「冒険の書百五十四:チェルチの笑顔」
暴れ出したチェルチがケガをしたりしないよう、ワシはぎゅっと抱きしめた。
頭を抱え、背中をさすり、ゆっくりと言い聞かせた。
「いいか? 聞け、とにかく聞け」
などと言いつつ、実際何を話せばいいかでワシは悩んだ。
なにせ、ワシ自身が戦災孤児なのだ。
父母の愛を知らない、家庭の暖かさなど当然知らない。
あるのはただ、ワシを拾ってくれた師匠ドラゴ・アルファと同門の弟子同士の絆のみ。
血と汗にまみれた地獄のような日々の中、ワシらを繋いでいたのは強さへの渇望と仲間意識で……ああ、そうか。
そこまで考えたところで、ワシは急に腑に落ちた。
ベルキアを出立する少し前。
悪魔貴族であるチェルチを置いていくか連れていくかで悩んでいたことを。
あの時ルルカは「ディアナちゃんってば面倒見いいもんね。わたしみたいなダメ子のことだって見放さずにいてくれたし」と感心したように言っていたが、実はそうではないのだ。
あれはそういう類のものではなかった。
ワシは勝手に、ルルカやチェルチに共感を抱いていたのだ。
かつて同門の弟子たちに感じていたように、恵まれない環境で育ったふたりを仲間のように感じていただけなのだ。
勝手に『落ちこぼれーズ』だと思っていただけなのだ。
だがそれは、結果的に功を奏した。
ルルカはすくすく成長し、今回のことさえなければチェルチだって、立派に育っていたことだろう。
つまり道筋自体は間違っていなかったということで……ならば答えは簡単だ。
仲間意識、『聖樹のたまゆら』で培った強い絆。
それをチェルチに感じさせればいい。
「チェルチ、おまえにはワシらがいるではないか。思い出せ、ここまでの旅路を」
「ここまでの旅路ぃ~……?」
疑り深げな声を発するチェルチにこれ以上考える暇を与えないよう、ワシは畳みかけた。
「マネージの商隊を襲撃してきたヴォルグ率いる魔族の群れを撃退した。レナの村を襲っていたアンデッドの群れを退治した。先行してパラサーティアへ向かっていた商隊を救った。パラサーティアを襲う『闇の軍団』を命懸けで追い払った。あらゆる状況で、ワシらは手を取りあって戦ってきたではないか」
「まあ……うん」
「いいか? 世の中でこれだけは絶対不変なものがある。それはな、強い絆で結ばれた仲間は絶対おまえを裏切らんということだ。まして、その仲間はワシとルルカだぞ?」
「ま、まあぁ~……そうかもしんないけどぉ~……」
チェルチの瞳がぐらぐらと揺れている。
ワシを信じたい気持ちと、エーコに受けた手酷い裏切りの狭間で天秤が揺れているのだろう。
よしここだと、ワシは思った。
息が触れ合う距離まで迫り、チェルチに語りかけた。
「約束しよう。おまえに何かあった時は、ワシが絶対助けてやる。この世のどこにいても駆けつけて、護ってやる。これからずっと、死ぬまでだ。それでは不満か?」
「あ、あんたそれ……自分で何を言ってるかわかってんのかっ?」
なぜだろう、チェルチはパクパクさせて驚いた。
泣いていたせいでもともと赤かった顔が、さらにゆでダコのように真っ赤になった。
「はあ? それはそうだろう。ボケ老人じゃあるまいし、頭から尻まで承知の上だ」
「わっ……わわわかったよっ。もうわかったから離せってばっ」
チェルチはもう堪らんというように、ワシの体を押して距離をとった。
涙を拭い髪を整えると、ゴホンと大きな咳払いをした。
「ディアナとルルカを信じるよ。あんたらはあたいの仲間で、友だちで、裏切らない」
「うむ、そのとおりだ」
「絶対に、死んでもな」
「おう。もちろんだ」
死んでも、はなかなかに重い表現だが、ドワーフが仲間を裏切らないのは本当だ。
動かしがたい、絶対不変の摂理だ。
「……しかしさぁ、ディアナってばホントにディアナだよなぁ~」
やがて、気持ちに余裕ができてきたのだろう。
やれやれというように、チェルチがボヤいた。
だけでなく、恨みがましいような目をワシに向けてくる。
「ん? どういうことだ?」
「だってさ、あんな熱烈に抱きしめてきてさ、自分のことみたいに悩みも聞いてくれてさ。しかもあんなセリフをさ……。ああゆーことするから、勘違いされるんじゃないの?」
「勘違い……とは?」
「まああんたのことだから、わかっててやってんじゃないとは思うけどさ……。一応、気を付けたほうがいいと思うぞ? じゃないと、勘違いする奴続出だから。あ、もちろんあたいは勘違いなんかしないけどな」
なにやら照れ隠しのような口調だが、本当にわからん。
ワシの何かが問題で誰かが勘違いするらしいのだが……?
「……ワシ今、おまえに何かした?」
慰める以上のことはしていないはずだが……と悩むワシはさて置き、チェルチは勢いよく立ち上がった。
腰に手を当てると、犬歯を剥き出しにして元気に笑った。
「まあいいさ。おかげで悩みは晴れたよ。そんでもって、お腹空いたっ」
すっかりいつもの調子に戻ったチェルチはぴょんとベッドから飛び降りると、ぐうぐう唸るお腹をさすった。
「てことで、飯食いに行こーぜっ。なんだかんだで勝ったのも含めて、祝勝会だっ。じゃんじゃん行こうっ」
腕をぶんぶん振って、戦いに挑む戦士みたいだなと思っていると……。
「そうだ、今度エーコに会ったら思いっきりぶっ飛ばしてやろうっ。そのためにもたらふく食って、力をつけないとっ」
「おう、その意気だ。なんといってもやられっ放しというのはよくないからな。ドワーフ的にも全力で推奨するぞ」
「あはは、また言ってら。エルフのくせに、変なのっ」
陽気に歩くチェルチに手を引かれながら、ワシは今後のことを考えていた。
エーコだった何者かの企み、『闇の軍団』の戦略目標、ウルガとコーラスのケガの回復、これから始まる『世界樹の涙』を求めての旅……。
「そういえば、元Fクラスの奴らに飯を奢るという約束もあったなあ……」
この小さな手には余りそうな約束の数々にため息をつきつつ。
「だがまあ、今夜のところはこれでいいか」
大事な仲間が元気を取り戻してくれたことを喜びつつ、ワシは階下の酒場へと降りて行った。
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