「冒険の書百七十三:狂猿マッド・ウータンの誤算③」
~~~マッド・ウータン視点~~~
正面に戻したマッド・ウータンの目に映ったのは、エルフの小娘が深く膝を曲げ、拳を突き出している姿だった。
運動や体操をしているというわけではない。
拳を突き出し、大猿の腹を打ったのだ。
しかもただの突きではない。
いったいどんな体の使い方をしたのだろう、エルフの小娘の足元の地面が陥没し、拳からはシュウウと煙のようなものが上がっている。
吹っ飛んだ大猿は白目を剥いて気絶し、起き上がる気配もない。
「なんだこりゃ……魔術か神聖術か……?」
怪しんだマッド・ウータンは足を止めると、念のため大猿たちを先に行かせ様子を見ることにした。
「おら行けおまえら! 小娘の技の秘密を探ってこい!」
尻を叩かれたように送り出された大猿たちは体の大きさをフルに使い、エルフの小娘に覆いかぶさるように襲いかかっていく……が。
――ドン!
――ズドン!
重い打撃音がするたびにひとり飛び、ふたり飛んだ。
マッド・ウータンの後方へと、凄まじい勢いで。
「ちっ。魔力を拳に載せて戦っているようにも見えねえ……いったいなんなんだ?」
マッド・ウータンが怪しんでいる間にも、大猿たちが飛んでいく。
中には気を利かせて後方から襲いかかった者もいるのだが、裏拳を一発喰らってその場に崩れ落ちてしまった。
「はっはっは! いいぞいいぞエテ公ども! もっとドンドンかかって来い!」
エルフの小娘は、見た目の可憐さに似合わぬ野獣のような笑みを浮かべている。
大猿を殴り、蹴り、ぶん投げ。
戦えるのが嬉しくてたまらないといった様子だ。
「こ……こいつ素手で魔族と戦うのを楽しんでんのかっ⁉ なんて戦闘狂だっ⁉」
エルフの小娘に求めていた反応(恐怖・絶望・悲哀)とは百八十度違う反応に、マッド・ウータン
はドン引きした。
「こ、こいつ以外の奴はどうなんだ⁉ さすがにこんなヤバいのはいないよな……っ⁉」
二方面に振り分け大猿たちの状況はどうなのか。
こいつ以外にもヤバい奴がいるのかと思い見渡してみると……。
「キキィ~っ⁉ キキキッキキィィ~(ひえ~、お助け~)⁉」
「キンキキ、キッキ~(お、俺の腕があ~)⁉」
騎士風の男が大剣を振りかざすたびに、大猿たちの体の一部が斬り飛ばされていく。
腕・足・膝・腹・背・肩・首。
そのあまりの斬れ味に、大猿たちは堪らず逃げ惑う。
「くそが……ええいガイア! なんとかしろ! てめえはそれでも俺の右腕か!」
情けない部下を叱るマッド・ウータンだが、次の瞬間、当のガイア――マッド・ウータンの片腕であり、他の大猿より二倍は強い――の体は頭頂部から股下まで真っ二つ。
ゴトンと轟音をたてて地面に転がった。
「なんだなんだ、弱すぎて僕の実力を証明できないじゃないか。もう少しまともなのはいないのかい?」
キザったらしく笑う騎士風の男の振るう大剣に、マッド・ウータンの目が引き寄せられた。
驚いたことに、刃が金属ではないのだ。
「ひ、『光の剣』だと⁉」
マッド・ウータンは思わず叫んだ。
それは、魔族も恐れる伝説の武器の名だ。
柄に埋め込まれた宝珠が持ち主の気を増幅し、まばゆい光の刃と成す。
その斬れ味は神の鍛えた金属とされるアダマンタイトのそれすら凌駕すると言われているほどだ。
「そんなやべーものの使い手が、なんだってこんなところに……っ? ……ああそうか、王族専用の馬車だからかっ! 王族の護衛騎士ってわけだなちくしょうめ!」
疑問の答えに自分でたどり着いたマッド・ウータンは、歯ぎしりして悔しがった。
「こんなことなら襲うんじゃなかった! なんて悔やんでもしかたねえか! おいサンダ! 馬は諦めて逃げるぞ戻れ!」
相手の強さを見誤っていたことに気づいたマッド・ウータンは、素早く方針を転換した。
格好はつかないがこの場は逃げ、再起を図ることにしたのだ。
「俺様さえいりゃあいくらでもやり直しは効くんだ! てめえが体を張って俺様の退路を確保しろ! わかったな⁉」
自分のために命を捨てろという無茶な言い分だが、猿族にとって群れのリーダーの命令は絶対だ。
大人しく言うことを聞くだろうと思ったサンダはしかし、こちらを振り返りもしない。
部下の大猿たちと共にその場に立ち止まり、ジッとしている。
「おい、何をグズグズしてんだ! 早く戻……れ?」
衝撃の事実に気づいたマッド・ウータンは、途中で言葉を切った。
「い、石になってるだとっ⁉」
サンダとその部下たちは、なんと全員石化していたのだ。
「『石化』の魔術……? いや、あれは一度に相手ひとりにしかかけれねえはずだ。これだけ大量に同時に石化させるなんて芸当は、コカトリスかバジリスクの『石化光線』以外には……」
そこまで言って、ようやく気付いた。
馬車の幌の上に登った眼帯娘の隠されていた右目が、紫色の怪しい輝きを放っていることに。
「げえ……っ、『邪眼』だと⁉ 国の秘密兵器クラスのスキル持ちまでいやがるのか!」
「ああーっはっはっは! 見たか見たか! これぞ妾の『邪眼』! あらゆるものをひとにらみで殺す、最強にして最恐のスキルだ! 恐れ敬え!」
「しかも微妙に痛々しい!」
「なっ……なんだと貴様、猿の分際で妾を愚弄するか!」
眼帯娘の痛々しい振る舞いはともかく、マッド・ウータンは内心で舌打ちした。
大猿を『素手』でぶっ飛ばすエルフの小娘、伝説の『光の剣』を持った騎士風の男、『邪眼』持ちの眼帯娘。
ひとりでも手に負えないような相手が、よりにもよって三人もいる。
なおかつ自分の片腕であるガイアとサンダはすでに死亡。
それ以外の大猿たちも、半分ほどが死亡するか戦闘不能に陥っている。
これは勝てない。
戦えば死ぬ。
「ええいどけどけ! おまえら全員でこいつらを足止めしろ!」
マッド・ウータンは拳を振るった。
部下を殴り捨てて囮とすると、恥も外聞もなく全速力で駆け出した。
「とにかく森だ……! 森に逃げれば……!」
足には自信がある。
平地だろうと、並みの馬程度ならぶち抜ける自信がある。
「森に逃げれば……! 俺様の縄張りなら……!」
森の中でならば、相手が誰だろうと負ける気はしない。
仮に敗色が濃厚になったとしても、木や藪や谷や崖、自然のあらゆる障害物が自らの味方となってくれる。
それらを使って逃げられる。
「走れ走れ走れ走れ……!」
前足を飛ばして、後ろ足で蹴って。
猿族特有の跳ぶような走りはしかし、途中で止められた。
「――おいおい。そちらから仕掛けてきておいて敗れそうになったから逃げるとか。それはないだろうが」
いつの間に追いつかれたのだろう、エルフの小娘がマッド・ウータンの頭を掴み、そのまま地面に叩きつけたのだ。
「い……いつの間に……っ?」
驚くマッド・ウータンに、エルフの小娘は告げた。
「群れの長が我先に逃げるというのもよくないな。というわけで罰を下す――ワシとふたり、命を賭けた一騎打ちの刑に処してやろう」
ニヤニヤと笑いながら、戦闘狂そのものの言葉を。
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