「冒険の書四十一:腐食の魔法」
レナを背負い、村の中央へと走るワシだが……。
「……妙だな、数が多すぎる」
徘徊するゾンビの多さに、ワシは首を傾げた。
「肉は大地の肥やしになり、骨は朽ちて砕ける。『アンデッドになり得る死体』というのは、実はそれほど多くないものだ。墓からゾンビを調達したとするなら、この村の規模から考えても二十がせいぜいのはずだが……どう見ても倍はいるな」
村人だった者が新鮮なゾンビになっている姿も見えるし、ある程度数が増えてはいるのだろうが……。
「ということは、外からゾンビを連れてきたということか。この村を襲うために、わざわざ」
ヴォルグが馬車隊を襲ったように、何者かが意図を持って人に害を成そうとしているのだ。
「ちっ……不愉快な話だ」
魔族などそもそも不愉快な連中だが、これはさすがにひどすぎる。
なんの罪もない村人を、辺境の村をゾンビ禍に巻き込む必要などあるか?
アレスたちとワシの戦いは、あれは無意味なものだったのか?
「おねえちゃん、あそこ曲がったら、集会所っ」
「おう!」
勢いをつけて曲がった先にはしかし――燃え盛る集会所があった。
集会所自体は石造りなので構造部は無事だが、木製の屋根が燃え落ち、窓枠が燃え落ち、内部からは盛んに炎と煙が噴き出ている。
「おかあさん! おとうさん!」
「危ないぞレナ! 近寄るな!」
ワシの背から飛び降りたレナが走って近づこうとするが、危ないのでそんなことはさせられない。
「おまえまで燃えてしまうぞ!」
「でも! おかあさんが……! みんな、あそこにいるの!」
自分が行っても意味がないことはわかっている。
ただ火傷を負ってしまうだけだということも。
それでも行かずにはいられないというのが家族の絆だが……。
「すまない、レナ。もう無理だ……」
ワシは、震えるレナを抱きしめた。
火の勢いは強く、黒煙が激しく噴き出ている。
この中で人が生きていられるとは、とてもではないが思えない。
「すまない、ワシらがもう少し早くたどり着けていれば……」
「違うの! 違うの!」
レナはしかし、頑なに首を横に振る。
「集会所の下に、ちかしつがあるの! たぶんみんな、そこにいると思う!」
「……地下室!? それなら……!」
ワシはハッとした。
そうだ、考えてみれば変だった。
人口ニ百人を超えないだろう辺境の村の集会所や家々が『石』で造られているのはおかしい。
森に隣接しているのだから木を使えばいいのにそれをせず、わざわざ石を運んでくるなんて贅沢すぎる。
「もしかしたら、ここは何かの遺跡か、あるいは軍の砦だったのではないか?」
そういうことなら、すべてに説明がつく。
村人が集会所に地下室があることを把握していて、立て籠もる選択をしたのは防御がしっかりしているという確証があったからだ。
そして、逆に考えればそれこそが、アンデッドの群れを率いている者の目的なのだとも言える。
「遺跡にあるはずの何かの奪取、あるいは防御施設としての砦の奪取。それならすべての辻褄が合う」
「ふぉふぉふぉ……。勘のいい人族のガキがいる、と思ったらエルフかよ」
一陣の瘴気と共に現れたのは、一体の魔族だ。
体は骨、黒地に金刺繍の施された豪奢なローブを纏っている。
手には無数の魔石の嵌めこまれた黄金の杖。
眼窩には鬼火のような光が宿っている。
「ふぉふぉふぉ……」
「そういうおまえはスケルトンソーサラーか? それともゴーント?」
「リッチだリッチ! 見てわからんか!」
謎のアンデッド――リッチはふざけるなとばかりに叫んだ。
ちなみにリッチはアンデッドだが、偉大なる魔術師が自ら望んで不死となった存在だ。
つまり強い。アンデッドとしても相当な格上だ。
「あいにく、骨の見分けには自信がなくてな」
「いやいや見た目が違うだろうが! 豪華なローブも、杖も、面構えも何もかも段違いだろうが!」
元が人間でブイブイ言わせていただけあって、プライドが高い。
「スケルトンソーサラーとかゴーントなんていうのは量産型! 我はもっと高次元の存在だから! アンデッドの王的な感じだから!」
「でもそれ、全部おまえの主観だろ? ワシら生命ある者にとっては等しく骨だし」
「ぐぎいぃぃぃ~っ! ああ言えばこう言うぅぅ~っ!」
地団太踏んで悔しがるリッチ。
「もういい! わかった! 我、怒った!」
怒りのあまり語彙を失ったリッチは杖を構えると。
「『腐食の手』!」
杖の先端が「ブウゥンッ」と震動したかと思うと、黒い風が生じた。
億万の黒い羽虫が結集したかのような『質量のある風』が、ワシに向かってやって来る。
風が触れた土や草が瞬時に腐り落ちているところからするに、どうやら『腐食』の魔法らしい。
数ある攻撃魔法の中でも、『腐食』は高難度の魔法だ。
魔法としての威力も強く、ひとたび触れれば魔法抵抗値の高いディアナの体とて無事では済むまい。
もちろん、当たらなければどうということもないのだが……。
「くっ、面倒な……」
ワシはレナを抱えてバックステップを踏むが、風は諦めずに追ってくる。
右へ逃げれば右へ、左へ逃げれば左へ、どこまでも執拗に追ってくる。
風の動き自体は遅いが、範囲が広いのが厄介すぎる。
「そらそら、逃げても無駄だぞ。風による攻撃は範囲が広い。防御も意味ない。その美しい肉体が醜く腐り落ちる様を早く見せろ」
ワシが腐り落ちる姿を想像しているのだろう、リッチは「宝石のような目玉がとろりと垂れ落ちるところが……」とか「穢れを知らぬ柔肌が黒くずぶずぶになっていくところが……」などと口走り、盛んに興奮している。
「ちっ……変態め」
自らアンデッドになるような奴だから頭がおかしいのは当たり前だが、それだけでもないような気がする。
この体になってから、変態に遭遇する確率が高すぎる。
「とはいえ、逃げ回ってばかりでも埒が明かんな」
家の屋根に跳び乗ると、ワシは改めて周囲を見渡した。
未だ燃え続ける集会所の正面にリッチがいて、黒い風がゆっくりとワシに迫ってくる。
数十体に及ぶゾンビがリッチの後ろや集会所の周囲をうろついている。
「煙が地下室に流入する前になんとかしなければならんが……」
石造りなので火は通らんだろうが、煙に関しては話が別だ。
ひと口吸い込んだだけで人を死に至らしめるような煙も存在する以上、早めにケリをつけなくてはならない。
「だがなあ〜……『気』はアンデッドに対する効きがイマイチだからなあ〜……」
悩んでいるところへ、対アンデッド特効娘がやって来た。
「ディアナちゃん! ディアナちゃん!」
ゾンビの群れを土に還したことで自信がついているのだろう、ふんすふんすと興奮状態だ。
「わたし、がんばったよ! みんなをきちんと土に還して……ってうわわわっ!? リッチだ!? わたし初めて見た!」
「助かった! ルルカ、おまえに頼みがある!」
「うううう……リッチ相手にわたしなんかが役に立つかなあ~!?」
「大丈夫だ! というか、おまえ以外ではどうにもならん!」
ワシの言葉に、ルルカは頬をピクリと反応させた。
「わたしじゃなきゃダメってこと? ディアナちゃんにとってわたしがそれほど大きな存在で……オンリーワンな感じで……それは……それはなんか……すんんんっごく嬉しいかもっ!」
ワシに頼りにされる喜びがリッチへの恐怖を上回ったのだろう、ルルカは興奮し頬を染めた。
「わかった! なんでも言ってディアナちゃん!」
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