「冒険の書二百十四:その瞬間」
「小娘えぇぇぇぇぇー! 待ったぞ! 待ったぞおまえに復讐するこの瞬間を!」
思ってもみなかった伏兵の登場に、さすがのワシも動揺……したりはしなかった。
姿形はちんまいエルフ、しかし中身はドワーフの武人だ。
常在戦場。
いつどこから襲撃されても即応できるよう、普段から心がけている。
「ピエルラ家の嫡男たる俺に対する不敬罪だ! 速やかに死ねえぇぇぇぇー!」
「……ほう、小細工を弄さず体ごと突進するというのはよい発想だ。体格差に劣る相手を圧倒するなら、実際それが最も効率がよい。だが……」
ワシの足を掬おうとしたのだろうハイデルの突進を躱しつつ、ついでに足を引っかけてやった。
「甘いな。足運びひとつとっても、まるで成っていない。赤子のつかまり立ちからやり直せ」
「……ぷぎゃっ?」
躱されることはもちろん足を引っかけられることすらも想像していなかったのだろうハイデルは、間抜けた声を上げながらすっ転んだ。
甲板に膝を打ち、肩を打ち、頭を打ち。
船の傾きに合わせてゴロンゴロンと勢いよく転がっていく。
「というかそもそも、ワシを殺す気ならもっと徹底的に計画を立ててだなぁ………………あ? あれ?」
誤算だったのは、ハイデルの進行方向にマリアベルがいたことだ。
ドロガロンとの戦闘に恐怖し心を痛めたマリアベルは、舷側に隠れるようにしてしゃがみ込んでいたのだが、よりにもよってそこへハイデルがぶつかったのだ。体ごと。
「きゃっ?」「ぷぎゃっ?」
マリアベルの驚き声と、ハイデルの間抜けた声が重なった――と思った次の瞬間には、ふたりの姿は甲板から消えていた。
「なっ……?」
慌てて舷側へ走り寄ったワシだが、すでに遅かった。
ちょうど真下にいたドロガロンが巨大な口を開け、落ちたふたりをパクリと呑みこんだ。
「しまった……⁉」
まさかすっ転んだハイデルが、マリアベルごと船から落ちるとは。
そんでもって、まさかちょうどそこへドロガロンがいるとは。
「どうしてこんなタイミングで……よりにもよってっ……⁉」
予想外の出来事と、不運の連続。
本気で頭がおかしくなりそうだったが、悩んでいる暇はない。
ハイデルはどうでもいいというかむしろ死んでくれたほうがいいのだが、そんなことよりもなによりも、マリアベルの身が心配だ。
なにせ相手はドロガロン。
サハギンの重戦士たちすらものの数分で消化しきる胃袋の持ち主だ。
ルルカがかけてくれた『理力の鎧』の加護があるとはいえ、マリアベルの小さな体がどこまで保つかはわからない。
「ええい、四の五の言ってる場合ではないな――ルルカ!」
結界の維持とチェルチの治療にかかりきりのルルカに向けて、ワシは叫んだ。
「ちょっと行って来るからな――あとは頼んだ!」
「え? はえ? ディアナちゃん、今なんか言った?」
まったく状況のわかっていないルルカの声を後ろに置き去りにするように、ワシは跳んだ。
舷側からドロガロンの口元に向けて、ピョンと。
『口に入るものならなんでも喰おうとする』ナマズの貪欲性に賭けて。
「そら喰ってみろ! ここに小さくて柔らかい最高の餌があるぞおぉぉぉ~!」
もちろん、無駄死にするつもりではない。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、の諺の通りだ。
マリアベルを救うため、あえて死中に跳び込んだのだ。
「……ふん、ひさしぶりだな。ひさしぶりの超強敵。幼子の時分以来の、正面からでは決して叶わぬ相手。だからこそ裏道……いや、内懐に跳び込むのだ」
なぜだろう、さきほどから口の端が緩みっぱなしだ。
仲間が苦しんでいるのにもかかわらず、自らが死地に跳び込まんとしているのにもかかわらず。
身の内から震えが起こり、止まらない。
歓喜の疼きが、止まらない。
「恐れることは何もない。外から叶わぬならば、内側から破壊すればいい。それだけだ」
ニヤリ笑むと同時、ワシの体はドロガロンの大きく開けた口に呑み込まれた。
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