「冒険の書百三十八:絶対に逃げられない」
「ごめんなさい、話が逸れたわね。今日あなたをここへ呼んだのは、いくつか聞きたいことがあったからなの。ねえあなた……本当に、エルフなの?」
「ひゅ……っ?」
突然のそして核心を突いた質問に、ワシは思わず息を吸い込んだ。
あまりに勢いよく吸い込んだものだから空気がおかしなところへ入ってしまい、慌てて咳き込んだ。
「ゴホッ、ゴホッ……」
「あらあら、大丈夫?」
「ゲホッ……そ、それはいったいどういう意味の質問でっ?」
「あら、だって……」
ルベリアは困ったような顔をすると、懐からぶ厚い紙の束を取り出した。
「これはね、孫娘の手紙なのだけど……。見て、あのコったら行く先々で起こったことを書いてくれるの。目にした名所や旧跡、美味しかった食事に飲み物。近衛のコたちとのお喋りの内容とかね。あのコの他愛もないお喋りを聞いているようで楽しかったのだけど……最近はずっと、あなたのことばかり書いてくるの」
一般庶民ではなかなかお目にかかれない上等な紙の束は、リゼリーナが旅の途中でルベリア宛に送ったものらしい。
いったいワシの何を書いているのかと不安になっていると、突如ルベリアが手紙を音読し始めた。
「親愛なるお婆さまへ。わたくし先日、不思議な方に出会いました。その方は素晴らしく可愛らしいエルフの女の子なのに一人称が『ワシ』で、エルフなのに『魔術』が使えなくて、『素手』での戦いを得意とするんです。聞けば『世界最強の武人』を目指しているという面白い方で……」
「ゲホッ、ゴホッ……」
「びっくりしたのは、『素肌を晒すことに抵抗が無く、男の前ですら平気で着替えをする』んです。さらに時々、『ドワーフ族の格言』のようなものを口にすることもあって……」
「ガハッ、ゴホッ……」
「まだ八歳なのに『戦場での経験』を口にすることもあるんですよ。ウソというにはお話の内容に真実味がありすぎて、わたくしも混乱しているのですが……。あ、中でも『人魔決戦』に関しては歴史家に聞かせたいぐらいの衝撃的な内容で……」
「カヒューッ、カヒューッ……」
咳き込み過ぎて上手く息ができなくなったワシの顔を、ルベリアが覗き込んできた。
身長の低いワシの顔を、ぐいと身を屈めるようにして、下から。
「もう一度聞くわ。あなた……本当に、エルフなの?」
「くうううぅ……っ?」
あまりにも凄まじい勢いで追い込まれたので、思わず白状してしまいそうになった。
実は中身はドワーフで、なんならおまえの知ってる男だぞとすら言いそうになった。
だが、すんでのところで思いとどまった。
だって、考えてもみよ。
リゼリーナがワシに抱いているであろう想いを、もしかしたらルベリアへの手紙に書かれているかもしれない赤裸々な気持ちを。
その上で、『五十年前の知り合いに孫娘が懸想している』となったらどう思う?
あまつさえ、『その知り合い(ドワーフのおっさん)がエルフの小娘として生きている』となったらどう思う?
さすがにキツかろう。
ルベリアの立場と性格を考えれば、最悪、殺されるかもしれん。
詐欺罪やら王族侮辱罪やらいろいろと罪状を並べられ、公衆の面前でギロチンにかけられるかも。
おおげさではない、こいつはそれぐらいのことはする女だ。
「え、え、エルフ……ですっ」
ワシはなんとか持ちこたえた。
戦場で強敵に立ち向かったような気分で、覚悟を固めて言い切った。
「ちょっと普通と違うように見えるのは、事故で頭を打って記憶を失っているからです」
「まあ、そうなの。それはお可哀想に」
その辺の事情(というか、ワシのウソ)を、リゼリーナが手紙に書いているかどうかはわからん。
だがルベリアは、今初めて聞いたようなそぶりで心配そうに眉根を寄せた。
「でも、ちょっと安心したわ。もしあなたがエルフでなく怪しげな魔族で、孫娘を誑かそうとしているのではないかと思ったの」
「それはまた……」
「もしそうなら、なんとしてでも殺さなければならないから」
「そ、それはまた……っ」
まあたしかに、リゼリーナの立場を考えると無理からぬことだろう。
第三王女殿下に取り入って王家に名を連ねようとか、その名声を商売のネタにしようとか考える者はいくらでもいるだろうから。
自称『武人』で『武術』が得意で『人魔決戦』に詳しいエルフの小娘など、怪しく見えてしかたあるまい。
「も、もちろんそんな気はありません。それにもしワシが……わたしが悪意を持ってお孫さんに近づいたとしても無駄でしょう」
「まあ、どうしてそう思うの?」
「リゼリーナは……リゼリーナさんは頭が良く、外見に騙されずに人物を見定める能力に優れています。ララナやニャーナなど頼りになる近衛もいますし、決して怪しげな人物に騙されるような女……女性ではないと思います」
「まあ、ありがとう。嬉しいことを言ってくれるわね」
ワシのリゼリーナ評が嬉しかったのだろうか、ルベリアはニッコリと微笑んだ。
「おかげで安心できたわ。リゼリーナにも、あなたにも」
「ワシ……わたしにも?」
「そのままでいいわ。一人称も、言葉遣いも普段通りになさい」
「む……わかりまし……わかった、そうする。ではええと……『あなたにも』というのはどういう意味なのだ?」
ワシが普段どおりの言葉遣いに戻したことが嬉しかったのだろうか、ルベリアはさらにニッコリと微笑んだ。
「わたくしはね、昔から思っていることがあるの。それは『人を褒める時にこそ、その人の人となりが現れる』というもの。あなたはリゼリーナを褒めながら、周囲の人を良く評価した。それによってわたくしを安心させようと思った。リゼリーナ、近衛、そしてわたくし。関わったすべての人に真心と、気遣いがあふれていた。そんな優しいあなたになら、安心して孫娘を預けられると思ったの」
「ははあ、なるほど……」
そこまで深く考えてした発言ではなかったのだが、ルベリアの心証を良くすることはできたらしい。
これでちょっとは安心できるか? いきなり処刑されたりしないか?
ん~……? しかし今こいつ、変なこと言わなかったか?
そういう人になら安心して……?
「孫娘を預けられる……とは?」
ワシが聞くと、ルベリアはパンと胸の前で手を合わせて微笑んだ。
「あら、だって……あなた今、あのコに全力で『囲い込まれ中』でしょ?」
「ま、まあそれは……」
王都に着いてからこっち、リゼリーナのワシへの追い込み方は半端ではない。
瞬く間に勇者学院に入れられ、今やSクラス生徒として王国のために活動させられている始末だ。
普通の人間なら十年二十年はかかるだろう出来事を、わずかひと月程度で経験させられている。
しかもどれもこれも、ワシにはまったく断る隙のない展開だった。
これこそまさに『全力囲い込み』といえるだろう。
「あれはね、わたくしの教えを忠実に守った結果なの。『気に入ったものがあるなら絶対逃がさないよう、目に見えぬ鎖で縛っておくのよ』って」
「目に見えぬ……鎖で……?」
そういえば、アレスに聞いたことがある。
『ふと気がつくと、お姫さんが関係するイベントに参加することが多いんだよな。席が近かったり、知り合いがいたりで喋ることも多くてさ。やっぱこれって運命かな? ひゅ~☆』
チャラついた男がチャラついた発言をしとるなと、当時は気にも止めていなかったのだが、考えてみればおかしなことが多かった。
アレスとルベリアの異常な遭遇率、知り合い含めた接触率。
あれが実は、すべて計算ずくだった?
この女、偶然を装ってアレスとの間の外堀を埋め続けていた?
そんでもってリゼリーナもまた、ワシに同じことをしようとしている……?
「し、しかし……仮にそうだとしても、性別が同じでは……っ」
アレスは男、ルベリアは女だ。
ワシとリゼリーナとは前提条件が違うはずだ。
「あら、知らないの? 王家には『愛妾』の制度があるのよ? 王家の女性は、夫を持ちながら同時に愛する女性を侍らせることもできるの」
「なっ……なぜそんな制度を作る必要が……っ?」
「それはもう、愛の形がひとつではないからよ。わたくしたち王家の女は当然王家の血筋を途絶えさせないよう努力するけれど、それ以外の部分においては比較的自由が認められているの。本人の意思を抑えつけすぎて壊れてしまわないようにという配慮なのよ」
「ななななな……っ?」
「『豊穣と慈愛の女神セレアスティール様』も『愛に形はありません。愛するという尊き行為こそが人類を幸福へと導くのです』とおっしゃっておられますしね」
そういえばそうだった。
ルルカやこの国が奉ずる女神はヤバい恋愛観の持ち主だったのだ。
待てよ?
ということはだぞ?
愛妾制度のことは当然知っているであろうリゼリーナが、もし一連の囲い込みの果てに何らかの終着点を設けようとするならば……?
「ひえ……」
恐ろしい想像をしてしまって固まるワシ。
一方ルベリアは、頬に手を当てて微笑んだ。
「あのコ、わたくしに似て手を抜かない性格だから。あなた絶対、逃げられないから。これからよろしく頼むわね♡」
王国一の策士ルベリアの笑顔に、まだ幼いリゼリーナの笑顔が重なった。
顔立ちや顔の傾け方がよく似ていることに気づいたワシは、背筋をゾッとさせた。
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