「冒険の書百六十九:絆の証」
ルルカとの一日デートを終え宿に帰った時には、すでに夜中になっていた。
辺りは真っ暗。宿の前の通りには人通りもなく、遠くで野犬が鳴いていた。
先に寝ているだろうと思ったチェルチはなんと起きていて、宿の外で待っていた。
イライラした様子で地面を踏みつけていると思ったら、ワシらを見つけた瞬間ものすごい勢いで飛んできた。
「もおーっ、遅いぞふたりとも! いくらデ、デートだからって帰りがこんなに遅くなるなんてよくないぞ!」
プンプン怒ったかと思うと、ワシとルルカの間に強引に体を割り込ませてきた。
「帰りが遅いっておまえ、ワシら一人前の冒険者を子ども扱いか?」
「冒険者だって子どもは子どもだろ! 子どもは夜遅くまで遊んでちゃダメなの! そもそも王都には人族の皮をかぶった魔族が潜んでるかもって話をしてたのはディアナだろっ? 油断してるとこ襲われたら危ないじゃんかっ!」
「まあ、それはそうかもだが……」
ワシが子どもでないというのはさて置き、正論ではある。
王都の闇に何が潜んでいるかわからない以上、危険はいつでも自らの傍らにあると考えるべきだ。
「というかおまえ『誘惑する悪魔』のくせにずいぶんとまともなことを言うのだな」
「パーティの中じゃあたいが一番年上だからなっ。年長者として叱る必要があるんだよっ」
「年長者……ああまあ……そうかもな」
「そうかも、じゃなくてそーなのっ!」
元・悪魔貴族のチェルチはこう見えても人魔決戦世代だ。
イールギットによって五十年封印されていた期間まで計算に入れれば五十八歳となる。
年長者だから年少者の面倒を見る、時に叱る、というのは理屈としてはよくわかる。
わかるのだが……どこか納得いかない部分が残るのも事実だ。
そもそもおまえ、そうゆーキャラではなかったのでは?
どちらかというと皆に迷惑をかける側だったはずでは?
そんなワシの疑念はさて置き、チェルチは腕組していかにも偉そうに振る舞う。
「とゆーわけだ、わかったかっ?」
「はいはい、わかったわかった」
「もうしないかっ?」
「しないしない」
「じゃ、じゃあいいけどさ……ち、ちなみにどこに行ってどんなことしたんだ?」
先ほどまでの偉そうなそぶりはどこへやら、ワシの周りをぶんぶん飛び回ってデートの内容を気にするチェルチ。
「どんなことぉ~……? それはまあ、食事をしたり劇を見たり……いたって普通の……あ、そーか。そうゆーことか」
そこまで言って、ようやく気づいた。
どうしてチェルチがこんなに絡んでくるのか、デートの内容まで気にするのか。
なんだかんだでチェルチは寂しかったのだ。
ベルキアを出発して以降なにをするにも一緒だった三人の中でひとりだけ仲間外れにされたような気になって、だからこそ変に怒ったり絡んだりしてくるのだ。
なるほどなるほど。
「ひとりにして悪かったなチェルチ。これは詫びの品だ」
ワシが合図をすると、ルルカが後ろに隠していた包みを出した。
柔らかい竹の皮で包まれたそれは、ワシらが食事をした店のもうひとつの名物。
ふわふわ軽いスポンジとチーズクリームが特徴の『チーズスフレ』とかいうケーキだ。
思ってもみなかったのだろうお土産に、チェルチは大興奮。
「おおおおおおぉ……っ⁉ こ、こここれをあたいにっ⁉」
術で隠しているので見えないが、おそらくは尻尾をぴぃんと硬直させながら喜んでいるはずだ。
「そうだ。『チーズスフレ』とかいう名前の、食感は軽いけどチーズクリームがこってり美味いケーキなのだそうだ」
「おおおおおおぉ……っ!」
「ちなみに土産はもうひとつあるぞ」
「え、ホントにっ? 他にも美味いものが……っ? そんなの最高じゃん、夜中なのにパーティじゃんっ!」
さらに興奮を続けるチェルチの前にワシが差し出したのは銀色に光る腕輪だ。
「え……なにこれ腕輪? 食い物じゃないのぉ~?」
食い物ではないことにガッカリした様子のチェルチだが……。
「まあまあ、そうガッカリするな。これはな、チェルチ。ワシら『聖樹のたまゆら』の認識票だ」
「にんしきひょう? なにそれ?」
はてな、と小首を傾げるチェルチ。
「認識票とはな、戦場で兵士が死んだ時にその身分や名前を特定するためのものだ。仮に死体がぐちゃぐちゃになったとしてもそいつが誰だかわかるという便利な品で、軍隊はもちろん親族などにも好評な品で……」
「スト~ップ、ストップだよディアナちゃん! さすがに説明が硬すぎるよ! 夢がないよ!」
ワシの合理的な説明のどこが悪かったのかはわからんが、ルルカが途中から説明を引き継いだ。
「ほらここ見て、パーティ名の横にチェルチちゃんの名前が刻んであるでしょ? これはわたしたち『聖樹のたまゆら』の絆の証なの。これから先どんな冒険に挑んでも、どんな強敵と戦うことになっても、時に寂しくなって泣きたくなっても、これさえあれば仲間を感じられるって絆アイテムなの」
「絆アイテム……」
「ほら、想像してみて? 自分がピンチの時にわたし……はともかくとしてディアナちゃんが颯爽と助けにきてくれるとこ。『よくがんばったな、ここから先は任せておけ』なんてカッコいいこと言いながら腕輪同士を打ち合わせてくれるとこ。ほら、それって最高じゃない?」
「最高かどうかはともかくとして、そいつはたしかに悪くないな……へへ、へへへっ」
生い立ちが過酷かつ特殊だったせいで、何かと愛情に飢えているチェルチだ。
仲間が自分のために駆けつけてくれる絆の証を具体的な物としてもらえたことが嬉しかったのだろう、頬を緩ませて喜んでいる。
「ほ、ホント~は食い物のほうがよかったんだけどなっ。まあ~これはこれで悪くないかなっ」
さっそく左手につけると、撫でて眺めて。
もはや『チーズスフレ』になど興味を失ったかのような喜びようだ。
「それだけ喜んでくれるなら選んだ甲斐があったというものよ。あ、間違っても無くすなよ? おまえは何かとそそっかしい奴だからの」
「無くすわけないだろ、こんな大事なもの。へへ……へへへっ。ほら、仲間仲間っ」
喜びがあふれ出て止まらない様子のチェルチが、ワシの腕輪に自らのそれを打ちつけてきた。
勢いよく、カチカチと。
それを見ていたルルカが「あーっ、いいないいなわたしもーっ」と不満を漏らすなり、遅れてはならじと打ちつけてきた。
カチカチ、カチカチ、カチカチ、カチカチ。
ワシらの腕輪の打ちつけ合いは、しばらく続いた。
夜の王都の中央公園で、幼い子どものように無邪気に叫び、じゃれ合っていた。
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