「冒険の書百八十七:シルヴァリスにて」
シルヴァリスは『深淵樹海』とハイドラ王国の中間に位置する街だ。
大陸中央部を流れ三つの国を跨ぐトリニア川(偉大なるトリニアと呼ばれている)の上流に位置しており、交易が盛んで、日々多くの商船が行き来している。
エルフヘイムに住まうエルフとの商取引の拠点ともなっており、ドワーフやハーフリングなどの亜人種に混じって、人族の街ではあまり見かけることのないエルフが普通に道を歩いている。
綺麗なものや可愛いものに目のないルルカは、ぽ~っと頬を染めながらエルフを眺め――
「わあ~、ディアナちゃん以外のエルフ族を見るのひさしぶり~。やっぱりみんな美人さんだな~。人族とは違って手足がほっそりしてて顔も小さくて綺麗で。見てるだけで心が癒されていくようだよ~。あ、もちろん一番の美人さんはディアナちゃんだけどねっ」
「そうゆーフォローはいらんから」
ひらひらと手を振ると、ワシは道行くエルフたちを眺めた。
ほっそりした手足に小奇麗な顔の造りなどの特徴はたしかにルルカの言う通りだが……。
「ん~……改めて見ると、やはりイヤな感じの奴が多いのお~……」
人族を汚物でも見るような目で見たり、人族の匂いを嗅ぎたくないためだろう口と鼻を手で覆ったりと、実に虫が好かん。
ちなみにエルフは、自分たちを高等な種族だと思い込んでいる。
産まれついての恵まれた容姿に加え、人族ではとうてい及ばないだろう膨大な魔力、二千年を超す長寿命であることなども影響しているのだろう、他の種族はすべて劣等種であると断じ、同じ空気を吸うのを嫌がる者すらいる。
世界中の俊才が集う勇者学院ですらひとりも(ワシ以外の、という意味で)エルフを見かけなかったのはそのためだ。
とはいっても、生活のすべてが『深淵樹海』で成り立つわけではない。
他種族との交流の中で心ならずも嗜好品の味を覚えてしまったエルフたちは、ここシルヴァリスで商取引をしなければならなくなった。
シルヴァリスを『出島』と表現した者がいるらしいが、それはなかなかに的を射た表現だと思う。
下等種族と接しなければならない、屈辱の地という意味で。
「ふん、本当にエルフという奴らは……」
「とかいって、ディアナちゃんもエルフだけどね?」
おっと、危ない。
ルルカにツッコまれなんだら、危うく自分がエルフであるのを忘れるところだった。
「まあでもホント、考えれば考えるほどディアナちゃんってばエルフっぽくないよね。人族ともフツーに話してくれるし、偉そーにもしないし。ついでに言うと魔術も使わないし……」
「う、うんまあそれはな。個体差があるからほれ……」
これ以上種族の格差や特徴について触れるのはよくない。非常によくない。
そう考えたワシは、話を逸らそうと適当な方向に指を差した。
「ほれルルカ、あれはなんだろうな? 世にも珍しい……」
「エルフの騎士が……人族の女の子をイジメてるところ?」
「…………んんん?」
思ってもみなかった返答に、ワシは驚いた。
驚き振り返った先には、ルルカの言った通りの光景が広がっていた。
緑色の樹皮に魔術のコーティングを施した『木の皮の鎧』を着て、腰には短剣、背には長弓を背負ったエルフの若い騎士が三人、八歳ぐらいだろう小さな娘を取り囲んでいる。
娘のものだろう背負いカゴが道に転がっており、買ったばかりだったのだろう野菜や魚の類がぶちまけられている。
「どこを見て歩いてるんだ汚らわしいゴミめ」とか「俺たちの財布でも狙ったのだろう盗人め」とか、エルフの騎士たちは口汚く娘を罵っている。
種族の違い、そして大人の集団に責められている恐怖もあってだろう、娘は反論も出来ずに泣いている。
エルフのしかも武装している騎士を恐れてだろう、道行く人々は見て見ぬふりで……。
「あちゃ~……」
額に手を当て、ため息をついた。
種族について触れるのはよくない、と思ったばかりだが、これはしかたない。
「義を見てせざるは勇無きなり、だな」
ワシは走ると、エルフの騎士と人族の娘の間に割って入った。
「――おい、やめろゴミども」
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