「冒険の書百五十一:死闘の末」
コーラスの音波攻撃を受け、のたうち回るギイ。
その無防備な後頭部へ向け必殺の回転突きを放ったワシだが――
「させるわけないでしょ!」
黒ずくめの女が横槍を入れてきた。
両手から黒い糸を飛ばすと、ぐるりとギイの胴に回して手元へ引き寄せたのだ。
「ちっ……余計な真似をっ!」
ワシは即座に追撃に移ったが、ギイの体は黒糸に引っぱられ、地面を滑るように動いていく。
思った以上に女の膂力が強いせいで、なかなか追いつけない。
「ど~う? そんな可愛らしいおみ足で、ここまで追って来れるかしら?」
女はギイを抱えると、凄まじい跳躍力で研究棟本部の大屋根へと跳び上がった。
研究棟各棟の三倍の高さのある大屋根は高すぎて、この体では登れない。
「いかん……このままでは逃げられる!」
あのギイを仕留められる機会など、今後そうそう巡ってくるとは思えない。
殺るなら今しかないというのに……。
焦るワシの頭に、最高の案が浮かんだ。
「そうだ――チェルチ! 足止めを!」
「ええ~!? どうやってだよお~!?」
自分の任務は果たしたと思ったのだろう、チェルチはルルカを抱きながら下まで降りてきていた。
「『魂魄支配』だ! 弾かれてもいいからやれ! 一瞬でも動きが止まれば、あとはワシがやってやる!」
かつてチェルチがルルカに弾かれた時と同じだ。
レベル差あるいは聖気という障害がある場合、『魂魄支配』で相手のコントロールを奪うことはできない。
だが、一瞬でも相手の思考を盗み見ることはできるのだ。
突然自分の思考を覗き見られた女が、まったくなんの障害もなく行動できるとは思えない。
動きは絶対に緩慢になる、もしかしたらギイの体を取り落とすことすらあるかもしれない。
「わかったよ! じゃあルルカは頼んだ! 喰らえ……『魂魄支配』!」
言うなり、チェルチはルルカの体を投げ落とした。
「ぴゃあぁぁぁぁあ~!?」
「ええい、騒ぐな! 受け止めてやるから!」
悲鳴を上げながら落下するルルカを空中で抱き止めると、ワシは女を見つめた。
覆面越しなので表情は見えないが、動揺しているのは動きでわかる。
しかし、そこはさすがというべきだろう。
女はギイを取り落とすことなく、懐から取り出した丸薬を大屋根へと叩きつけた。
丸薬は破裂すると、濃厚な白い煙を下へと振り撒いてくる。
「これは煙幕……いや、もしかして毒か!?」
ただの煙幕ならいいが、万が一のことも考えると無策で突っ込むことはできない。
ワシは背中にコーラスを張りつけ、腕ではルルカを抱いたまま風上に逃げた。
ウルガはと見ると、錬金術師らしく鼻の尖ったマスクのようなものを被っている。
「おのれ、逃がしたか……」
煙が張れた時には、女の姿は消えていた。
取り落としたギイの大剣だけが、その場に残った。
「なんともしまらん結果だが……」
警備兵や学院の施設に甚大な被害が出た、ウルガやコーラスが大ケガを負った。
だが、最悪の結果には至らなかった。
ワシらは『闇の軍団』の精鋭を追い払ったのだ。
「どうあれ勝ちは勝ち、か」
ワシがため息をついていると……。
「勝ったね、ブイ」
コーラスは素直に喜び、最近お気に入りの裏ピースを決め。
「わあ~、なんだかこれってお姫さまだっこみたい? わあああ~っ」
ルルカはワシに抱かれているのが嬉しいのか、ぽっと頬を染めている。
「お~いチェルチ。よくやったな、おまえのおかげで勝つことができた。褒めてやるから降りてこ~い」
未だ空中を漂うチェルチに声をかけたが、どうしたのだろう、なかなか降りてこようとしない。
肩を落とし呆然とした表情を浮かべているところから察するに、『魂魄支配』で何か衝撃的なことを知ったのだろうか? 『闇の軍団』の動向とか、根拠地とか?
ああ~……そういえばあの女、覆面で顔を隠していたっけなあ。
「なあチェルチ、何かわかったのか? あいつらの目的とか、あるいはあの女の正体とか?」
ワシの言葉に、チェルチはようやく反応を示した。
頬をひくひくさせると、蚊の泣くような声でつぶやいた。
「……だよ」
「ん? 今、何と言った?」
聞き返すワシに、チェルチは泣き笑いのような表情を向けてきた。
「正体も何もないよ。あいつ……エーコだったんだ。ベルキアの冒険者ギルドの、エーコだったんだよ」
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