「冒険の書百七十二:狂猿マッド・ウータンの誤算②」
~~~マッド・ウータン視点~~~
街道を走る馬車に向けて、マッド・ウータンは駆けていた。
重心を高くし、地面の上を跳ねるように。
しかし、なかなか追いつけない。
普通の馬車程度なら何十馬身離れていようと即座に追いつけるマッド・ウータンの俊足をしても、距離が縮まらない。
「なんだ、あの馬車やけに速いな……?」
土煙を上げる馬車は、驚くほどの高速で走っている。
車体に『九頭蛇に剣』の紋章が描かれているところからするに、ハイドラ王家の高速馬車なのだろうが……。
「ハイドラ王家の馬車? 王族が乗ってるのか……。う~む、揉め事になるのは面倒だが……」
マッド・ウータンは目を真っ赤に充血させ、舌なめずりをした。
「こちとらもうエルフ娘の舌《 ・ ・》になっちまったんだ、今さら止められるもんかよ」
王族を襲って喰うなどしたら王国が総力を挙げての討伐活動を行うこなどわかりそうなものだが、極上のエサを前にしたマッド・ウータンは知性よりも本能を優先してしまった。
「ガイア、十頭率いてこのまま追い駆けろ。サンダ、十頭率いて森を抜けて、この先の上り坂で仕掛けろ。木でも石でもぶん投げて馬車を止めるんだ。残りは俺様について来い。大回りして、真正面から仕留めるぞ」
マッド・ウータンは四十頭の『大猿』の群れを三つに分けると、それぞれに策を与えた。
後方からの襲撃で敵の注意を引きつけたところに横合いから投石・投木で足止めし、回り込んだ本隊も含めて完全包囲をする作戦だが……。
「……ん、止まっただと?」
なぜだろう、馬車のほうが先に足を止めたのだ。
のみならず、中から人が降りて来た。
自分たちの存在に気づいていないわけがない。
ということは……。
「……降伏? まさかな。魔族相手に降伏して命乞いなんぞ、頭お花畑の王族様でもするわけがねえ。何かしらの罠があるって可能性も……。だが、伏兵がいるようにも見えねえし……」
罠を警戒し、足を緩めるマッド・ウータン。
注意深く周囲を観察してみるが、馬車の周りにも後方にも、増援や伏兵の姿は見えない。
そうこうするうち、人族側に動きがあった。
馬車から降りた騎士風の男が背中の大剣に手をやり、同じく馬車から降りたエルフの小娘が拳を握り、馬車の幌の上に登った人族の小娘が眼帯に手をやったのだ。
「幌の上の小娘に関しては何やってるかわかんねえが……奴らやる気なのか、面白え」
降伏ではなく何らかの罠があるわけでもなく、ただ戦う気なのだと知ったマッド・ウータンは、満面に笑みを浮かべた。
「いいぜえいいぜえ、そういう気の強えぇ~小娘を喰っちまうのが好きなんだぁ~。泣き顔と悲鳴が最っ高の調味料になるってなぁ~」
口の端からよだれがこぼれ落ちるのも構わずに、マッド・ウータンは言った。
「騎士や馬はどうでもいいからおまらの好きにしろ。眼帯の小娘もくれてやる。だがエルフの小娘は俺様のだ、絶対に手を出すんじゃねえぞ?」
「ウッキイィー(よっしゃー)!」
「キャーキャキャキャキャー(宴の始まりだー)!」
捕食の許可が下りたことに喜んだ大猿たちが、全速力で駆けていく。
ガイア率いる十頭が騎士に、サンダ率いる十頭が馬に、残りの十八頭が眼帯の小娘に殺到していく。
「さあ~て、俺様は残ったエルフの小娘をいたぶって遊ぶとしようか」
マッド・ウータンが両手をワキワキとさせた――その直後、ズドンという音が辺りに響いた。
何かが地面を踏み鳴らしたような、激しい音だ。
「いったいなんの音……だ?」
音の発生源を探して辺りを見回した――マッド・ウータンの顔の横を、一体の大猿が飛んでいった。
ビュンと風を切るような、ものすごい勢いで。
「は?」
離れたところに落ちた大猿は舌をだらりと垂らし、白目を剥いて気絶している。
強い衝撃を受けたのだろう、腹部に打撃痕があるようだが……。
「…………はあ?」
いったい何が起こったのか。
マッド・ウータンが正面に視線を戻すと、そこには驚きの光景が待っていた……。
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