「冒険の書二十五:上手い『魂魄支配』の使い方」
「悪魔貴族チェルチ、つ~かまえたっと♪」
ワシが首ねっこを捕まえると、チェルチはすかさず謝ってきた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 謝るから殺さないで!」
「いやいや、そんなとってつけたような謝罪など聞かんから」
魔族は人類に仇なす存在だ。
しかもこいつは悪魔貴族。
魔族の中でも上位層で、知恵も働く。
甘言を弄し、隙を見つけて逃げるつもりだろう。
ワシは冷たく切り捨てると、チェルチの背中に膝を乗せた。
体重をかけて下手な動きができないよう抑え込むと、首ねっこを掴む手に力を込めた。
あとはこのまま圧迫し、頚椎を二つに折って殺すだけ。
「今までさんざん人を殺してきたのだろう。そのツケが回ってきたのだ」
「殺してないよ! 殺してないよ! ちょっと小突いて食料奪ったりとかはしたけど! それ以上のことはしてないよ! あたいはいい悪魔貴族なんだよ! 許してよおぉぉ~!」
生きるためならなりふり構わん、という感じなのだろうか。
誇り高き悪魔貴族が、ボロボロと涙を流して助けを乞うてくる。
「いい悪魔貴族とかいるわけないだろ。というかそもそも、『人類を恐怖のどん底に突き落とす』とか『大殺戮劇だ』とか自分で言っていたではないか」
「あんなの虚勢だよ~! あたいみたいな弱い悪魔貴族はああでもしないと、ナメられてイジメられるんだよお~!」
「しかし、『魔の森』で暴れていたおまえを封印しに勇者一行がやって来たという伝説が……」
「だから食料奪っただけなんだってば! そりゃ暴れたっちゃ暴れたけど! 言うほどひどいことはしてないの! 偶然勇者一行が通りがかったから『ついで』で封印されたの! 誰か長生きしてる奴に聞いてみてよおぉぉ~!」
「いやいや、そんなわけが……」
甘言を弄して逃げようとするにしても、ずいぶんとしつこい。
ここまで誇りのない悪魔貴族は見たことがないというレベルで、必死になって懇願してくる。
そんなワシらの問答を見かねてか、地域の古老と見られる老人が孫に連れられやって来た。
「ふがふがふが~……?」
歯が無いせいで、ワシには何を言っているのかわからない。
孫が解読してくれたところによると……。
「……え、ホントにないの? こいつがやったの『カツアゲ』だけなの? 普通こういうのって脚色されてとんでもない大悪魔にしたて上げられたりするもんだが、それすらないの?」
「ほらー! ほら言っただろー⁉ あたいはいい悪魔貴族なんだよー!」
ここぞとばかりに『いい悪魔』アピールをするチェルチ。
「だって普通、悪魔貴族って魔族の中でも選りすぐりで……その強さで他の魔族を従えて悪さをするのが通例で……」
「あたいら『誘惑する悪魔』はそうゆーのに興味ないんだよー! でも一族の中からひとりは悪魔貴族を選ばなきゃいけなくて! ちょっと瘴気が濃かったあたいが無理やり選ばれたの! なのに無理やり魔王軍に入れられてさ! 勇者と戦うとか絶対無理だから、人魔決戦が始まる前にと思って命からがら地方に逃げてきたんだよー!」
「悪魔貴族ってそんな貧乏クジを引かされる感覚で選ばれるものなのか?」
自分の中の常識が崩壊する音を聞いて、ワシは一瞬くらりとした。
が、すぐに持ち直した。
「……ま、まあでも? カツアゲ自体はしてたわけだし? おまえの犯罪自体は消えてなくならんし?」
「それは謝るよー! でも殺すほどじゃないだろ? 皿洗いでもドブ掃除でもするから助けてよー!」
わんわんと泣くチェルチの姿は、最初の印象よりずいぶんと幼く見える。
二十歳ぐらいに見えていたのが、今は……ん?
「……というかおまえ、なんか縮んでない?」
目の錯覚……ではない。
いつの間にか、チェルチの体が縮んでいた。
パツンと張っていた胸や尻がペタンと引っ込み、背も小さくなっている。
まるで、大人の女が幼女に戻ったかのような……。
「見た目だけならワシとほとんど変わらんのだが……」
「あんたにボコられたのと、そこの僧侶の聖気にあてられたののダブルパンチで瘴気をゴッソリ失ったんだよー! あたいは子供だから、瘴気で『むふふ♡な大人の肉体』を維持してたんだよー!」
魔力、気、聖気に次ぐ第四の力が瘴気だ。
攻撃や防御といった純粋な力の行使というより、どちらかというと搦め手。
他人の精神に干渉したり、物質の形を変化させるのが得意という傾向がある。
「つまりおまえは瘴気で大人の肉体を作っていたと? だが瘴気がなくなったせいでそれが維持できず、本来の姿に戻ったと? ということはもしかしておまえ、めっちゃ若いの?」
「くっ……封印されてた時間を除けば八歳だよ! 文句あるかい!?」
「まさか見た目通りの子供だとは……」
「あんただって子供だろっ!」
たしかに八歳にしては小知恵が回るが、こんな子供を人魔決戦に送り込むとか、魔王軍は狂ってるな。
まあ三度の飯より悪事が好きみたいな連中だから、狂っていて当然といえば当然なのだが……。
「ちなみに、瘴気が元に戻るのはどれぐらいだ?」
「え? ん~……その土地から吸収できる瘴気の量にもよるけど、普通にいけば半年とか一年とか……あ、素直に答えちゃった」
手を口にあて、「しまった!」なリアクションをするチェルチ。
なんとも子供らしい素直さだ。
「なんか、殺すのかわいそうになってきたな……ってダメだダメだ。絆されるな。小さくてもこいつは悪魔貴族。将来絶対、人類に仇をなす存在になるに違いない」
絆されそうになった自分を戒めるため、ワシはこいつの犯しそうな犯罪を考えた。
「人を脅して食料をカツアゲとか……人をボコして食料をカツアゲとか……なんかカツアゲばっかりだな……。というかそもそも、こいつが弱いのが問題なんだよな。魔法もイマイチ、大鎌術もイマイチ。ワシでなくともそこそこの冒険者なら余裕で倒せるレベルだし。他の魔族と違う部分は……そうか、『乗っ取り』だ」
ワシはポンと手を打った。
「人の心と体を乗っ取るなど、あり得んほどの大罪じゃないか。やりようによっては街を乗っ取ったり国を乗っ取ったり……いや、それほどの悪事を働けるほどの頭は無さそうだが……ん? そうか、乗っ取れるということは、だ。おい、チェルチ」
「なんだい?」
「おまえ、そいつの中に入れるか?」
ワシの『蓮華砕き』を喰らったせいで気絶しているデブリを指差した。
「『魂魄支配』しろってこと? できるけど……なんか嫌だなあ~。だってそのオッサン、あんたのことばかり考えてんだもん。あんたを裸にひん剥いてぐへへへへ~みたいなさ」
「そうだ、それだ」
「え、裸にひん剥かれたいの?」
「んなわけあるか」
「痛いっ?」
チェルチの頭をぺちりと叩くと、ワシは言った。
「そいつの体に入って、犯した悪事を洗いざらいぶちまけろ。そうすれば命だけは助けてやる」
ディアナ(ガルム)の頭脳プレー炸裂!
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