「冒険の書百七十:旅のはじまり」
ルルカとのデートから二日後の快晴の日に、ワシらは王都ハイドリアを旅立った。
向かう先はエルフヘイム。
『世界樹』を信奉するエルフ族の故郷だ。
この世のすべての魔力の発生源とされる『世界樹』は、大陸中央にある『深淵樹海』の中心に天高く聳え立っている。
潤沢すぎるほどの魔力の供給により周辺の魔物は強く成長し、木々は奇怪に曲がりくねり、エルフ自身が排他的な性格だということもあって、エルフヘイムをひと目見ようと樹海に入ったまま戻らぬ者も数多い。『深淵樹海』が時に『帰らずの森』と称されることがあるのもそのためだ。
ハイドラ王国の外交官だからといって特別にエルフが手助けしてくれるなどということもないので、往復は基本自力。
つまり、エルフヘイムにたどり着くための準備は念入りに行わなければならない。
特に気を使ったのはルート選定と移動手段だ。
ひとつの国レベルの大きさのある『深淵樹海』まで馬車で半月、船に乗り換え樹海内を流れる河を進むこと半月、船を降り徒歩となり、樹海内を歩いて半月。
移動手段が頻繁に変わるのは面倒だが、王国の外交部に伝わる資料によるならば、それが最も進みやすく安全な道のりということになるらしい。
「馬車で半月、船で半月、徒歩で半月。合わせて一か月半か。まあ~、なかなかに根性のいる旅路だな」
馬車の後方で足を投げ出すように座っていたワシは、もはや見えなくなった王都の方角を眺めながら、しみじみとつぶやいた。
「でもさでもさ、それでもずいぶん速いほうなんだって」
隣に座るルルカが手を前後に振っているのは、『速さ』を表わしているのだろうか。
「この馬車、王族専用の特別製だからすんごく速くて。普通だったら倍近くの時間がかかるんだってさ。御者のおじーちゃんが言ってた」
長い年月を御者として過ごしてきた老練の御者オグシンの説明によると――
ワシらが乗っている王家の紋章の入った馬車は、馬車の下部において速度の根幹を成す駆動系に、魔術による特別な調整をしているのだという。
どんな悪路でも車輪をとられず、また回転軸が滑らかに回るので、馬に負担をかけずに最速を出すことができるのだという。
「ほう……いち外交官に王族専用の馬車を? ま、まあ相手が相手だからな。国の威信にかけても貧相なものは用立てられない、といったところだろうな」
などと平常心を装いつつも、内心では嫌な予感を感じているワシだ。
具体的にはリゼリーナが『ワシの任務を可及的速やかに終わらせるため』に王族の権力をフル活用し、王族専用の高速馬車を用立てた可能性がある。
その場合の費用がいくらになるのか。
馬や馬車を管理する車馬局へはどれだけの圧力をかけたのか。
想像しただけでもゾッとする。
とはいえ今さらそれをいっても始まらんというか、気にすればするほど深みにハマるだけなので、ワシは無視することにした。
「はっはっは、馬力があっていいのう、七人乗ってもビクともせんわい」
浮かべた笑いはちょっと乾いていたかもしれんが、気にしない気にしない。
「水も食料も充分、座り心地がいいよう背もたれや座面にまで最高級の素材が使われている。これ以上の贅沢は望めん旅だ」
最大乗員十二人のところに七人しか乗っていないのでスペースに余裕があり、非常時用の水や食料の蓄えも充分にある。
七人のうち五人はワシ・ルルカ・チェルチ・マリアベル・ルシアンで、護衛としての戦力は十分(マリアベルとルシアンは共に百レベル超えらしい)。
索敵(チェルチの飛行能力)・治療(ルルカの神聖術)・修理(魂がドワーフであるワシが担当する)などの雑事をこなす者もいるということで、人員に関してはなかなかこれ以上は望めないはずだ。
「ど、道中の護衛はくれぐれも頼みますよ皆さん」
ワシに声をかけてきたのはデクラン。
黒髪に白髪混じりの痩せたおっさんだ。
外交官という激務のせいで困り顔が癖になっているのだろう、いつも眉が八の字を描いているような男だ。
「ちなみにわたしは、戦闘などはまったくできないので期待しないでください。あと重度の腰痛持ちなので、走るとか飛び降りるとか無茶な行動も避けたいところでして……。ああもう、なんだってわたしなんかが『帰らずの森』に……。やっぱり王族の女性陣とは相性が悪いんだぁ~……」
エルフヘイムへの道中が不安なのだろう、頭をかかえて愚痴りまくるデクラン。
「まあまあ、戦闘ならワシに任せておくがいい。もちろん森での行動に関してもな、ちょっとした崖程度なら担いで登ってやるぞ」
といっても見た目がエルフの小娘だから容易く信用はできんだろうがな。
などと思っていると、ルシアンが脇からしゃしゃり出てきた。
「はっはっは、大船に乗ったつもりでいたまえっ! 僕の名はルシアン・ド・ラムゼイ! 将来の勇者候補たるSクラス生徒で、『光の騎士』のふたつ名をいただいている! そんじょそこらの魔物如きでは相手にもならないさ!」
となると、マリアベルも黙っていない。
「あーっはっはっは! 妾の名はマリアベル・ファング・ザリシオン! 七つの国を滅ぼし七つの民を統べた『漆黒の魔女イブリース』の生まれ変わりよ! どんな魔物の群れが襲ってこようとこの『邪眼』で殲滅してくれるから安心するがよい! ああーっはっはっはっは!」
実にキャラの濃いふたりが「僕のほうが強い」とか「いや妾のほうが強い」とアピールするのをジトォ~ッとした目で見たデクランは、疑わし気に眉をひそめた。
「『光の騎士』と『邪眼』、それに最近売り出し中の『脳筋エルフ』さんですか。いずれもお噂はかねがねうかがっておりますが……こういう噂は話半分で聞けともいいますしねぇ……。いやもちろん、みなさんを疑っているわけではないんですよ? ただちょっと不安が残るといいますか……」
「めちゃめちゃ疑っとるじゃないか。あと誰だ、『脳筋エルフ』とかいってる奴は」
などというツッコみはさておき、デクランはワシらの実力を疑っている模様。
ま、その気持ちもわからないではない。
ワシらの場合、とくに見た目がな。
言動も普通ではないし、とても強者には見えないだろうからな。
「そうだな……論より証拠ということで、何か適当な魔物でもいればいいのだが……お、あれは?」
ふと後ろを見ると、馬車を追いかけて来る魔物の群れが見えた。
「ほう、『大猿』の群れか」
大猿のレベルはおおよそ二十~三十、オーガ並の筋力がある上に知能も高く、道具や罠を使える個体もいるので、レベルの割に強敵だ。
「……しかしずいぶんと数が多いな。ざっくり四十頭はいるか? 餌の分配や寝ぐらのスペースを考えても普通なら二十~三十頭の群れを形成するのがせいぜいだろうに……ということは、よほど優秀なリーダーがいるのか?」
群れのリーダーは他の大猿より頭三つ分デカい『狂猿』だろう。
体を覆う毛並みは燃えるような赤、頭頂部だけがトサカのように白い。頬には戦傷だろう十字傷などもあり、迫力十分。
「ただの『狂猿』ではないな? もしかしたらヴォルグのようなユニーク個体かもしれん」
かつて戦ったボスオルグのことを思い出したワシは、思わず舌なめずりをした。
そうだそうだ、あいつは強かった。
「のうおまえら、『僕が強い』だの『妾が強い』だのと口先だけでピーチクパーチク囀るのはやめにせんか? 未来の勇者を名乗るなら、ここは実績で示すべきだろう。『狂猿』が十点、『大猿』が一点ではどうだ?」
チラリ横目で見ると、自らの実績を示す絶好の機会に直面したルシアンとマリアベルは、望むところとばかりに目を輝かせた。
「なるほど、より高得点をとった人の勝ちということかい? わかりやすくていい提案だ。ディアナ君にいいところを見せる機会でもあるしね。僕としてはもちろん異論はないよ」
「妾ももちろん異論はない。というか、点数計算すら必要ない。すべてひとにらみで片付けてくれるわ」
ふたりはニヤリ笑うと、すぐさま行動に移った。
ルシアンはズドンと勢いよく馬車から飛び降り、マリアベルはよじよじと馬車の幌の上によじ登り眼帯に手を当てた。
最後に残ったワシは、何が起こっているかわからず戸惑うデクランに振り返ると。
「デクランよ。改めて――論より証拠だ。ワシらの活躍を見て安心するがいい」
ニヤリ微笑み、馬車から飛び降りた。
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