「冒険の書四十三:リッチ完堕ち」
「まずは集会所の火を今すぐ消すこと。偉大なる魔術師だったおまえなら簡単だろう? その上でお前の所属、任務を背後関係まで含めて洗いざらいぶちまけること。以上、わかったな? わかったなら今すぐやれ」
「ひ、ひいいぃっ!? わっかりましたあぁぁぁっ!?」
ルルカによって強化され、聖気でバキバキになったワシの拳を間近に見たせいでプライドが消し飛んだのだろう。
あれほど尊大だったリッチの態度が、嘘みたいに改まった。
「ではやらせていただきます! そおーれ! 『水流破』!」
リッチは大規模な水の魔術を唱えると、集会所を覆っていた炎と煙を一気に押し流した。
「おかあさん! おとうさん!」
この瞬間を待っていたレナは、わずかに残っていた熱気も燻る煙も無視して集会所の跡地に入っていく。
床に積もった灰を小さな手でかき分けると、すぐに地下室への扉が出て来た。
「ここ! ここ開けて!」
レナの指示通りに扉を引っ張って開けると、リリーナたち『黄金のセキレイ』はすぐに階段を駆け下り、中に閉じこもっていた村人の救出を始めた。
石造りだったおかげで熱気はそれほどこもっていなかったが、空気の循環が無かったのだろう、村人は皆、真っ青な顔をしていた。
「ケガしてる人はこっちきてー! わたしが『治癒』で治すからー!」
言葉通りにルルカは負傷者への、特に重傷者への治癒を優先して行った。
村人救出を終えた『黄金のセキレイ』が合流すると、軽傷者への応急処置を指示したりして応急救護所の指揮を執った。
皆の中で唯一空が飛べるチェルチは、空中からの捜索だ。
打ち漏らしたアンデッドの接近や、村人の生き残りの発見に注力させた。
結果、村人の四分の三分は生きていた。
四分の一は死んだわけだが、この規模のゾンビ禍においてはほとんど奇跡といっていい成果だろう。
そこここから喜びの声が上がり、身内の死亡やゾンビ化を知ったことによる悲しみの声が上がる中……。
「――さて、次だ。ワシの質問に答えてもらおうか」
ワシは冷たくリッチを見下ろした。
「は、はいぃぃぃっ!」
すっかり従順になったリッチはその場に正座すると、ぴぃぃんと背筋を伸ばしながらワシを見上げた。
「女王様のお望みとあらば、なんでもお答えいたします!」
「誰が女王様か。ディアナでいいディアナで」
「ディアナ様のお望みとあらば、なんでもお答えいたします!」
「ううむ……。そこまで豹変されると逆にやりづらいものがあるが……まあよい」
ワシとリッチのやり取りを見て「どういう関係なのかしらあれ……」とつぶやく村人はさておき、だ。
コホンと咳払いすると、ワシは質問を始めた。
その結果わかったのは、こいつが『闇の軍団』という集団に所属していること。
『ダーク・レギオン』は徹底的な秘密主義を敷いており、所属員に与えられる情報はごくごくわずか。
リッチですらも直属の上司と部下のことしか知らず、ただただ言われるがままに『偉大なる主』とかいう謎の人物の命令に従い、人類を全滅させるべく暗躍していたのだとか。
「リッチほどの魔族が下っ端扱いということか?」
こんなんだが、リッチは強敵だ。
今回はルルカパワーで圧倒できたが、ちょっとでも遭遇の仕方が変わっていれば相当な苦戦を強いられていただろう。
「ということは、こいつよりも上の存在がたくさんいるということか? いったいどういう集団なのだ『ダーク・レギオン』とは……」
「いえいえ、我ごときゴミにはふさわしい扱いでございます。我は低能で、無思慮で無力で……」
自らを卑下しまくったリッチは、何を思ったのかワシのつま先に頭を寄せると……。
「どうでしょう。忠誠の証に、偉大なるディアナ様の『美しく白きおみ足』に接吻をさせていただくというのは……」
「ダメに決まっておるだろう、バカかおまえは」
リッチの申し出があまりにも気持ち悪すぎたので反射で蹴っとばしたワシ。
しかしリッチは頬を押さえると、感極まった、というかのように興奮した声を上げた。
「ありがとうございますっ! ディアナ様の高貴なおみ足で蹴っていただくなど、なんんんたる光栄っ! このベルトラ、未来永劫誠心誠意粉骨砕身の覚悟でお仕えさせていただきます!」
「いや本当に気持ち悪いし、仕えさせるつもりもまるでないんだが……」
ドン引きするワシを見てさらに興奮したのか、リッチ――ベルトラという名前らしい――はぐねぐねと身をよじるようにして悶えている。
「あーあー、これ完全に隷属しちゃってるじゃん」
ワシらのやり取りを見ていたのだろう、チェルチが空から降りてくる。
「『誘惑する悪魔』でもなかなかここまではできないぞ。あんたもう武人とかやめてこっち方向にスタイルチェンジしたほうがいいんじゃない? 見た目で惚れさせてさあ、暴力で従えてさあ。出会った敵をことごとく完全服従させてくスタイル」
「わけのわからんことを言うな」
そんな未来の自分像、嫌すぎるわ。
「まあよい。ところでベルトラよ」
「おお、高貴なるディアナ様が我の名前を呼んでくださった! 身に余る光栄!」
「それ以上おかしなことを言うと殴るぞ? ってそれはもうご褒美にしかならんのか? ああもう、めんどうな奴だのう~」
頭をかきむしりながら、しかしともかく情報を集めようと、ワシは粘り強くベルトラに質問を続けた。
「おまえが組織の中で下っ端だというのはわかった。組織系統については詳しく知らず、せいぜい直属の上司と部下の名前しか知らないことも。問題は命令だ。なぜおまえはこの村を襲った?」
「はい、『人族の都市攻略における橋頭堡の確保。及び相互の支援ルートの分断』でございます」
「……人族の都市攻略と、相互の支援ルートの分断? 『ダーク・レギオン』が人類側の都市を攻略しようとしているということか? そんでもって、その都市を孤立させるために選ばれたのがこの村だと?」
「はい、ここは二、三百年前までは人族の……ハイドラ王国よりも以前にこの辺り一帯を支配していた蛮族の砦でした。蛮族自体は滅びましたが、残された砦の防御能力は高く、また街道へもほど近く、人族の支援ルートを分断して対象の都市を孤立させるのにもってこいなのです」
「……ちなみに、その攻略対象の都市の名は?」
「パラサーティア」
「な……っ!?」
ベルトラの言葉に真っ先に反応したのは、他でもないチェルチだった。
「パラサーティアって……これからあたいらが行く都市じゃないかっ! 馬車隊のみんなも、今そっちへ向かってるんだぞっ!?」
いつも能天気なチェルチが、焦りを含んだ声で叫んだ。
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