「冒険の書百五十九:ミニコーラスと里帰り」
ルベリアから衝撃の任務を告げられたリゼリーナは、大慌てで準備を始めた。
まずはエルフヘイムへ向かう外交官との接触と、旅程の調整。
次に外交官を護衛し外交を成功に導くための、Sクラスの生徒の選別。
選別についてはワシ・ルルカ・チェルチの三名が確定枠。
まだケガの治っていないコーラスは王都で待機するとして、あと二名に連絡をつけるのだという。
「というわけで、わたくしはこれにてっ。後ほど宿の方に向かうので合流いたしましょうっ。ああ忙しい忙しいっ」
ドレスの裾を翻して去っていくリゼリーナを見送ってから、ワシは宿に戻った。
+ + +
宿ではルルカとチェルチのいつものふたりの他、ケガの回復したウルガと、車椅子に乗せられたコーラスがワシのことを待っていた。
コーラスの欠損した両足はまだ治っておらず(これからウルガが治すのだとか)、患部を隠すように毛布がかぶせられていた。
ワシが今回の三番勝負のことを告げると、コーラスは実に残念そうな顔をした。
表情自体はさほど変わらないのだが、言葉遣いでそれがわかった。
「ボク、行けない。残念、ガッカリ、ショボン、ズ~ン、メソメソ、ペション」
学院の子どもたちに言葉を習っているせいだろう、様々な表現で『残念』な気持ちを表してくる。
「お、おうそうだな……」
ううむ、これはさすがに気まずいなと思っていると……。
「でも、大丈夫。おとさまが、これ、作ってくれたから」
車いすを操ったコーラスがワシに手渡してきたのは、丸型のブローチだ。
コーラスの顔を象っているのだろうそれは、目の辺りに小さな宝石が嵌めこまれている。
「そいつにはな、『覗き鏡』と『遠隔通話』の魔法がかけてあるんだ」
ウルガの説明によると……。
「簡単にいうならそいつをつけた者の見ている物が見え、ついでに会話もできるってアイテムだ。王都にいながらにしてコーラスは旅気分が味わえるし、いつでも現在地がわかるから、治ったら即座に合流もできるって寸法だ」
「離れていても、ダイジョウブイ」
少しでもワシらを感じられることが嬉しいのだろう、コーラスは裏ピースを決めて喜んでいる。
「そうかそうか、こいつはいいな」
「うんうん、ミニコーラスちゃん可愛いね」
ルルカがきゃっきゃっと騒ぎながらブローチを覗き込んでくる。
「……ミニコーラス?」
「そのブローチの名前だよ。こうゆー可愛いものには名前をつけるのが乙女の作法なんだよディアナちゃん」
「おとめのさほう……ね。ではまあ、ミニコーラスでいいか」
乙女の作法とやらについてはよくわからんが、名前をつけることによって皆が呼びやすくなるのならそれでよかろう。
これからこいつはミニコーラスだ。
「ん? どうしたチェルチ?」
ふと気が付くと、チェルチがワシの胸についたミニコーラスを見て、いかにも嫌そうな顔をしている。
「うう~ん、その手のアイテムにはイヤな思い出があるんだよなあ~」
「ああそうか、そういえばエーコがおまえのマフラーに縫い付けていたのにも『覗き鏡』がかかっていのだったか」
そのせいで、ワシらの行動は筒抜けになっていたのだった。
「気持ちはわかるが、ミニコーラス自体に罪はなかろう。こいつの向こうにはコーラスがいるのだから、納得して受け入れよ」
「まぁ~、しかたないな。これからよろしくな、ミニコーラス」
個人的な悪感情はあれど、しかたない。
そう割り切ったのだろうチェルチは、ミニコーラスの額をツンツンつついた。
「よろしく、チェルチ」
ミニコーラスからコーラスの声がしたことに驚いたチェルチが「うお……っ?」と驚き尻餅をつき、場は賑やかな笑いに包まれた。
「さて、無駄話はここまでにしておこう。旅の準備を始めようではないか」
ワシがパンと手を叩くと、ルルカとチェルチは一斉に荷造りを始めた。
+ + +
背負い袋に着替えや食器を詰め、水筒と調理器具をぶら下げ。
武器の研ぎに携帯食料の買い出しに……。
「あ~、やることいっぱいだねぇ~。でも、こうやって忙しくしてる時間も楽しいな。王都は綺麗だし広いし色々あって楽しかったけど、わたしはやっぱりディアナちゃんと旅してる瞬間が一番好き。えへへへへぇ~……」
これからの旅路を想像してか、ルルカはルンルンと楽し気。
「エルフの国かあ~。なんか美味いもん食えるかな? 甘いもんとかあるといいなあ~」
チェルチはまだ見ぬ美食にウキウキしている。
「おまえらは気楽なもんだのう。国の威信とやらがかかっているらしいのに」
「それはそうだけど……でも、だいたいは外交官さんがやってくれるんでしょ? わたしたち生徒に責任がかかるようなことなんてそんなにないと思うんなけど……」
「ま、それもそうか。ワシらはただ、護衛として外交官とやらを護ればいいだけ。ルベリアの奴は外交の補助がどうとか言っておったが、実際にはなかなかそうはならんだろうな」
Sクラスの生徒で勇者候補生とはいえ、ワシらはしょせん子どもだ。
実務は外交官が責任をもって行うのが普通だろう。
「うんうん。あ、そういえばディアナちゃん的には里帰りになるんじゃないの? どう? 懐かしい?」
「いや、ワシの場合はほれ、記憶がのう……」
「あ、そっか。ごめんごめん」
ルルカに謝らせてしまったのは申し訳ないが、さすがに真実を話すことはできない。
ワシがドワーフであることは、墓の下まで持っていかなければならない秘密なのだ……ん、待てよ?
「すべてのエルフの故郷ということは、ワシの家族や知り合いもいるのか? ということはワシは、そのすべてに『頭をぶつけた拍子に記憶が……』と説明せねばならんのか?」
とんでもない事実に気づいてしまったワシ。
「ルベリアの奴、だからあんなに嬉しそうにしておったのか? ワシの里帰りに多くの面倒が待ち構えているだろうことを想像して? っか~、嫌な奴だのう~」
などと腹を立てていてもしかたがない。
任務は任務で、事実は事実。
こればっかりは逃れようがない。
「あとはもう、人脈が極度に少ないことを祈るしかないかぁ……ハアァ~……」
ワシが盛んにため息をついていると……。
「ええ~? そんなにめんどくさいかなぁ~? 記憶がなくても里帰りでしょ~?」
驚くルルカ。
まあそうだろう、帰巣本能ではないが、記憶を失っているとはいえ故郷へ戻りたいと思うのは人の本能だろうから。
「もしかしたら家族に会うことで脳が刺激されて、一気に記憶が回復するかもしれないよ?」
「家族……そうか」
今さらながら、ワシは気づいた。
ディアナの素性を何も知らないことに。
『魔の森』を旅していた冒険者で、人づき合いが悪くて、ルルカと共に『落ちこぼれーズ』と呼ばれていた。それしか知らないことに。
「そういう意味では、いい機会かもしれんのう」
ディアナは何を思って故郷を出たのか、冒険者になって何がしたかったのか。
娘の行動を、残された家族はどう受け止めているのか。
この旅を通してディアナを知ろう、理解しよう。
それが弔いになるかはわからんが、最低限の礼儀だと思うから。
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります!




