「冒険の書百四十二:コーラス、遭遇する」
~~~コーラス視点~~~
王城からの帰り道を、コーラスはひとりで歩いていた。
夜の繁華街は酔っ払いがうろついていたり、路地裏には怪しげな輩の姿も時々見えたが、気にならなかった。
もともとそんなことを気にするタイプではないが、その夜のコーラスは特別浮かれていた。
理由はもちろん、大勢の前で国王に褒められたことだ。
褒められた、讃えられた。
今までにない経験を何度もした。
褒章としての黄金と勲章、それ自体はコーラスにとって興味のわくものではなかったが……。
「おとさま……喜んでくれるかな」
常にコーラスの成長を期待しているウルガに見せたら、きっと喜んでくれるはずだ。
もしかしたら褒めてくれて、頭を撫でてくれるかもしれない。
今のコーラスはもちろん歴代のコーラスすら受けたことのない、それは最高の好待遇だ。
だからコーラスは浮かれていた。
コーラスの中にいるコーラスも浮かれていた。
足取りは軽く、首はコテリコテリと左右に動いた。
コーラスが勇者学院のAクラスになったことを知っている人たちや酔っ払いが何度か声をかけてきたが、それすら聞こえないほど、コーラスの頭の中は幸福でいっぱいだった。
不安はなかった。
この先には圧倒的な希望だけが待ち構えているのだと、コーラスは信じていた。
道は、やがて勇者学院へと至った。
高級住宅街の真ん中にある学院の周辺には、酔っ払いも怪しげな輩もいない。
静かな街並みをコーラスはとてとてと歩き、学院の裏手に回った。
関係者専用の通用口を鍵で開けようとしたが、そこで異変に気がついた。
「扉……壊れてる?」
王国はもちろん他国の研究者なども集う研究棟へと続く通用口は、魔術鍵と物理鍵で二重に施錠されている。
それらが扉ごと両断されていたのだ。
「どうして……かな?」
嫌な予感はしたが、その時点ではまだ確信に至らなかった。
わずかに浮き足立ったような気分を残したまま、コーラスは敷地内に足を踏み入れた。
歩を進めるにつれ、異変の実態が明らかになっていく。
学院に常駐していた警備兵の死体や、襲撃してきたのだろう魔族の死体があちこちに転がっていた。
破壊と闘争の跡がそこかしこにあるのが見えた。
そして、それらはまっすぐ、ウルガの工房へと向かっていた。
「どうしたの……かな?」
のんびりした言葉遣いとは裏腹に、コーラスの足は徐々に速くなっていく。
工房に着いた頃には、すでに全速力といったような状況だった。
「ゴーレム……たち」
その光景の意味がわからず、コーラスは立ち尽くした。
鉄製のアイアンゴーレムの胴体に深い穴が開き、灰色の粘土ゴーレムが粉々に打ち砕かれ、石のゴーレムとミスリルゴーレムは頭から股下にかけて両断されている。
その光景の意味がわからず、コーラスは立ち尽くした。
「みん、な……どうし、たの?」
魔族が学院に侵入し、警備兵を殺したのだ。
ウルガの工房へと至り、ゴーレムたちを破壊したのだ。
それは明らかだった。
明らかだったが、コーラスには理解できなかった。
さっきまであれほど幸せな気分だったのに。
工房に戻って、ゴーレムたちに出迎えてもらって、ウルガに褒賞を見せて、みんなに褒めてもらう。
ささやかな幸せが待っているはずだったのに。
「なん……で?」
コーラスは『人造人間』だ。
戦闘用に造られたので、涙を流すといったような無駄な機能はついていない。
表情も最低限の変化しか起こさないようになっていて、だからいつも、無表情だ無感動だと思われている。
だが、泣かないわけではないのだ。
最低限の変化しか起こさないように造られてはいるが、きちんと心はあって、それがわかりづらいようになっているだけで……。
「……コー……ラス、か」
工房の隅の薄暗がりから、声が聞こえた。
誰のものかは知っている。
父の――コーラスの創造者のものだ。
だが、いつものそれとは違った。
豪快で、傲岸不遜で、『狂気の錬金術師』と呼ばれたマギステル・ウルガのものとは違う、か細いものだった。
薄暗がりの中、ウルガは白衣を血に染めて座り込んでいた。
何発も殴られたのだろう、顔は見るも無残に変形している。
コーラスに怪我の程度を推し量る能力はないが、死にかけだと思った。
今まさに、父が死んでしまいそうになっているのだと。
「おと……さま?」
声を震わせるコーラスに、ウルガは言った。
助けてくれ、ではなく。
ただ一言。
「逃げろ……」
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