「冒険の書百四十六:コーラスは叫んだ」
~~~コーラス視点~~~
「コーラス……逃げろ」
コーラスは一瞬、何を言われているのかわからなかった。
白衣を血で染め、腕を折られたウルガが、どうして自分に逃げろと言うのか。
助けろとか、戦えではないのか。
なんで自分に、逃げろと言うのか。
自分は戦闘用の『人造人間』なのに。
戦って死ぬ、そのためだけに造られたのに。
困惑するコーラスを挟むようにして、ふたりの人物が立っていた。
「あらあら、お嬢ちゃん。最悪なタイミングで帰って来ちゃったわねえ~。ねえギイ、言っとくけどこの子も殺しちゃダメよ。単体でも充分な戦力になるんだから。もちろん、分解してうちの錬金術師たちに研究させるって手段もあるけど……あとで修復できなくなりそうだから、それはやめておきましょうね」
金髪の女がダークエルフの幼女に、暴走しないよう釘を刺すと。
「ふん。ヴァネッサよ、我をなんだと思っておる。さすがにこの状況でいきなり殺戮するほどバカではないわ。……おい、なんだその目は? おまえ我を疑っておるのか? さっき我に命を救われたくせに? 命の恩人に向ける目か、それは?」
「ふ~んだ、あんなの全然ピンチじゃありませ~ん。そりゃちょっとは当たりそうになったけど、嫌な汗かいたりはしたけど、根本的にわたしってば体が柔軟だから、こうぐねぐねっとウネらせてからの回避余裕でした~♪」
「柔軟んん~? 食っちゃ寝食っちゃ寝してたら贅肉いっぱい育っちゃいました~、の言い間違えじゃないのか?」
「……ひさびさにキレちゃったわ。あんた、表に出なさいよ」
「はあ~? 我とやるというのか? たかが参謀如きが? 魔族最強を誇ったこの我に、歯向かうというのか?」
金髪の女がヴァネッサ。
ダークエルフの幼女がギイ。
突如目の前で言い争いを始めたふたりはさておき、コーラスはウルガの言葉を脳内で反芻していた。
目の前に敵がいるのにかかわらず、ウルガはコーラスに逃げろと言う。
それはつまり、コーラスでは勝てない相手だということだろう。
だから逃げろと、そこまではわかる。
だが、自分が逃げればウルガはどうなる?
これだけの傷を負い、頼みのゴーレムたちも全滅では、ハッキリ言って勝負にならない。
間違いなく、なぶり殺しに合う。
では、「逃げろ」ではなく「自分を連れて逃げろ」と言うべきではないのか?
なのになぜ、コーラスにだけ「逃げろ」と言うのか?
それではまるで、自分を犠牲にするかのようではないか?
「………………そっか」
コーラスは思い出した。
コーラスの中にいる彼女たちは、思い出した。
ウルガと過ごした長い長い長い年月の中で聞かされてきた、積み重ねてきた、コーラとの思い出話を。
彼女たちの素となったコーラは賢く、器用で、誰よりウルガのためになったそうだ。
ウルガの作業を支え、生活を支え、最期にはウルガの研究施設を護って死んだそうだ。
コーラが体を張ったからこそ錬金術師の命脈たる『神秘の炉』は無事で済み、そこから彼女たちは産まれたのだそうだ。
「同じこと……なんだ」
コーラがそうしたように、今またウルガは、コーラスを護ろうとしてくれているのだ。
コーラの仇をとる、魔王を倒す、魔族を絶滅させる。
人生を賭けた宿願に目をつむってでも、生き延びろと。
老いさらばえた身を投げ出して、それでも。
「ボクに……生きろって、言ってるんだ」
コーラスはつぶやいた。
つぶやいた瞬間、ドクンと何かが脈打つのを感じた。
人造人間の生命の根源たる『命の灯』が、ゴオと燃え盛るのを感じた。
元Fクラスのみんなは、言っていた。
入れ替え戦で勝った瞬間、胸が熱くなったのだと。
Aクラスになれた瞬間、涙が止まらなくなったのだと。
これこそが感動、これこそが生きるということなんだ、幼いながらもそう思ったのだと。
「わかった。ボクも……嬉しいんだ」
自らの胸を押さえながら、コーラスは言った。
相変わらず無表情のままだし、涙を流すこともできないが、胸はたしかな喜びに満ちていた。
「おい、コーラス」
いつまでも逃げないコーラスに痺れを切らしたのだろう、ウルガが繰り返した。
「逃げろ、命令だ」
「イヤだ」
しかしコーラスは、首を左右に振った。
「ボクは、逃げないよ」
未だ言い争いをするふたりの敵を前にして、コーラスは言った。
「ディアナが、言ってた。『もし、どうしても、逃げられない、敵に、出くわしたらなあ。泣くんじゃ、ねえ。思い切り、叫ぶんだ。叫んじまえばよ、恐怖なんぞ、どこかに、消えて、いっちまう。そうゆーもんだ』って」
そうだ、入れ替え戦に向けて練習している時に、ディアナが言っていた。
ニヤリと笑い、コーラスの腰をポンと叩いて、いかにも気楽な様子で。
まるで、自分自身の経験を語るかのように。
「あの時は、意味が、わからなかった。けど、今なら、わかるんだ」
戦って、勝つ、そのために。
勝利の邪魔となるあらゆるものを排除するために、コーラスは息を吸い込んだ。
人工肺を大きく膨らませると、天を向いた。
全力で、喉を震わせた。
そして叫んだ――
単音節の、絶叫を――
「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッァァァァァァァァッァアァァー!!」
それは――凄まじいを通り越して、恐ろしいほどの声量だった。
それは――耳を劈くという言葉でも足りないぐらいの、大音声だった。
ウルガはコーラスを造る際、ひとつの武器をその構造に仕込んでいた。
最も相手が予想していないであろう、故に油断するだろう『声』にだ。
ミスリルの管を四本組み合わせて作った、四つの声帯から繰り出されたのは。
『合唱』の名が表すとおりの――超音波攻撃だ。
――キイイイイイイイイィィィン!
可聴域ギリギリの超々々強音が、辺りに響いた。
工房に巣食っていネズミが即死し、壁にヒビが入り、ガラスが割れるほどの凄まじい威力だ。
至近距離で耳にしたヴァネッサとギイが、堪らずうずくまった。
「ひゃ……なになになんなのっ!?」
「なんだこれは……魔術の類かっ!?」
「ぐお……コーラス、こんなところでっ!?」
創造主であるウルガは反射的に耳を押さえることに成功したが、まったく想像すらしていなかったヴァネッサとギイは、モロに直撃を喰らった。
「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッァァァァァァァァッァアァァー!!」
「耳が、耳があぁぁぁぁぁー!?」
「鼓膜が破けるううぅぅぅー!?」
ヴァネッサ、ギイ。
共に死にそうな勢いでのたうち回っているが……。
「くああああぁぁ……っ!? い、いいぞコーラス、俺に構わずぶち殺せえぇえぇえぇえぇー……っ!」
言葉とは裏腹、ウルガまでもが死にそうなほどに苦しんでいるようなので、コーラスは途中で叫ぶのをやめた。
やめたが、効果は絶大だった。
ヴァネッサとギイは、堪らずうずくまっている。
鼓膜が破れているのだろうか、耳から血が流れている。
そして何より――ヴァネッサの張っていた『無音の結界』が、ガシャアアアンとばかりに砕け散っていたのだ。
それはすなわち、いくつかの事実を意味していた。
騒音や火災に気づいた騎士団が駆けつけて来るだろうことを。
その中には、ディアナを始めとしたコーラスの仲間がいることを。
誰より優秀で、力強い、友だちがいることを――
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