「冒険の書百三十七:苦手な女」
パーティ会場から離れたところにあるテラスに出ると、微かな風が前髪をくすぐった。
ハイドラ王国の名産である白光花が大きな花弁を広げ甘い香りを放ち、月がほのかな光を投げかけていた。
城下を望む手すりの傍には古びたイスとテーブルのセットがあって、そこにひとりの女が腰掛けていた。
六十歳後半だろう、空色のドレスを身に纏った品の良い老女――五十年ぶりだが間違いない、ルベリアだ。
ルベリア・アウローラ・ウル・ハイドラ。
今は太后か。
若い頃は黄金のように輝いていた金髪が加齢とともに銀白へと変わり、白く瑞々しかった肌にも皺が目立つ。
だが、面影はバッチリと残っている。
背筋はその気高さを表わすようにピンと伸びているし、細められた碧眼からは未だ恐ろしいほどの眼力が漂ってくる。
若い時分から『賢姫』と呼ばれ、国の内外から恐れられた女傑だ。
絶対に普通の年寄りにはなるまいと思ったが、これは凄まじいな。
特に眼力だ。
超常の力すら感じられるその眼差しを浴びせられたら、並みの小僧なら一瞬で下僕にされてしまうのではなかろうか……。
「――いつまでそんなところにいるのです。さっさとこっちへ来なさい」
「は、はいっ」
厳しい声をかけられたワシは、並みの小僧のようになってしまった。
直立不動になって、お行儀よく返事をしてしまった。
おいおい、今はエルフの小娘の姿をしているとはいえ、中身は二百五十八歳のドワーフだぞ。
戦場を駆け抜け多くの魔族に滅びをもたらした武人だぞ。
そんな風に自分を鼓舞したが、なかなかうまくいかない。
「た、ただいま参りますっ」
緊張しまくったワシは手足をギクシャクと動かし、ルベリアの対面の椅子に座った。
いつもだったらあぐらをかくところだが、今日ばかりはチョコンと行儀よく腰掛けた。
「あなたが、ディアナさん?」
「は、はいっ」
ワシをジッとにらみつけながら、ルベリアは言った。
「ごめんなさいね。こちらからお呼び立てしたのにこんな接し方しかできなくて。わたくし、目つきも悪いし、少々お口にトゲがあるでしょう?」
「は、はいっ。……いえっ」
蛇に睨まれた蛙のようになりながら、ワシは思い出していた。
昔からこの女が苦手だったことを。
この眼力と頭の良さに、まったく頭が上がらんかったことを。
「昔から直そうとは思ってるのよ。だけど生まれついてのものだから、なかなかうまくいかなくて……。そのせいでさんざん言われたわ。『ハイドラの悪姫』、『人科ゴルゴン』、『先の魔王の生まれ変わり』……」
ルベリアには『賢姫』以外にもさまざまな異名があったが、どれも尋常なものではなかった。
頭の良さはもちろんだが、その厳しさや苛烈さを、味方はもちろん敵側である魔族すらも恐れていたのだ。
「わたくしを怖がらなかったのは、後にも先にもアレスだけなのよね……」
どこか物憂げなルベリアのつぶやきを聞いて、ワシは少しホッとした。
『賢姫』ルベリアにも人並みの悩みがあったのだなと、ちょっぴりだが親しみを感じた。
――と、それすらも計算のうちだったのかもしれない。
一瞬だが気持ちを緩めたワシに、ルベリアは斬り込むような問いを投げかけてきたのだ。
「ごめんなさい、話が逸れたわね。今日あなたをここへ呼んだのは、いくつか聞きたいことがあったからなの。ねえあなた……本当に、エルフなの?」
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