「冒険の書三十七:リリーナのひとりごと」
~~~リリーナ視点~~~
ディアナさんがボスオルグを倒したことで、戦いの決着がつきました。
生き残りのオークとオルグは慌てて逃げ出し、わたくしたちの勝利が確定しました。
勝ちはしましたけれど、それで終わりというわけではありません。
馬車の多くが破壊され、積み荷が滅茶苦茶になり。
また、多くの人が傷ついています。
戦後処理のため、わたくしたちは三つに班を分けました。
ひとつ目は馬車の修復班。
壊れた馬車を修復する他、修復不能なものは投棄し、余った部品を他の使えそうな馬車に流用します。
これは主に、御者の方や馬車隊の工作担当の方が行います。
ふたつ目は積み荷の選別班。
売り物になるかならないかの見極めと、魔族の血を浴び汚染されたものの見極めを行います。
担当は商売専門の方々です。
三つ目は治療班。
両腕を骨折したゴランさんなど重傷の方を神聖術で治療、軽傷の方は薬や包帯などで応急処置します。
担当はルルカさんを始めとした僧侶さん、また他のいずれの班にも属していない方々です。
わたくしたち『黄金のセキレイ』とディアナさんは魔族の最襲撃に備え、見張りと巡回を行うことになりました。
「しかし、とんでもないことになりましたわね……」
「しかた、ない。旅、危険あって、当然」
ララナさんはバッサリと切り捨てました。
「そうそう、そんなことはみんなわかった上で、旅に出てるにゃ。だからリリーナもそんなに背負いこむことないにゃ」
ニャーナさんは普段より明るく振る舞うと、わたくしの肩を肉球でぽんぽん叩きました。
「本当はもっと上手くできたはずだとか、考えちゃダメにゃよ?」
「リリーナは、やれること、やった」
「おふたりとも……」
あっけらかんとした様子のおふたりですが、なんの痛みも感じていないわけではないでしょう。
物事をなんでも深刻に受け止めがちなわたくしを励まそうとして、あえて明るく振る舞ってくださっているのだと思います。
「わたしたちは、よくやった、もっと褒めてもらって、いい」
「そうにゃそうにゃ、いい働きできたにゃ。人死にも出なかったし、完璧にゃ。お腹減ったから美味しいご飯、食べたいにゃ」
「はいっ。それでは炊き出しを行いましょうか。ちょうどみなさまも、お腹を減らしている頃でしょうし」
おふたりとパーティを組んで、本当に良かった。
胸を温かいものが満たすのを感じたわたくしは、ひさしぶりに微笑むことができました。
「ではわたくしがひとっ走りいって……」
走り出そうとしたわたくしでしたが……。
「どちらかというと、心配なのは、あっちだ」
「そうにゃね。ディアナ、ちょっと悲しそうにゃ?」
おふたりの視線を目で追うと、そこにはディアナさんがいらっしゃいました。
大の字になって絶命しているボスオルグを見下ろし、何事かをつぶやいているようです。
目を細めたその表情は優しく、そして確かに、寂しそうに見えました。
+ + +
「ディアナさん、大丈夫ですか?」
「……リリーナか」
わたくしが話しかけると、ディアナさんは驚いたような顔で振り返りました。
人の気配に敏感で、いつでも『すべてを見通している』ような方なので、なおさらわたくしの接近に気づけなかったのがショックだったのでしょう。
つまりそれだけ、ディアナさんの心の傷が深いともいえるわけです。
「どうした、何か問題でも起きたか?」
「いえ、ディアナさんがなんだか寂しそうに見えましたもので……」
「ワシが? 寂しそう? はん」
最初は鼻で笑ったディアナさんでしたが……。
「……ま、そういう考え方もあるのかな」
目を細め口の端を歪めた、どこか自嘲的な笑み。
そこには紛れもない寂しさが漂っています。
ディアナさんの目に映っているのは、絶命したボスオルグです。
あれほどの打撃を受け亡くなった割には、どこか満足そうな死に顔ですが……。
「ワシらは……いや、こいつはな、人魔決戦の生き残りだったそうだ」
「魔王軍と人類連合軍が存亡をかけて戦った、五十年前の大戦の?」
「ああ、こいつは死にぞこなったのよ。多くの仲間の躯を踏みしめ、多くの敵をその手にかけながら、自分だけは死ねなかった。頑丈な体が災いしたのかもな」
古い友人のことを語るように、ディアナさんは続けます。
「人魔決戦が終わっても、こいつは自由になれなかった。古き魔王の命令か、あるいは新しき何者かとのしがらみか。いずれにしろ、その支配から逃れることは叶わなかった。戦士だから、オークやオルグを率いる王だから。ワシが最後の一撃を叩き込んだ時にな、こいつはホッとしたような顔をしたのだ。まるで礼でも言うようにな。柔らかく、慈愛に満ちた顔になったのだ。今まさに自分を殺そうとしている者に対して、魔族が」
喋るたび、ディアナさんは心を痛めているように感じます。
でも、喋るのをやめることができないのでしょう。
おそらくはそれこそがディアナさんの、この方への『手向け』だから。
「すまんな。おまえにはわからない話だろう」
「いえ……わかりますわ。冒険者だって、似たような部分はありますもの」
わたくしは言いました。
どうしてもディアナさんの心に寄り添いたくて、つんのめるように言葉が発しました。
「わたくしのいた勇者学院には、元冒険者だった先生がたくさんいました。円満退職といった形で冒険者を辞めた方もいましたが、戦傷や心の傷などのやむにやまれぬ理由で辞めた方たちも多かったです。そういった先生たちは言います。『冒険に囚われすぎるな、あれは鎖だ。鎖に囚われれば、二度と戻って来れなくなるぞ』と。今現在の生活をしっかりとおくることこそが幸せの秘訣なのだと教えてくださいました。当時はちょっと難しい話だなと思いましたが、今ならわかる気がします」
わたくしから見れば、たかだかオルグのユニーク個体の死です。
ですが、ディアナさんにとっては違うのでしょう。
あるいは、武人と戦士で近しいものがあるということなのでしょうか。
詳しくはわかりませんが、傷ついていることは確かです。
その傷つき方はどこか危ういようにも見えて……急にどこかへ消えてしまいそうにも見えて……。
「ディアナさんもどうか、あまり囚われすぎませんように」
わたくしが泣きそうになっているのがおかしたかったのでしょう、ディアナさんはフッと肩から力を抜きました。
「ありがとよ、リリーナ」
少し照れたようなその笑みが、わずかに語尾の震えたその言葉が――わたくしの胸に突き刺さりました。
ザックリと、深く。
「……あれ?」
わたくしは、思わず胸をおさえました。
「あれ……これは?」
顔がかーっと赤くなりました。
ドクンドクンと心臓が激しく脈打ち、呼吸が苦しくなりました。
しまいには膝から力が抜け、よろめいてしまいました。
そんなわたくしを心配してくれたのでしょう、ディアナさんが支えてくださいます。
「おい、どうしたリリーナ?」
優しい瞳を、わたくしに向けてくださいます。
「ひあっ? 近っ?」
わたくしは、思わず悲鳴を上げてしまいました。
ディアナさんの綺麗なお顔との距離の近さが、わたくしの腰を支えてくださる手の力強さが、さらなる動揺を産みます。
「急にどうした、よろついて。戦いの疲労が今ごろきたか?」
「いえ、その、それはさほどでも……」
「まあおまえの活躍は見事なものだったからな。細剣はもちろん、戦いの指揮に関しても堂に入ったものだった」
「その、あの、今はそんなに褒めないでいただけると……」
「何を言う。『鉄は熱いうちに打て』ではないが、よいことをした時はその場で褒めないと」
「ホントに今は……マズいので……っ」
これ以上褒められると、本気でどうにかなってしまいそう。
しかしディアナさんはベタ褒めを続けるので、わたくしはやむなく耳を抑えました。
なんだかもったいないことをしているような気もしますが、今はこれしか方法がありません。
そうこうするうち、天の助けがやってきました。
わたくしたちの様子を見ていたのでしょう、ルルカさんが血相を変えてやって来ました。
「ちょちょちょちょーっ!? 何をやってるのかなーっ!? ふたりともその距離感はおかしくないかなーっ!?」
日ごろからディアナさん愛を公言しているルルカさんだけに、この状況が見過ごせなかったのでしょう。
わたくしからディアナさんを奪い取ると……。
「ディアナちゃんもディアナちゃんだよっ! そうゆー風に思わせぶりな行動をとるとみんなが
勘違いしちゃうからねっていつも言ってるでしょっ!?」
「なんだ思わせぶりとは、ワシはただリリーナの活躍を正しく的確に褒めただけで……」
「そうゆーとこ! そうゆーとこだよディアナちゃん!」
ギャアギャアと騒ぐルルカさんのおかげで、わたくしはようやく平常心を取り戻すことができました。
ふたりのやり取りを眺め、笑う余裕すら出てきました。
「……あれ?」
しかし――なぜでしょう。
ルルカさんが止めてくれたおかげで助かったような……残念なような……?
この胸の空白はいったい……?
やがて、騒ぎを聞きつけたみんながやって来ました。
ララナさんにニャーナさん。
他の方々も楽しそうに、ディアナさんルルカさんのやり取りを眺めています。
チェルチさんは、誰からもらったのでしょう燻製肉を美味しそうに齧っています(平時なのに『飛行』の魔法で浮いているのは、よほど魔力に余裕があるからでしょうか)。
魔族襲撃を乗り越えたみなさんの顔に笑いが戻るのは喜ばしいことです。
受けた傷は神聖術で治せるし、心の傷だっていつかは癒える。
ディアナさんが笑っているように、いつかは。
「とりあえず、これで一件落着。といったところですかね」
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