「冒険の書百八十八:ハイデルの誤算①」
~~~ハイデル視点~~~
ハイデル・エル・ピエルラは、エルフ族の中でも特に伝統のある十六家のうちピエルラ家の嫡男だ。
同家がなかなか子宝に恵まれなかったこともあって、猫可愛がりされて育った。
そのうえ魔術や長弓術の才能があり、六十歳という若さ(エルフ的には)にして精鋭揃いの『森林騎士』に選ばれた。
森林騎士は『世界樹』を護るための重要なお役目で、エルフ族人族を問わず尊敬を集めている。
そういった経緯もあり、ハイデルは増長を重ねた。
同僚はもちろん上司に対しても上から目線、巡回警備の際に立ち寄るシルヴァリスでは人族をまるで奴隷のように扱う始末。
周囲からの反発は当然あるものの、家格そしてエルフ族という種族の格が彼を護った。
結果として、彼は誰にも責められぬ無敵の人と化した。
ハイデルは、その日もいつもと同じように過ごしていた。
同僚たちを顎で使い、人族を蹴飛ばし、露店の食べ物を勝手に喰らい(当然金は払わない)。
人族の悲鳴が上がるたび、屈辱の呻きが聞こえるたび、ゲラゲラと下品な笑い声を上げていた。
そんな中、目をつけたのはミナだ。
年の頃なら八歳程度の、人族の娘。
安宿の女将の娘で、足の悪い女将の代わりに市場に買い物をした帰りだった。
背負いカゴいっぱいに入った野菜や魚をえっちらおっちらと運ぶ姿を見た瞬間、ハイデルの中のスイッチが入った。
「お、今日はアレで遊ぶか。行くぞおまえら」
同僚の騎士ふたりに告げると、横合いからミナに体当たりをかましていく。
「……きゃんっ⁉」
細身のエルフ族とはいえ、鎧で武装した男に体当たりされてはかなわない。
ミナは悲鳴を上げて転んだ。
背負いカゴの中身の野菜や魚が道にぶちまけられ、一部が側溝に落ち、一部が露店の下に潜り込んだ。
「わ、わ……っ? ごめんなさい……っ?」
慌てたミナが落ちたものを回収しようと立ち上がろうとするのを、ハイデルは容赦なく蹴飛ばした。
「おい、どこを見てるんだ汚らわしいゴミめ」
蹴られたミナは、ぼうっとした目をハイデルに向けてくる。
何が起こっているのか完全に理解できてはいないのだろうが、エルフであるハイデルに因縁を吹っかけられていることには気づいているのだろう、瞳に恐怖の色が宿っている。
(おお、いい目をしてやがる。こいつは予想通りの逸材だな)
嗜虐心をくすぐられたハイデルは、背筋をゾクゾク震わせて興奮した。
(何が起こっているのかはわからんが、最悪な事態に巻き込まれてる。しかも自分が悪いわけではないのに謝らなければいけない。その矛盾に揺さぶられる様がイイ~んだ)
胸中でうっとりとつぶやきながら、ハイデルはミナをイジメ続けた。
「俺たちの財布でも狙ったのだろう盗人め」と言いがかりをつけ、「人族の女め、なんと醜悪な生き物なのだ」などとハラスメント発言をするのも忘れない。
周囲の者たちは「おいミナちゃんが……助けないとっ」とか「あのコは親孝行な娘なんだ。さすがに見ちゃいられん」などと気遣い、一時は助けに入ろうとしたものの……。
「……げ、あいつハイデルだ。森林騎士様相手じゃさすがに分が悪いか」とか「エルフにニラまれちゃ、この街では生きていけんからな」などと自己保身を考え、動けなくなった。
そんな周囲の者たちのやり取りを笹穂のような長耳で聞き取ったハイデルは、さらに調子に乗った。
(いいぞいいぞ~、人族ども~。卑しき種族に産まれた我が身の不幸を呪いやがれ~)
頬を染め興奮し続けるハイデルが今まさに絶頂を迎えようとした――その瞬間のことだった。
「――おい、やめろゴミども」
ミナとハイデルの間に、ひとりの娘が立ちはだかった。
しかもあろうことか、その娘はエルフだったのだ……。
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