「冒険の書百六十八:ルルカと一日デート③」
「ルルカ、おまえまさか……女神教のお役目があって、ここに残ることになったとか?」
だとすると、すべての説明がつく。
あれほど楽しみにしていたデートの最中にルルカが泣き出したことも。
上からの命令でルルカが『聖樹のたまゆら』を離れ、僧侶としてのお役目をしなければならなくなったのだとしたら納得がいく。
「もうワシとは一緒にはいられなくなったと、そういうことか?」
ワシの質問に、ルルカは目を大きく開けて驚いた。
「ち、違うよ違う! 全然違う! というかなんでそんなこと思ったの!?」
「いや、おまえが何やら思わせぶりなことを言うから……。こうしていられるのもあとわずかとか……」
「ああ~、そういうこと⁉ 違うよ違うっ! 違うんだよっ!」
ルルカは胸の前で手をぶんぶん振ると、慌てたように否定した。
「あのさ、だってさっ。これからエルフの国に行くでしょっ? そんでもって、ご家族に会ったことでディアナちゃんの脳が刺激されたとするでしょっ? 結果、記憶が戻ったとするじゃないっ?」
「……うんまあ、そういうこともあるかもしれんな」
戻るも何も、ワシの記憶は一ミリたりとも失われておらんのだがな。
「そしたらディアナちゃん、エルフの国に残っちゃうかもしれないじゃんっ。だって、現地に家族がいるんだもんっ」
「ああ~……」
「もし戻らなかったとしてもさっ。エルフってあんまり外の国に出ないから、エルフばっかりの故郷の方が居心地がいいから冒険するの辞めるわってなるかもしれないじゃんっ」
「なるほどぉ~……」
「もちろん、それ自体はいいことだと思うよっ? ディアナちゃんが故郷で家族と暮らすは当たり前だし、邪魔するなんてことできないよっ? でも……でもさあ、わたしたちふたりはずっと一緒にやってきたし……。ディアナちゃんはわたしにとって初めての友だちで、仲間で……。そんなディアナちゃんがいなくなるのはすごく嫌というか、寂しいというか……つまりはさ……」
「……つまりは?」
「お願いディアナちゃん! 故郷に帰ってもわたしを捨てないでえぇぇ~っ!」
「……やっぱりそうなるかぁ~」
ルルカはワシに抱き着くと、わんわんと泣き出した。
その勢いも泣きっぷりも、『魔の森』で出会った時とまったく変わっていない。
レベルも上がり、頑張りを皆に認められ、女神教の中での職位も上がったのに、ワシに強度に依存する精神構造は昔のままだ。
「あ、そうだお金は⁉ お金はどう⁉ 最近稼いでるから全財産だとけっこうな金額になるよ!? 教会での職位も上がってきたから、ディアナちゃんが今後一生働かないニートになっても養えるよ⁉」
「金で物を解決しようとするな。あと、人を堕落させてヨシとするな」
「なら、本気でディアナちゃん教を作るのはどう⁉ わたしが大神官になって、世界中にディアナちゃんの素晴らしさを広めるの! もうすでに王都とパラサーティアではファンクラブを作ってるからね! その気になれば信者の千や二千は集められ――」
「それは本気でやめろ」
「あ痛ああああ~っ!?」
軽くチョップすると、痛みのあまりだろうルルカはごろごろとのたうち回った。
「のうおぉぉぉ~っ!」
「ハア~……」
のたうち回り続けるルルカを眺めながら、ワシは本気でため息をついた。
「……まあでも、これがルルカだわな。ちゃんと言葉で示さないとどこまでも暴走する奴なのだというのを忘れておったわい」
未だに頭を抱えているルルカに、ワシはゆっくりと教え聞かせた。
「聞け、ルルカよ。ワシは『世界最強の武人』に、ルルカは『女神教の大神官』に、チェルチは『誘惑する悪魔』一族伝説の『災厄の大鎌』に。それぞれがぞれぞれの分野で最強最高に到達するまで『聖樹のたまゆら』の旅は終わらんのだ」
「……それって、わたしが大神官にならなかったらずっと旅をしていられるってこと?」
「後ろ向きなことを言うな」
「わあーっ⁉ ごめんなさいごめんなさいっ⁉」
ワシがチョップの形で手を上げると、ルルカは慌てて頭を抱えた。
「というかだな、そもそもが……」
世界最強の武人、言うのは容易いが、実行するのは甚だ困難だ。
上には上がいて、その上にはまた上がいて、しかも世界各地に散らばっている。
相手によっては探し出して戦うだけでも数年はかかるかもしれない、本気で途方もない道のりなのだ。
さらに言うなら人族・獣人族・魚人族・エルフ族・ドワーフ族・小人族・魔族に精霊。
各種族の最強を倒したとしても、その遥かな先には『神』がいる。
寿命何千年にも及ぶだろうエルフだからこそ立てられる、遠大な目標なのだ。
もちろん、延々たる旅路になるだろう。
無数の日が沈み、無数の夜が明けることだろう。
出来れば道連れはムスッとした奴でなく、面白い奴でいて欲しい。
倫理観が噛み合わないと揉めるだろうから、出来ればいい奴でいて欲しい。
そういった意味では、ルルカは申し分のない娘だ。
コロコロと表情を変え、一挙手一投足におかしみがある。
過去に類を見ないほどに女神に愛されているし、その力を民衆のために費やすことに躊躇がない。
これ以上ルルカが暴走しないよう、その辺の気持ちをきちんと伝えてやるとするか。
というわけで、ワシはルルカに向き直った。
「ともかくだ、安心しろルルカ。ワシはおまえを手放す気はない」
「え」
「むしろこう思っている。おまえの方が嫌にならぬかぎり、ずっと一緒にいて欲しいとな」
「え、え……?」
「……ん? ルルカ?」
どうしたことだろう、ルルカの顔がトマトのように赤くなっている。
息遣いが荒くなり、膝などはガクガク震えている。
「どうした? 大丈夫か? 体の具合でも悪いのか?」
「いやあ~、あははははぁ~……ごめんね~? 色々と混乱しちゃってぇ~……」
赤くなった頬をパタパタあおぐと、ルルカは弱々しく笑った。
「なあ~んて、いつも混乱してるくせに何言ってるのって感じだけどねぇ~。……ああ~、もうダメだ。なんてゆーのかな? 思ったよりも衝撃が大きすぎて耐えられなくて、もはや立ってられないレベルなの。ちょっと横になるね?」
「え? どうして横に?」
なぜだろう、ルルカは地面にあおむけになると、腹の前で腕を組んで目を閉じた。
「ああ~……これでもやっぱりダメみたい。胸の鼓動が激しすぎておかしくなりそう……。ひとりで寂しくて死ぬのを『孤独死』っていうなら、幸せすぎて死ぬのは『幸福死』っていうのかな? わたしちょっと死んで女神さまに怒られてくるね?」
「いや死ぬな死ぬな」
「だってもう胸が爆発寸前で耐えられないんだよ」
「それはおまえの僧侶の力でだなあ……」
「女神さまにも治せない病気はあるからねえ~……」
「本当に意味がわからんから……」
「ディアナちゃん今までホントにありがとね。わたし、幸せだったよ……」
「戻って来ぉぉぉ~いっ」
慌てて抱き起こすワシと、あくまで幸福死(?)しようとするルルカと。
ふたりで何度も押し問答をした結果、ようやく誤解は解けた。
自らの勘違いに気づいたルルカが『羞恥死(?)』しようとするなどのトラブルはあったが、ともかくそんな風に、ワシとルルカの一日デートは終わりを告げたのだった。
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