「冒険の書百五十二:戦後処理」
勇者学院を襲った『闇の軍団』を退け平和を勝ち取ったワシらだが、「よくやったな、すぐに帰って寝てもいいぞ」とはならなかった。
何せ、被害が被害だ。
勇者学院の施設の一割が破損、未だに炎上しているところもある。
警備兵の九割が死亡しているし、レッサーデーモンの死骸は放っておけば瘴気を発し、病気はもちろん邪霊を生み出す温床となる。
仲間うちでいうと、ウルガのケガもなかなかのものだ。
コーラスは『人造人間』だからだろう両足を失っても平気な顔をしているが、移動するにはワシが背負って運ばねばならない状態だ。
施設の復旧・消火、死体の安置・処理。
ルルカはウルガの回復に務め、ワシはコーラスを背負いながら騎士団への報告を行った。
よろしく取り計らってくれるようリゼリーナへの言伝を頼み――遅れて駆けつけた学院の関係者に事態の説明を行い――ベルトラにウルガの教会への移送とその後の護衛を頼み――すべての処理が終わったのは明け方頃。
常宿に戻ったワシは、たまらずベッドに倒れ込んだ。
「戦勝報告会から始まって、パーティ、勇者学院襲撃? 色々ありすぎてもうわけがわからん……ぐう」
――泥のように眠り、起きると夜だった。
カーテンの向こうには、すでに真っ暗な夜の帳が落ちていた。
ルルカは留守で、「教会に行ってきます! やることいっぱいでモオォ~大変!」と、なぜか牛のイラスト付きの書き置きを残している。
チェルチの姿もなかったが、こちらはなんの書き置きもない。
「コーラスは……そうだ、教会に置いてくるよう頼んだのだったな」
教会に運ばれるウルガの傍にいたいとコーラスが言ってきたので、それも合わせてベルトラに頼んだのだった。
「いかんな、頭がボケておる。ずいぶんと疲れておるようだわい」
ドワーフだった頃ならこの程度の疲労なんでもなかったのだが、さすがにエルフの小娘の体ではな……。
「とにかく何か食って、脳に栄養を補給しよう」
飯を食おうと思ったワシは、適当に着替えると階下に降りた。
ワシらの常宿は二階三階が宿泊施設で、一階が酒場になっている。
安い価格で美味い酒食にありつけることが有名な酒場は、今日も今日とて大盛況。
旅人に冒険者、近隣住民に王都の職員などがガヤガヤと楽し気に騒いでいる。
ひとりで席に着いたワシに、さっそくとばかりに常連客が声をかけてきた。
「ディアナちゃん! 聞いたぞ、また何かやったそうじゃないか!」
「え、王城で表彰されただけじゃなく?」
「勇者学院を襲った悪魔をぶっ殺したとかなんとか……」
「てことは昨日の爆発は、あれはディアナちゃんがやったのか!」
「エルフだからな、すげえ魔術でも使ったんだろ。納得だわ」
常連客のくせに、ワシへの誤解がすごい。
「ま、この格好で格闘僧とは思わんだろうし。ワシも普段から自分のことを吹聴したりはせんからな」
誤解はさて置き、届いたエールのジョッキを傾け、酒場名物の焼き鳥を食うワシ。
エールは泡立ちが良く、口当たりさっぱり。
焼き鳥は肉質むちむち。
「んん~、たまらんのう~」
ひさしぶりの酒と飯が、胃に染みる。
ワシがひとりでいるのを不思議に思ったのだろう、常連客が聞いてきた。
「なんだ、ひとりか? 珍しいな、いつも嬢ちゃんたち三人一緒なのに」
「ならちょうどいい。俺らと一緒に呑まないか?」
「そうそう、いつもはルルカちゃんのチェックが厳しいからなあ~」
「あの娘、ディアナちゃんに近づく男を親の仇みたいな目で見てくるもんな。戦杖とか構えちゃって、怖ぇのなんの……」
ルルカの不在をいいことに、ここぞとばかりにワシを誘ってくる男ども。
まあ何かあったらぶっ飛ばせばいいし、酒につき合ってやるのも一興かと思ったが……。
「……いや、やめておく。今はそういう気分じゃないのでな」
気がついた時には断っていた。
前世も含め、酒の誘いを断るようなことなどしたことなかったワシなのに、なぜ?
自問すると、答えはすぐに出た。
「そうだ。チェルチが……」
チェルチがいなかった。
宿へ帰って来た時にはたしかに一緒にいたのに、起きた時にはいなかった。
「のう、誰かチェルチを見なかったか?」
ワシの問いかけに、しかし皆は首を横に振った。
常連客はもちろん、酒場の店員も誰も見ていないという。
食いしん坊かつ皆の妹的存在のあやつのことだ。
もしここで食事をしていたなら、誰も気づかないというのはあり得ない。
かといって、わざわざ他で食事をしているとも思えない。
ということは……。
「昨夜あれだけの騒ぎがあって疲れているはずなのに、あれだけの食いしん坊が何も口にしていないだと……?」
「………………なあ、ディアナ」
突然、後ろから声がした。
驚いて振り向くと、紛れもないチェルチがそこにいた。
しかも、普通の様子ではない。
ガックリと肩を落とし、頬をコケさせ、いかにも憔悴しきった様子だった。
「……チェルチ。おまえ、いったいどうしたのだ?」
「あたいさ、冒険者ギルドに行ってきたんだ。エーコのことを聞きに……」
「エーコ……? ああ、そうか。たしか昨夜……」
そういえば、チェルチが言っていた。
『魂魄支配』を使った結果、あの黒ずくめの女の正体がベルキアの冒険者ギルドにいたエーコだったのだと。
ワシだってもちろん驚きはしたのだが、戦後処理の忙しさのせいで忘れていた。
「色々聞いてきたんだ。あいつのこと、そしたらさ……」
「わかった。とにかく、上に行こう」
こんなところで話す内容だとも思えない。
ワシはチェルチの手を引くと、二階の部屋へ移動した。
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります!




