「冒険の書四十五:ゴランの誤算②」
~~~ゴラン視点~~~
ディアナたちと別れてから、マネージ率いる馬車隊は先を急ぎに急いだ。
馬が口から泡を噴き、荷台に乗る人間が時に天井に頭を打つほどの急ぎぶりだった。
といって、特別急用があったわけではない。
納期が近いわけでもなかった。
単純に、マネージの機嫌が過去最悪レベルに悪かったのだ。
「もっと速度を出しなさい! 馬なんてお尻を叩けばいくらでも走る生き物でしょうが!」
御者に無茶を言い、馬の疲労も考えずに飛ばし続けた結果、それなりの速度は出たが……。
「マネージ様、このままだと馬が潰れちまいますが……」
「うるさい! 冒険者如きがわたしに口出しするんじゃないの! 木偶の棒は黙って言うこと聞いてりゃいいのよ!」
ゴランたちが何度か注進したが、聞く耳持たず。
その後もギャーギャーピーピーと騒ぎ続ける。
「しょうがねえ。みんな悪いが、耐えてくれ」
頭を下げて謝罪するゴランに、しかし乗員たちはまったく怒っていない。
「いいんだよゴランさん。あんたの立場からすりゃしかたねえって」
「正直さ、今までのあんたらは怖くて近寄りがたかったけど、今はそうでもねえんだ。昨日のあの騒ぎのせいかな」
「そうそう、あんたらの表情もなんだかトゲが抜けた感じがするし、共に危機を乗り越えた仲間って気がするし。ってことでお互い、頑張っていこうぜ」
乗員たちは笑顔で言うと、ゴランたちの肩を叩いて慰めてくれた。
のみならず、「共に頑張っていこうぜ」と励ましてまでくれたのだ。
「ギラン……」
「言わなくてもわかるって、ゴラン」
つい最近まで、ゴラン・ギランは乗員たちに恐れられていた。
ハッキリと距離を置かれ、直接話すどころか、目を合わせようとすらしない者ばかりだった。
流れが変わったのは、それこそ昨日の一件のおかげだ。
ボスオルグの率いる群れを撃退した一体感で仲間意識が増したこと、ゴラン・ギランが心を入れ替えたことも大きかった。
今までの尊大な態度を詫び、暴力等の不当な行為を謝罪したことで、乗員がふたりを見る目は劇的に変わったのだ。
「俺たち、変われてよかったな」
「ああ、お嬢ちゃん様々だ」
「もっとも、まだまだしなきゃいけねえことはあるけどな」
「正直、無事に娑婆に出て来れるかはわかんねえしな」
今までの罪の数々を謝罪し、裁判を受けること。
懲役を受けた上で、新たな人生を歩むこと。
それがふたりの選んだ道だった。
これからの膨大な道のりを思って、しかしふたりは気が遠くなるよりも先に、楽しさを感じていた。
「今度会ったら、お嬢ちゃん驚くだろうな」
「その前にもっともっと強くなっておかなきゃな。あんまりにも弱すぎて驚かれる、なんてのはごめんだからな」
「はっ、違いねえ」
清々しい気分になったふたりが、子供のように笑い合っていると……。
「ゴランさん! ギランさん! 敵だ!」
外の様子を眺めていた乗員のひとりが、慌てて声を上げた。
「敵だと……?」
ゴランが幌をめくって顔を出すと、馬車隊を追ってくる砂煙が見える。
目を凝らしてみると、追ってくるのはゴブリンライダーだ。
ゴブリンライダーとは飼い慣らした狼に乗った小鬼のこと。
ゴブリン自体は大人の男なら互角程度の相手だが、ゴブリンライダーとなると話が違う。
機動力の分が、そのまま差となる。
ましてやその数が一匹ではなく……。
「五十……もっとか?」
「しかもその後ろ。徒歩の奴もいるぞ」
「合わせて百……二百……三百以上? マジかよ……」
一匹一匹なら、ゴラン・ギランのふたりにとっては問題ない。
しかし、百を超える群れとなると話は別だ。
寄ってたかって攻められれば、どんな頑健な肉体であっても傷を負う。
ひとつひとつの傷を抉られれば、それはいつか致命傷となるだろう。
「馬車が走り続けている限りは平気だろうが……」
「なんせゴブリンライダーだからな……」
ふたりの危惧通り、ゴブリンライダーは手槍を構え出した。
「馬を狙われるか、はたまた車輪を壊されるか……」
「いずれにしろ、おしまいだな」
ふたりは互いを見つめ合うと、笑い出した。
「なんだ、どうしたんだいあんたら?」
「気でも触れたのか?」
「まああんだけの群れじゃな。無理もねえ、俺も正直チビりそうだ」
乗員が口々に言うが、ゴラン・ギランは首を横に振った。
「俺たちは正気さ。死に場所を見つけたことが嬉しいだけだ」
「それを正気と言うかは微妙だがな」
「はっ、違いねえ」
ふたりは再び笑い合うと……。
「じゃあな、みんな。マネージ様によろしく言っといてくれ」
「俺たちが時間を稼ぎますんで、その間にパラサーティアへってな」
「あ……あんたらっ?」
ふたりの意図――ゴブリンたちを足止めするため死兵となる――を察した乗員たちが血相を変えるが、ふたりは構わず、馬車から飛び降りた。
「バカな! 無茶だ!」
「やめろ! 戻れ!」
徐々に遠ざかる乗員たちの声を聞き流しながら、ふたりは棍棒を構えた。
土煙をたてながらこちらへ向かってくるゴブリンたちへ、向き直った。
「「さて、行くぞ」」
群れの先頭を走るゴブリンライダーの群れにむけ、ふたりは同時に技を放った。
「『地龍烈波』!」
ゴランの棍棒が地面を叩いて地割れを起こし、ゴブリンライダーの一部を呑み込んだ。
「『岩塊翔破!』」
ギランの棍棒が地面を叩き、割れた岩の破片がゴブリンライダーの一部を打ち砕いた。
「「「ギイイィィッ!?!」」」
残りのゴブリンライダーたちはふたりを警戒し、一瞬足を緩めた。
後続を待ってから改めて攻撃を仕掛けるつもりだろうが、それこそがまさにふたりの狙いだった。
「っしゃあ!」
「どんどん行くぞ!」
会心の笑みを浮かべて戦いに臨むふたり。
そこへぶつかるゴブリンの群れ。
当初は優勢だったふたりだが、さすがに衆寡敵せず。
三百匹に及ぶゴブリンの群れに呑み込まれてしまった。
特に、棍棒を叩き落とされてからはさんざんだった。
棒で殴られ石をぶつけられ、剣や槍で突き回され、満身創痍となったふたりは、堪らずその場に崩れ落ちた。
「ギイー! ギッギッギッ! ギャーギャッギャッ!」
当主と思われる兜をかぶったゴブリンが、崩れ落ちたふたりを指差して笑い声を上げる。
するとそれを聞いた他のゴブリン一同もまた、手を叩いて笑い出した。
不快な笑い声が辺りにこだまする。
「……何言ってんだろうな、こいつら」
「きっと笑ってるんだろう。人族ごときが魔族に勝てると思ってんのかって」
ふたりはしかし、一切悔しがることなく、ただ笑った。
死が目前に迫っているのにもかかわらず、清々しいほどの笑顔を見せた。
「ま、よくやったほうだろ。最後がゴブリン相手じゃかっこつかねえが……」
「仕事は果たせたしな。十分十分」
ゴブリンライダーを優先的に狙ったおかげで、馬車隊を追えるゴブリンはいなくなった。
つまり、護衛としての役割は十分果たせたことになる。
「願わくばもう一度、お嬢ちゃんに会ってみたいところだが……」
「やめとけやめとけ、ゴブリン如きに負けるとかそれでも男か、タマついてんのかって怒られるのがオチだ」
「――まったくだ。大の男が情けない」
「「………………え?」」
驚くふたりの目の前に、ねじ切られたゴブリンロードの頭が落ちてきた。
「ふん、どうやら間に合ったようだな」
そう言って姿を現したのは、他ならぬディアナだった。
「「な、なんでここに……? どうやってこんなに早く……?」」
レナの村を助けに行ったはずのディアナが、どうしてこの場所に? こんなに早く?
思わずハモってしまったふたりの疑問を晴らすべく、ディアナがドヤ顔で差し示してきたのは……。
「『幽霊馬』で来た」
「「なぁぁぁにそれえぇぇぇ~!!!?」」
ハモったふたりの絶叫が、辺りに響いた。
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