「冒険の書百四十一:おまえぐらいがちょうどいい」
「おのれ……あの女っ。いったいどこまでが本音で、どこまでがウソなのか……っ」
ルベリアにさんざん翻弄されまくったワシは、ふらふらの状態でテラスを後にした。
「もう疲れた。もう二度と会うものか……」
などと思いはするものの、ワシの身分はAクラスの生徒、ルベリアはワシの属する国の太后様だ。
召喚されれば駆けつけないわけにはいかず、さらに今回は『精髄』回復のための素材の提供という弱みまで握られてしまった。
いや、弱みというならすでにリゼリーナ絡みのことは相当な弱みになっているか。
あとはまあ、この体の秘密も……。
「もういい、疲れた。とにかく今日は休もう……」
「あ、ディアナちゃんだ! お帰りー!」
着替えの置いてある控室に戻ると、ルルカが元気よく迎えてくれた。
チェルチたちと共に元の格好――勇者学院の制服に着替えたまま、ワシの帰りを待ってくれていたようだ。
「ねえねえ、どうだった? ルベリアさまとお話できたんでしょっ? どんな人だったっ?」
ワシが勇者パーティと同世代の英雄に会ったことがうらやましかったのだろう、ぴょんぴょんとワシの周りを飛び跳ねるようにして聞いてくる。
「どんなというか……あえて言うなら、化け物のような女だったなと」
「ひえ……怖い何それっ?」
思ってもみなかった感想が返ってきたことにびっくりしたのだろう、ルルカは頭を抱えるようにして硬直している。
「ん~……あえて言うなら、東の国に住まう『サトリ』という魔族に似ているか。なんでも、特殊能力で相手の心を見抜くらしい。つまりこっちが何をしようとすべてお見通しで、最後には強烈なカウンターを放ってくるのだとか……」
「怖いよ、説明されればされるほど怖くなるよ~っ」
ルルカが怯えてワシの腕を掴んでくる。
「もっと柔らかく言えないの~?」
「と言われても、一切脚色のない事実だしな……」
ふたりでそんなやり取りをしていると、チェルチがワシの体の匂いを嗅ぎ始めた。
目を閉じてクンクン、クンクン……。
「なんだチェルチ、犬みたいに」
「んん~? なんだか甘い匂いがするぞ~? おまえ、あたいらに内緒で美味いもの食わせてもらってたんじゃないのか~?」
「美味いもの……ああ、あれのことか」
ルベリアとの話の最中にメイドが出してくれたマロンケーキのことを説明すると、チェルチは突如怒り出した。
「なんだよそれ、ずるいぞっ! ひとりだけ美味いもの食べるとかずるいずるいっ! そんなのあるなら最初からあたいも連れてってくれよな~っ!」
「いや、まさかそうなるとは思っておらんかったし……。というかおまえは本当にブレないのう~……。どこまでも食欲に忠実というか……」
チェルチの食に対する情熱に半ば感心、半ば呆れていると……。
「あの……ディアナさん?」
リゼリーナが話しかけてきた。
胸の前で手を握り合わせてモジモジした様子なのは、自分の祖母がワシに何をしたのか不安だからだろう。
「その……お婆ちゃんに、何か言われました? 何か、気に障るようなことをされました?」
なにせあの祖母だ。
ワシがどんな目に遭い、その結果『化け物』と呼ぶようになったのか。
気になってしかたがないのだろう。
「何か言われは……まあ、したな」
「え……」
「気に障るようなことも……まあ、あったな」
「ええ……」
変に持ち上げたりするのも嫌なので、ワシは正直に感想を述べていく。
そのつどリゼリーナがショックを受けたような顔になるが、まあそこは許せ。
ワシには生まれつき、そういった繊細さが備わっていないのだ。
「勘違いするな。だからといって特別な悪感情があるわけではない。あれは怪物だ。怪物だが、いい怪物だ。その智謀と弁舌で人魔決戦を裏から支え、王国の発展に寄与した。今また勇者学院を組織し、次なる脅威へと備えている。生きた伝説……人類の貢献者とすら言っていいかもしれん。そういう意味では、敬意のようなものすら感じている」
「……はい」
リゼリーナは心細げにワシの話を聞いている。
「ただ、疲れるなと思ったのだ。頭の出来が違いすぎて、それこそ例のサトリにすべて読まれて先回りされような気になってしまって……本当に疲れたのだ。そうだな、ワシとしては……同じように頭が切れるにしても……」
泣きそうな顔になっているリゼリーナの腰を、ポンと叩いた。
「おまえぐらいがちょうどいい、と思ったのだ」
「え」
ワシの言葉のどこがどう刺さったのだろう、リゼリーナがさっと顔を赤らめた。
「そ、そ、それってつまり……? わたくしのことをディアナさんが……っ?」
「ん? どうした急に?」
「あれ、違うんですか? 今のって遠回しな告白的なやつでは……?」
「ん? どういうことだ? どこのなにがどうなった?」
これから成長を重ね大人になっていくにしても、『ルベリアにはなってくれるなよ』というつもりで言っただけなのだが……。
「ああー、なんかリゼリーナさまが抜け駆けしてるうーっ!?」
ワシらの会話を聞いていたルルカが、突然騒ぎ出した。
「えーっ!? じゃあじゃあディアナちゃんわたしはっ!? ディアナちゃん的にわたしはちょうどいいかなっ!? ちょうどいいよね!? だって、ずっと一緒に旅してきた仲間だもんね!? 高貴なお姫さまよりもっと身近で、ちょうどいいよねっ!?」
「なんの争いなのだそれは……? え、ちょうどいい争い……?」
「いいから! いいいからちょうどいいて言って! 今すぐ言って!」
んー……わけわからんが、めんどくさいから合わせておくか。
「じゃあ……ちょうどいい?」
「やったーっ!」
ワシの適当な返事を聞いたルルカは、ぐっと拳を握って快哉を叫んだ。
すると今度はそれを見たリゼリーナが「わたくしにだけ特別に言ってくださったのではないのですかっ!? ディアナさんは女と見れば色目を使う浮気者なのですか!?」と血相を変えて迫ってきた。
「なんだなんだ、どうすればいいのだワシは」
ふたりの女に挟まれ困惑するワシ。
チェルチは未だにショートケーキを喰えなかったことを怒っているし……他に誰か助けになってくれそうな者は……。
そいうだ、あいつなら……。
「おいコーラス。ワシを助けろ。友だちのピンチだぞ……ん? コーラス?」
ふと気がつくと、コーラスの姿が見えない。
「いったいどこに……いや、考えてみれば、最初からいなかったのか……?」
そういえば、控室に入った時から姿が見えなかったかもしれない。
普段から無口で影の薄い奴だから気づかなかったのか……。
「おい誰か、コーラスがどこへ行ったか知っているか?」
ワシの疑問に答えたのはルルカだ。
「えっと、コーラスちゃんなら先に家に帰ったよ。貰った勲章をウルガさんに見せるんだって。きっと褒めてくれるからって」
「ウルガに……? そうか……なら安心か。いや、しかし……?」
急に――本当に急にだが、嫌な予感がした。
別れ際のルベリアのセリフを思い出して、胸がザワついた。
たしか、あ奴はこう言っていたのだ。
――そうそう、最近王都周辺での『闇の軍団』の活動が活発になっているから気をつけてね。例の勇者学院の一件以降、方針が変わったみたいな動きをしてるから。もちろんわたくしたちも捜査の手を厳しくはしているのだけれど、これがなかなか尻尾を掴めなくてね……。
コーラスは強い子どもだ。
ワシの指導を受け、『人造人間』として一段階上の強さに達している。
だが本物の脅威に晒されて、無事で済むかどうかはわからない。
そんな風に考えた、瞬間だった。
――ドン! ドドドン!
どこかで爆発が起こった。
窓際に寄って外を見やると、遠くで火の手が上がっている。
街の一角で炎が吹き上がり、夜空を赤く染めている。
あれは――
あの方角は――
燃え上がりそうな薬品が多数蓄積されているという特性を考えるに――
「まさか……ウルガの工房か!?」
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