「冒険の書二十九:旅の始まり」
ベルキアの街から旅立ったワシ・ルルカ・チェルチの三人は、商人であるマネージの率いる商隊の馬車に乗っていた。
もちろんタダで乗せてもらっているわけではない。道中に想定される野盗や魔物に対する護衛という意味がある。
マネージはハイドラ王国南方においては名の通った商人だ。
馬車隊の規模も十五台に及ぶ大きなもの。
ベテランクラス下位とはいえ、どう見ても子供なワシらが護衛するなどあり得ない話なのだが、冒険者ギルドの、特にエーコを始めとした受付嬢陣の強力な後押しがあったおかげで、出立直前にもかかわらずねじ込むことができたのだ。
――ディアナちゃんたちへの餞別よ! 馬車に乗って安全な旅をしてね! でもその代わり、必ずわたしのもとに帰って来てね! 約束だからね!? もし約束破ったら、針千本飲んで自殺するから!
目をバキバキにさせながらワシの手を握ったエーコの姿が(悪い意味で)忘れられない。
「……にしても、いろんな意味で怖い女ではあったな」
幼女好き、というだけではない。
エーコにはどこか油断のならないところがあった。
「人の皮をかぶった悪魔……は言いすぎかもだが、あの身のこなしや筋力は明らかにおかしい」
平時で油断していたとはいえワシの顔面に胸を押し付けるとかあり得んし、チェルチの頭を片手で掴んで持ち上げるとかもあり得ん。
元冒険者という線はあり得るが……それにしても基礎能力が高すぎるような気がする。
「ワシらに害意はないようだから放っておいたが……」
実際、ワシらへ向けられていたのは偏執的なまでの好意だった。
本当に、それのみだったのだ。
「ま、よいか」
過ぎ去った過去のことを悩んでいてもしかたがない。
輝く未来に到るためにも、今現在に集中しないと。
さて、改めて確認しよう。
今ワシらが請け負っているのは馬車隊の護衛クエスト。
野党や魔族の『群れ』を仮想的とする以上、ひとりでは出来ない。冒険者ひとパーティでも全然足りない。
理想をいうならば馬車十五台すべてにパーティを乗せたいのだが、それはさすがに予算的に無理なので、先頭・中間・最後尾の馬車にパーティを乗せている。
ワシらが乗っているのはその最後尾──最後尾というのは回避困難な危機に直面した際、最も切り捨てやすい位置でもある──つまりは『最も弱いパーティが乗る』位置なのだ。
「……ま、見た目は明らかに弱そうだからな、しかたあるまい」
最弱と思われるのは腹が立つが、見た目的にはしかたがない。
十四歳のルルカと八歳のワシとチェルチという組み合わせは、傍から見れば悪い冗談にしか見えないだろう。
だからだろうか、ワシらの馬車にはもうひと組の冒険者パーティが乗車していた。
彼女らはワシらがまだ組み立てほやほやのパーティであることを知ると、わざわざ自己紹介の場を設けてくれた。
「では僭越ながら、わたくしから自己紹介をさせていただきますね。わたくしの名はリリーナ。ジョブは『軽戦士』。銀クラスパーティである『黄金のセキレイ』のリーダーを務めております」
真っ先に立ち上がったのは十六、七歳ぐらいの小娘だ。
一切のくすみのない白い肌、人形のように整った顔立ち。輝くような金の長髪にはお高そうなヘアピンを挿している。
貴族のご令嬢を思わせる見た目と言葉遣いだが、ぴんと張った背筋や揺れる馬車の上でも微動だにしない体幹など、冒険者としての基礎はしっかりしている。
「ララナさんやニャーナさんとは勇者学院の同級生で、今回は卒業試験もかねた実地作業として様々なクエストをこなしているところです。では次、ララナさんどうぞ」
「ら、ララナ。魔術師だ。よろしく、な」
黒髪のおかっぱ頭で杖を携えたのがララナ。
ボソボソ喋る陰気な魔術師だが、ワシらの装備をじろじろ眺めて『戦力になるかどうか』値踏みしている辺り、知恵働きには期待できそう。
「にゃーはニャーナにゃ。斥候にゃ。足跡追跡や罠の解除が得意にゃ。護衛ではあまり役に立たない特技だが、よろしくにゃ」
語尾に「にゃ」がついているのは白い毛並みも美しいネコ族(二足歩行のネコ)のニャーナ。
足運びや身のこなしに一切の無駄がなく、種族的な特性――俊敏さや敏感さ――も相まって期待できそう。
「わたくしたち三人は『勇者学院』の同級生です。卒業試験もかねて幾つもの街を渡り歩き、クエストをこなしているところで……」
「も、もう実績十分。そろそろ、戻る頃合い」
「今回の護衛クエストを最後にして、王都に戻るつもりにゃのね」
勇者学院――人魔決戦後、再び暗躍を始めた魔族や魔王軍の残党に対抗するためにハイドラ王国が創始したという『勇者』の育成組織――の最終学年なのだという三人は、お揃いの制服と防具に身を包んでいる。
制服は白色の長袖シャツに朱色のスカート、膝まであるブーツ。
防具は白銀の胸当てに白銀の腰鎧。
武器はジョブごとに違い、リリーナは細剣、ララナは長杖、ニャーナは長弓といった具合だ。
防具で覆われていないシャツやスカートが脆そうで不安になるが、聞けば布地に金属繊維を編み込んでいるらしく、実戦用としては申し分ない品なのだとか。
勇者学院に入学できるのは才能のある子どものみ、しかも大陸中から集まってきたのをさらに選抜する仕組みだという。
リリーナたちがこの年齢でベテランクラス上位にまで達していることからも、組織としての信頼性は裏付けられている。
だからこそ、彼女らはワシら『聖樹のたまゆら』のお目付け役にあてがわれた。
だがそれは、言い換えてみれば『常に危険と隣りあわせの貧乏くじを引かされた』とも言えるわけで……。
「実戦経験豊かな先輩らがお目付け役についてくれて助かる、ありがとう」
冒険者としての実戦経験で明らかに劣るワシらを文句も言わずに支えてくれようとしているのだ。ここは礼を尽くさねばなるまい。
そう考えたワシが、ペコリ素直に頭を下げた――その瞬間。三人の雰囲気が一変した。
「まあ~、なんてお行儀のよい子なんでしょうっ」
リリーナが頬をピンク色に染め感激し。
「か、可愛いのは見た目だけじゃない、とか。ずるい」
ララナが胸に手をあて「うっ……」と呻き。
「生まれたての子ネコでもこう愛くるしくはならないにゃっ。にゃーはもう……にゃーはもう……っ」
ニャーナは両手をワキワキさせ(肉球をぐにぐにさせ)て興奮状態。
「おや? この反応はどこかで見たような……?」
本家幼女好きの変態ほどではないが、ほのかに『目覚め』を思わせるような小娘どもの反応に、ワシは一瞬、ビクリとした。
こやつらもまた、隙あらばワシに抱き着こうとしてくる手合いに成長するのではあるまいな。
ワシがその萌芽の手助けをしてしまったのではあるまいなと、護衛クエストの今後を思って憂鬱な気持ちになった。




