「冒険の書百五十六:まさかの再会」
チェルチが立ち直った、その翌日のことだった。
リゼリーナから招聘されたワシは、王城を訪れていた。
といって、ちょっと前に参加した戦勝報告会のような大げさな催しではない。
リゼリーナが第三王女の公務の一環として、民間人であるワシを呼び寄せたという形だ。
目的は、先日行われた『闇の軍団』による勇者学院襲撃に関しての、当事者との直接的な情報共有。
民間人と王族が面会する時に使われるのだという打ち合わせスペース(リゼリーナは「簡素なところでごめんなさいね」と謝っていたが、ワシ的にはずいぶん豪奢なものだった)で、ふたりで顔を突き合わせて行うこととなった。
「さ、それでは始めましょうか。ディアナさん」
公務を行っている時のリゼリーナは、普段のデレデレした感じとは違う。
さすがは王族というべきか、豪奢な金髪をヘアピンでビシッとまとめ、まったく浮わついたところのない毅然とした印象だ。
「うむ、情報共有といこうか。まずこちらから提供できる情報としてはだな……どうした? リゼリーナ」
「いえ、お仕事モードのディアナさんも可愛いなと思いまして」
「ん~……」
前言撤回。
公務中とはいえ、リゼリーナはリゼリーナだった。
クスリともしない真面目な顔のままで、デレデレした言葉を飛ばしてくる。
「ま、やることさえやれば文句は言われんだろうがな」
ワシはため息をつきつつ、自らの役割を淡々とこなしていく。
役割――それはもちろん、勇者学院Sクラスの生徒としての役割だ。
勇者学院を管轄する教育庁の幹部になったリゼリーナ(なんでも、自らSクラス生徒の担当を申し出たのだとか。理由については……まあ、わかるだろう?)に、事件の報告を行うのだ。
とはいえ、さすがにチェルチが悪魔貴族であるということは明かせない。
それを聞いたリゼリーナが途端に態度を変えるとは思えないが、余計な負担をかけるべきではないからな。
というわけでワシは、伝えるべき情報と伝えるべきでない情報を慎重に切り分けた。
「まず、寄せ手はふたりだ。『闇の軍団』の、おそらくは幹部クラスだろうふたり。ひとりはダークエルフの大剣使いであるギイ。パラサーティア防衛戦でも遭遇したことのある相手だが、その時は戦いにまでは至らなかった。ワシが強くなるまで……つまり精髄が回復するまで待とうと言い残して去った。いずれにしろ、脳筋バカといっていいだろう」
「わたくし……他にもそういう考え方をなさる人がいるのを知っているのですけれど……」
わけのわからないリゼリーナのつぶやきは無視するとして。
「もうひとりの黒ずくめの女、こいつが問題だ。戦いの最中に覆面が脱げかけたところを見たのだがな、ベルキアの冒険者ギルドにいた、エーコという女だ」
チェルチの『魂魄支配』によりわかったのは、エーコがヴァネッサと名乗る『闇の軍団』の幹部のひとりだということだった。
何らかの理由(理由についてはわからない)でワシらを追うために、ブローチ型の魔道具を埋め込んだマフラーをチェルチにプレゼントしたらしい。
「チェルチが冒険者ギルドに照会をかけたところ、エーコは公的には存在していない謎の人物で、数カ月前に王国の『特務騎士』を全滅させたのだとか」
ワシの報告に、リゼリーナは不思議そうな顔をした。
「その辺りの情報は冒険者ギルドから上がってきていますが……Sクラス生徒とはいえ、見た目は普通の子どものチェルチさんによく教えてくれましたね?」
「ま、まああいつは大人受けがいいからな。天性の人たらしというか……それで職員も口を滑らせたのだろうて」
「なるほど……そういうものですか」
いかんいかん、危うく口を滑らせるところだった。
ワシはゴホンと咳払いすると、さらに続けた。
「ちなみにエーコの戦い方は、接近戦にも遠距離戦にも対応できるタイプだ。武器は大振りのナイフと黒糸……こいつは鋼糸の類だが、宙に自身の体を浮かせたり、人を引っ張り上げたりと強力な他、即席ヘッドギアの作成といった器用な真似もできる。正面から戦って負けるとは思えんが、かなりの苦戦を強いられることは間違いないだろうな」
「精髄が回復すれば……どうです?」
「同じだ。どんな奥の手を持っているか次第で変わるが、容易に倒せる相手とは思えんな」
「精髄が回復してもしなくても厄介さは変わらない。ディアナさんがそこまで言うほどですか……」
相手の危険さを実感したのだろう、リゼリーナは緊張で顔を強張らせた。
「人魔決戦の英雄のひとりであるウルガを『闇の軍団』に招き入れようとしていたというのもそれを裏付けておる。つまり、魔族どもの反発すら抑え込める力があるということだからな」
「……単純に権力があるだけという可能性は?」
「人族とは違ってな、魔族は完全なる実力主義だ。権力があるということは、すなわち戦っても強いということなのだ」
「なるほど……」
「そうだ、入れ替え戦の最中にワシに仕掛けてきた魔族……タンドールとやらの方は調べがついているのか? おそらくはあれの上司だと思うのだが……」
「状況的に考えても、その線で正解だと思いますわ。ちなみに例の魔族の種族は『人喰い』。ご存知でしょうが人を好んで喰う魔族で、人に化けて暮らすのが得意。マルダーに『魔薬』を買わせたのもタンドールだそうです」
「理由は……学院の生徒を取り込むことか?」
「そう考えるのが自然でしょうね」
「タンドールを生かしておけばもっと詳しいことがわかったのだろうがな……ちっ」
舌打ちして悔しがるワシの手を、リゼリーナの手がすっと包んだ。
「とんでもございません。ディアナさんのおかげで未来ある優秀な学院の生徒が救われたのですから。もっと誇りに思ってくださいな」
慈愛に満ちたリゼリーナの笑みに心を救われていると……。
「そのエルフの娘のおかげで僕の生徒たちが救われただって? 勝手なことを言うんじゃないよリゼリーナ」
どこかで聞いたような声だなと思ったら、リゼリーナの兄のルドヴィクだった。
ルドヴィク・ヴァン・デア・ハイドラ。
ハイドラ王国の第二王子。
パラグイン辺境伯の屋敷で行われたダンスパーティー以来になるだろうか。
相変わらず、他人を見下すような目つきがムカつく男だ。
「……ルドヴィク兄さま、どうしてここにっ?」
はっと驚き、顔を青ざめさせるリゼリーナ。
「なんだ、僕が王城にいるのがそんなに驚きか?」
かたやルドヴィクは優秀な妹を驚かすことができて嬉しいのだろう、ニヤリと笑う。
「いえ、また何かやらかしてお父さまに呼びつけられていたのかなと思いまして。だったらおかわいそうだなと」
「おまえ……っ、僕をいったいなんだと思ってるんだっ!」
リゼリーナのからかいに、ルドヴィクは顔を真っ赤にして怒り出した。
以前のように勇者学院の生徒ではなく第三王女として精力的に公務を行っているリゼリーナと、相変わらず国王に疎まれ要職にはつけられていないルドヴィク。
今や力関係は完全に逆転しており、リゼリーナの態度には余裕がうかがえる。
「はっはっは、リゼリーナめ、煽りよるわ」
ワシがリゼリーナの振る舞いを痛快に思って笑っていると……。
「そこのエルフの娘、よくも僕を笑ったなっ!」
怒れるルドヴィクがワシをビシリと指差してきた。
「言っておくが、今の僕はあの時の僕とは違うからな!?」
「ほう、何が違うと? ああ、あの時と違ってお綺麗な白いズボンに小便の染みが無いということか?」
「なっ、だっ、誰が……っ!」
ダンスパーティーで股間を蹴られたあげく失禁したことを思い出したのだろう、ルドヴィクは微妙に内股になった。
「と、とにかくこれ以上の無礼は許さんぞ! 僕は王族、ハイドラ王国の第二王子で……!」
次に続いた言葉に、ワシとリゼリーナは「え」と驚きの声を上げた。
「リゼリーナと同じく、勇者学院を監督する教育庁の幹部なんだからな!」
なるほど、それが先ほど言っていた僕の生徒たちという言葉の意味だったのか。
……ん?
……こいつが?
こんな奴がそんな重要な地位に就くだと?
大丈夫かこの国……というか、こいつもまたリゼリーナ同様にワシの上役になるということなのか?
「ということはこいつが勇者学院を、ひいてはSクラスの生徒を監督する役回りに……? つまりワシの上役になるというわけか? ワシはこんな奴の命令に従わねばならんのか?」
暗雲たちこめる未来を感じ、ワシは一瞬、気が遠くなった……。
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