「冒険の書三十三:ゴランの誤算」
~~~ゴラン視点~~~
ゴラン・ドガンはギラン・ドガンと双子の兄弟だ。
ゴランが兄で、ギランが弟で。
凶悪な顔立ちも筋骨隆々な肉体もそっくりで、攻撃的な性格も重戦士に向いていた。
双子ならではのコンビプレーを得意とする冒険者として、他を圧倒する活躍ができた。
レベルも上がり、冒険者ランクもあっという間にエリートクラスの下位に到達。
加入した冒険者パーティも実力者揃い。
しかしそこで、ひとつの壁にぶち当たった。
エリートクラス下位からさらに上へ行くには、今まで戦って来た魔族たちとは比較にならないような強敵を相手にしなければならなかった。
それこそ『一戦一戦が命がけ』というような、地獄の日々を過ごさなければならなかったのだ。
打撲に骨折、内臓破裂。
パーティの僧侶が神聖術を唱えてくれたおかげで死ぬことこそなかったが、一歩間違えれば墓の下に埋もれていてもおかしくない、そんな状況を何度も味わった。
極限といっていい冒険の日々は、徐々に双子の精神をすり減らしていった。
まず髪の毛が抜け、次に暴力や暴言が多くなった。
在籍していた冒険者パーティの仲間たちとの折り合いも、当然悪くなった。
やがて何もかもがめんどうになったゴランはギランと共にパーティを抜け、『文句を言わない暴力装置』を求めていたマネージ子飼いの冒険者パーティのリーダーに納まった。
マネージが気に入らない商売相手を潰し、あるいは家族を人質にとって交渉を有利に進める。
魔族ではなく無力な人間を相手にする日々は楽だったが、双子の成長はピタリと止まった。
そして、今である――
「ちっ……! オークとオルグか! 面倒な組み合わせだなあおい!」
「ゴラン! そっちに二匹行ったぞ!」
「わかってらあ! おら『暴力竜巻』!」
竜巻のように棍棒を振るう大技を放つと、オーク二匹が瞬く間に物言わぬ肉塊となった。
「っしゃ!」
ゴランは拳を握って快哉を上げたが……。
「まだ来るぞ! 次は三匹だ!」
「くそっ、キリがねえ……!」
双子とその部下たちが受け持つこととなった馬車隊三分の二は、オーク三十匹とオルグ十匹の群れに襲われていた。
数それ自体はディアナたちのものと変わらないものの、双子たちと乗員の連携が不十分だった。
防壁が上手く形成できず、またオークを早期に全滅させてからオルグに立ち向かうといった作戦もなかったため、オークとオルグの両者を同時に相手にするハメに陥った。
「ゴオアアァァアー!」
「くっ……オルグまで来たか!」
オルグの力はオークの倍。
再生能力があるので一気に倒しきらなければならず、また魔法耐性があるので魔術師たちの支援も期待できない。
それでも双子は踏ん張り、四匹までは倒したものの……。
「あと何匹いるんだおい!」
「わかんねえよ! 斥候がビビっちまってちゃんと報告して寄越さねえんだ!」
馬車の幌の上から戦況を伝達してくれるはずの斥候が、敵の強さとあまりの数にパニックを起こしてしまっている。
真っ青になって震えているだけで、弓による援護すらしてくれない。
「役立たずが……あいつはクビだな!」
「……んなことよりゴランよ、こいつはいよいよヤベえかもよ?」
ギランの差し示す方を見てみると、二台の馬車を弾き飛ばすようにして一体のオルグが現れた。
いや、それを本当にオルグといっていいのかはわからない。
ボディの色が緑褐色ではなく茶褐色で、オルグより頭ふたつ分背が高い。
「マジかよ、ユニーク個体か?」
ユニーク個体というのは、極まれに魔族が起こす突然変異のことだ。
群れの中から突如強者が現れ、多くの場合はその群れを統率し君臨する王となる。
「ちっ……どおりでな! 両側から挟み撃ちなんて高度な作戦を立てられたのは、奴がボスとして指揮してたからだ!」
普通のオークやオルグなら、両サイドから挟み撃ちなどというまどろっこしいことは考えない。
体格と暴力を活かして突破、蹂躙しようとするのが当たり前だ。
「う、うわー⁉」
「もうダメだ! 逃げろ!」
「あ、あなたたち、逃げてないで積み荷を護りなさい! これは命令ですよ!?」
オルグのユニーク個体――ボスオルグの出現によって士気の激減した双子の部下たちが逃走を開始。
マネージが逃げないよう命令するが、完全に無視して逃げていく。
その光景を見た乗員たちの間にも動揺が広がっていく。
このままでは全滅する――皆がそう思った瞬間だった。
「みなさまこちらへ!」
凛とした声が、辺りに響いた。
「ご安心ください! わたくしたちの方はオークを全滅させましたわ! ルルカさんの結界のおかげで護りも万全! 心を安くしてこちらに避難して来てくださいな!」
天の助け、といってもいいタイミングでのリリーナの誘導に、皆は一斉に歓声を上げた。
「助かった!」
「さすがは勇者学院の学生さま!」
「筋肉ハゲダルマとは違うわやっぱ!」
皆が一斉にリリーナ側へ逃げようとするのを、しかしゴランは手を広げて止めた。
「おうおう! どこへ行こうってんだおまえら!」
「俺ら兄弟への恩を忘れて小娘に頭を下げるってか!? 恥ずかしくねえのか! あと筋肉ハゲダルマとか言ってたやつ前へ出ろ!」
ギランもゴランの横に並び、皆がリリーナ側へ避難しようとするのを妨害する。
「な、なんで邪魔するんだ!? 皆で協力すればいいじゃないか!」
「うるせえ黙れ! こいつは面子の問題なんだよ! ぽっと出の小娘に助けてもらうとか、大の男に許されていいいことじゃねえんだ!」
リリーナに助けられるというのは、これまでの冒険者人生を否定されるようなものだ。
女に助けられるというのも、男として我慢ならない。
安っぽいプライドを振りかざすゴランを前に皆の不満が高まるが、しかし力ずくで突破できるほどの力もない。
「ゴオアアァァアー!」
そうこうするうちに、ボスオルグの目がこちらに向いた。
爛々と目を光らせながら突進してくる。
「うお……足速っ!? ってかなんだこの力はあぁぁぁ~!?」
ボスオルグとゴランの両手が「ガキッ」と組合い、力比べのような格好になった。
ゴランはパワーが売りの重戦士だ。
強化系スキルも得意であり、瞬間的なパワーならオルグとだってタメを張れる。
が、今回はさすがに相手が悪かった。
両者の力が拮抗していたのはほんのわずかの間で、次の瞬間には……。
――ボグン……!
「ぐわあああぁぁぁ~っ!?」
「ゴ、ゴランんんん~っ!?」
ゴランの前腕が、二本同時にへし折れてしまった。
「お、俺の腕がああぁ~!?」
ぷらんと垂れ下がる『飾り』となった己の両腕を見て、絶望の声を上げるゴラン。
「ち、ちくしょう! 今度は俺が相手だ!」
ギランは逃げず、兄のゴランを護る構えだが……。
「ゴオアアァァァァアーッ!」
「ひえええぇぇぇぇぇ~っ!?」
至近距離でボスオルグの『戦の咆哮』――敵を怯ませ味方を鼓舞する精神系のスキル――を至近距離で浴びたせいで恐慌状態に陥ってしまった。
頭が思考を止め、棍棒もただの飾り、攻撃を躱そうにも、足が地面に張り付いている。
こうなってしまっては助からない。
ゴランは死ぬ、ほどなくしてギランも死ぬ。
双子の運命が定まったかに見えた、その瞬間――
――ゴン。
ボスオルグの背中に何かが当たった。
地面に落ちて転がったその何かは、絶命したオルグの生首だった。
「ゴア……ッ!?」
驚くボスオルグを見下ろすのは、馬車の幌の上に腰掛けたエルフ娘――ディアナだった。
「なんだなんだ、人が雑魚を相手してる間にこんな面白いのと戦いおって、ズルいぞおまえら」
オーク、そしてオルグの返り血で真っ赤に濡れた顔の中、瞳だけが爛々と輝きを放っている。
ディアナは興奮した様子のまま、ゴランに訊ねた。
「なんだ、もうやらんのか? ひょっとして満腹か? ではここから先は、ワシが美味しくいただいていいかのう?」
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