「冒険の書二百十三:ハイデルの襲撃」
~~~ハイデル視点~~~
少し前のことになる。
シルヴァリスの街でカイルとケインを殺害したハイデルは、しかしディアナ(フィオナ)への復讐という恐ろしいほどの難題を前に途方に暮れていた。
なにせ、あの強さと勘の鋭さだ。
普通に襲ったのではあっさりと返り討ちに遭うだろう。
多少不意をついたところであっさりと気づかれ、やはり返り討ちに遭うだろう。
本人はもちろんだが、仲間たちが強力なのもよくない。
僧侶に魔法剣士、邪眼使いに剣士。
いずれも歳は若いが、ひとりひとりがハイデルでは到底かなわぬ一線級の使い手だ。
「クソが、クソが、クソが……っ」
街の衛兵の追跡を逃れるために潜んでいた路地裏で、ハイデルは爪を噛みながらつぶやいていた。
「第三王女の上に強くて、部下も優秀で、あげく民衆にも慕われているだと? ふざけやがって、どれだけ恵まれてるんだっ? しかもこの俺を人族どもに引き渡して好きなようにさせるだと? ふざけやがって、俺は栄えあるピエルラ家の未来の当主だぞっ?」
完全なる逆恨み、そして幼少期からの偏向教育による自己認識の歪みなのだが、ハイデルとしては間違いだと思っていない。
自分のやることはいつだって正しく、それがひいては世界のためになるのだとまったく疑っていない。
今、自分が置かれている状況は理不尽なのだ。
きっといつか、あいつらには世界樹の罰が下るはずだとすら思っていた。
「絶対に殺す。ぶん殴って、蹴っ飛ばして、犯して、奴隷商に売り飛ばしてやる……っ」
法など関係ない、第三王女などどうでもいい。
自分を軽く扱った者は等しく落ちぶれ、地獄の苦しみを味わえばいいのだ。
完全に狂ったハイデルの目には、エルフらしからぬやさぐれた色合いが漂っている。
「失礼――森林騎士ハイデル・エル・ピエルラ様とお見受けいたします」
そこへ、見知らぬ女が話しかけてきた。
灰色のフードを目深にかぶったその女は、たいそう美しかった。
浅黒い肌に豊満な肉体、吸い込まれそうな蠱惑的な瞳、そして……。
「ダークエルフ? どうして、こんなところに……?」
ダークエルフはエルフの近縁種ではあるが、人魔決戦時に魔王側についたということで忌み嫌われる存在だ。
街中で見かけることなど皆無といっていいだろう。
「アタシの名はカル……カリッサ。十六家が一家ピエルラ家という高貴な家の出でありながら不遇をかこつあなた様のために、よいお話を持って参りました」
「……ほう、よい話? なぜ、俺に?」
あまりにも突然な申し出に、さすがに疑念を持つハイデルだが……。
「アタシもあのエルフの小娘には恨みがあるんです。いつか復讐する機会をと窺っていたのですが、なかなか隙を見せず、こちらの駒も揃わずで、ヤキモキしていたのです。そこへあなた様が現れた。気高さ、卓越した弓術と魔術、機を逃さぬ鋭い眼力と果敢さまで持ち合わせたあなた様が。これこそまさに、世界樹様のお導きといえるでしょう」
「……なるほど、そういうことか」
あからさまなおべんちゃらだが、ハイデルは信じた。
ひさしぶりに自分を肯定してくれる者が現れたのが嬉しくて、思わず口の端をニヤけさせた。
「そこまで言うからには、よほどの計画なんだろうな?」
「もちろんです。実はアタシの仲間が、あの娘の乗る船の経路に罠を仕掛けておりまして……。おっと、ここから先はどうかご内密に……」
ぴったりと身を寄せ、耳元でひそひそと囁いてくるカリッサの計画に、ハイデルは乗った。
(……この女、ダークエルフにしておくにはもったいないほどのいい女だな。あの小娘への復讐が終わったら、側女として囲ってやってもいいかもしれん)
自らの腕に押し付けられる胸の感触に鼻を伸ばしながら、何度もうなずいた。
+ + +
それから十日後だ。
カリッサの囁いた計画通りに、ハイデルは高速艇へ密航していた。
昼は船員に成りすましながら仕事をするフリをして、夜は誰より早く寝る。
疑いの目を向けられることはあったが、そのたび積み荷の影に隠れるなどして誤魔化した。
そして、そうして――
エルフヘイムへ向かう航路で最も危険な箇所である『ギリアスの滝』の手前の分岐で、高速艇は速度を落とした。
そこを予定通りにサハギンが襲い、次いでドロガロンが襲った。
「はっはっは! いいぞカリッサ! ダークエルフ風情が、上手いことやりやがった!」
戦場となった船上でハイデルは快哉を上げたが、すぐには行動に移らなかった。
危険だったのだ。
ディアナたちとドロガロンのぶつかり合いがあまりに激しく、下手に突っ込めば自らが巻き込まれる可能性があったのだ。
だが、しばらく見ているうちにその危険は去った。
予想通りではあったがドロガロンの力が圧倒的で、ディアナたちは成す術がなかったのだ。
ひとりが戦意を喪失し、五人組が四人組になった。
結界を張るたび壊され、仲間のひとりが視力を奪われた。四人組が三人組になった。
絶望、悲嘆、諦観――あらゆる負の感情が、船上を支配した。
「今ならいける……!」
船倉に隠れ潜んでいたハイデルは、ここぞとばかりに甲板に躍り出た。
まだこちらに気づいていないディアナの死角から、ダダッとばかりに走り寄った。
本来なら声も上げずに忍び寄るべきだが、思わず気持ちが、口をつい出た。
「小娘えぇぇぇぇぇー! 待ったぞ! 待ったぞおまえに復讐するこの瞬間を!」
あとは一気だ。
――状況はこちらで用意します。ハイデル様はただ、あの女に忍び寄って片足を抱え、川へ落とすだけでいいのです。あとはアタシらの下僕が、沼竜がやってくれます。
カリッサの助言通りに、怒涛の如く突っ込んだ。
「ピエルラ家の嫡男たる俺に対する不敬罪だ! 速やかに死ねえぇぇぇぇー!」
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