやその僧侶も頭がおかしいレベルの聖気の持ち主だったな……」
「ん~、そのリッチ……ベルトラだっけ。そいつはどこにいるんだ? 見た感じそれっぽいのいないけど……」
「いや、おるだろう。ほらええと、その辺に……」
ワシは首を巡らせ、一行の顔を眺め渡した。
ワシの隣にルルカとチェルチ、その後ろにリリーナたち『黄金のセキレイ』。
一番後ろに控えているのがベル……あれ?
「……誰だ、おまえ?」
そこにいたのはひとりの男だった。
年の頃なら二十後半といったところだろうか。
黒地に金刺繍の施された豪奢なローブを纏っている。
手には無数の魔石の嵌めこまれた黄金の杖。
髪は鮮やかなオレンジ色で、瞳には知性の輝きが宿っている。
装備に『怪しい魔術師』風味を感じるが、街を歩けば娘たちのほとんどが振り返るだろう美男子だ。
「誰だとはひどいな。我ですよ我。ディアナ様のベルトラです」
新生ベルトラ(?)は、髪をシャランとかき上げモデルのようなポーズをとってみせた。
「まったくワシのではないが、おまえベルトラなのか……なぜ急に、そんな姿に?」
「それはもう、今後も末永く、ディアナ様の都合のよい道具とて使っていただくためですよ。行く先々で人々に恐怖を与えていたら、道具としては失格ですから」
「いや全然末永くするつもりはないけどな? パラサーティアを救った時点でおまえはお役御免だから」
「ふおお……っ、相変わらずキレッキレの罵倒……我、我、思わず興奮してしまいますっ」
ワシの言葉の何がどう気持ちいいのかはわからんが、体を盛んにくねらせて盛り上がり続けるベルトラ。
「「「「「うわあぁ……」」」」」
娘どもはドン引きだが、双子はキラキラした目でワシを見た。
「お嬢ちゃんすげえな、アンデッドの王リッチをここまで手懐けるとは……っ」
「というかこれ、ほとんど奴隷レベルだろ。いったいなにをどうしたらこんなことができるんだ?」
「いや別に、何をどうしたというわけでもないのだが……」
「これはもうお嬢ちゃんなんて呼べねえな。これからは姐さんと呼ばしてもらおう」
「ディアナの姐さん、改めて礼を言わせていただきます。助けていただいてありがとうございました」
「う~ん、その呼び方はちょっと……。それではまるで山賊の女親分になったみたいではないか……なんて、言ってる場合ではないか」
双子が体を張って逃がした馬車隊が、じゃあこの先も安全かというと、まったくそんな保証はない。
他の魔族の群れに襲われる可能性は十分にあるので、一刻も早く追いつき、護衛に当たらねばならない。
「そのためにはもっと戦力が必要か……よし」
ワシは改めて双子を見下ろすと。
「ワシらはこれから、先行する馬車隊の安全を確保しつつパラサーティアへと向かい、都市そのものを魔族の襲撃から護る。どちらも非常に難しい、それこそ最難関のクエストだが、おまえら、ついて来る覚悟はあるか?」
双子の負っていた傷は、すでにルルカの『治癒』で治っている。
あとはやる気の問題だ。
ゴブリンどもに殺されかけてなお、棍棒を握る勇気があるのか。
恐怖が足を竦ませはしないか。
しかし、双子は言った。
清々しさを感じさせる笑顔で。
「もちろんですよ、姐さん」
「一度は捨てた命だ。二度、三度と捨てても同じでしょう」
「「俺たちを、パラサーティアへとお供させてください」」
異口同音。
双子らしく、タイミングピッタリで覚悟を告げた。
「よし、わかった。ついて来い。おい、ベルトラ」
「かしこまりました。幽霊馬二頭、追加させていただきます」
ベルトラは恭しく頭を下げると、双子用の幽霊馬を呼び出した。
ルルカがすかさず聖気で双子を覆い、現在馬上にいるのは九人。
「では行くぞ」
ワシは口元を引き締めると、一行の先頭に立った。
視線の先には長い長い街道が広がっている。
街道の脇は草原で、薄ら寒い風がヒョウと吹く。
この先のどこかを、馬車隊が走っている。
ヴォルグたちのような魔族がそれを狙っている。
さらにその先にあるパラサーティアでは、今この瞬間にも魔族との間で都市防衛戦が行われているかもしれない。
「飛ばすぞ、しっかり手綱を握り、胴を足で挟め。絶対に振り落とされるなよ」
暗雲のたち込める中、ワシは幽霊馬の腹を蹴った。
幽霊馬は一気に加速、矢のように走り出した。
ワシ・ルルカ・チェルチ・リリーナ・ララナ・ニャーナ・ゴラン・ギラン・ベルトラ。
九本の矢が、街道を飛ぶが如く。
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