「冒険の書百二十六:マルダー、プツン」
~~~マルダー視点~~~
マルダーという男は、産まれついた時からすべてを持っていた。
三男とはいえ貴族の家に産まれ、身体能力・魔術の素質・見た目の美しさまでも兼ね備えていた。
それらは彼の人生を常に美しく彩ってきた。
出来ないことはなかったし、買えないものもなかったし、オトせない娘もいなかった。
だが、ある時彼は限界を知った。
自分より良い家柄に産まれた者がいることを、身体能力・魔術の素質・見た目の美しさといったおおよそすべてのものについて、自分より多くを持った者がいることを。
家柄や素質はしかたないにしても、それ以外の部分に関しては努力さえすれば覆せたかもしれない部分もあった。
しかしプライドの高い彼は泥臭い努力を嫌がり、格上の存在に見下されるのをよしとせず、徹底的に避けて過ごした。
見なければ、聞かなければそこにいないのと同じだら、自分のみが輝ける場所を探して回った。
その結果たどり着いたのが、勇者学院の教師職だ。
勇者を目指す紅顔の若者たちを前に偉そうに講釈を垂れるのは実に気持ちがよく。
若者たちがマルダーに抱く幻想も、憧れに似た何かも、すべてが彼の人生を美しく彩ってくれた。
そうして始まった第二の絶頂期にも、いつの間にか陰りが見え始めた。
傲慢な彼の教えに反発する者が出始め、女子の中には性的嫌がらせを受けたと教頭や学院長へ直訴する者すらでてきた。
リゼリーナに関しても同様だった。
彼女と彼女の連れであるララナ・ニャーナはSクラスとまではいかないにしても優秀な生徒だった。
特にリゼリーナは美しく、所作が綺麗で、マルダーは彼女こそが自分の妻にふさわしい存在だと本気で信じていた。
タンドールの誘いに乗ったのも、ある意味ではそのせいだ。
Aクラスの生徒の能力を魔薬で底上げしてクラス全体の成績を上げる、常習性を利用して自分へ忠誠を誓わせる。
リゼリーナも同じように魔薬を飲ませ、美しき奴隷とすればいい。
だが、魔薬を盛るよりも先にリゼリーナが旅へ出てしまったことで、彼の策にいきなりヒビが入った。
ディアナという伏兵によってAクラスの生徒たちが軒並み敗れまくったことで、さらに粉々に打ち砕かれた。
追い詰められたマルダーのとった行動は、規定以上の魔薬を生徒たちに飲ませること。
せめて入れ替え戦ぐらいは勝利しないとどうしようもないと思ったからなのだが……。
「な……なんだこの状態は? どうしてこんなことになったんだ?」
規定量以上の魔薬がまさか、ここまでの効果を及ぼすとは思っていなかった。
まさか生徒たちが自我を失い、自らの限界を超えてまで戦うようになるとは。
しかも、ゴーレムを倒したのはいいが半数が気絶。
残った生徒も大きなケガを負っており、保護者からの非難を免れようもない状況に追い込まれてしまった。
さらにだ。
なぜかマルダーの犯行をディアナが見抜いていたらしく、ビシリと指差してきたのだ。
「おまえが生徒らに『魔薬』を飲ませたのではないか? かつて人魔決戦の折、『死ぬまで戦い続けるべく造られた魔族の秘薬』を」
公衆の面前で暴露されてしまっては、いよいよおしまいだ。
マルダーは必死になって誤魔化そうとしたが……。
「い、いったいなんの根拠があってそんなことを言うんです? ただの言いがかりならやめていただきたいのですが?」
「証拠ならあるぞ。ほれ、これらの書類はおまえの控室から見つけたものだ」
バサリと無造作に地面に投げ捨てられたのは、紛れもなく彼の書いた書類だ。
魔薬の効果と、それらが生徒に及ぼす影響と。
おかしなところでマメな癖が、裏目となってしまった形だ。
「こ、こ、こんなもの……いくらでも捏造できるじゃないですか」
震え声のマルダーをさらに追い詰めてきたのは、誰あろうリゼリーナだ。
「――あら、では王室に仕える筆跡鑑定士を連れて来ましょうか? 幸いというべきか、ハイドラ王家は偽証や捏造対策を得意としておりますので」
マルダーの犯行とAクラスの生徒たちの被害を知った王女殿下は、目を鋭く細めてマルダーをにらみつけてきた。
その目に愛情は無い。かつての師への敬意も無い。
代わりにあるのは、たしかな憎しみ。
「お、王女殿下。そんなまさかっ……このわたしがそんなことをするわけが……っ。ど、どうか信じてくださいお願いです……っ」
「――マルダー、大人しくなさい。あなたの犯行はディアナさんがまるっとお見通しなのです。王国法の裁きを受け、刑に服しなさい」
王女殿下が――
未来の嫁が――
自分を糾弾し――
あろうことか、憎しみの目で見てくる――
度重なる衝撃の連続で、とうとうマルダーの心にヒビが入った。
ヒビは急速に広がり、ガラガラと崩れていった。
彼を形成していた、ハリボテごと。
「……は、ははは。ははははは……っ」
「なんだ? どうして急に笑い出したのだ?」
「……こ、心が壊れてしまったのでしょうか?」
「ははっ、はっ、ははははっ」
「ま、意中の娘にあれほど言われれば、壊れもするか」
「わ、わたくしのせいですか? というか、意中の女とかいうのやめてください。わたくしには心に決めた方が……っ。そんなのあなたも知っているでしょうっ」
「イチャイチャするなああああああああぁぁぁぁぁぁーっ!」
目の前でイチャつくディアナとリゼリーナに、マルダーは憎しみの大絶叫をぶつけた。
唾を飛ばし、拳を振り回し、駄々をこねる子どものように地団太を踏んだ。
「いいぃぃぃぃ~かげんにしろよおまえら! 人が絶望に打ちひしがれているのにイチャイチャイチャイチャ! 腕をつついたりつつかれたり、そんなのうらやましすぎるだろうがあああぁぁぁ!」
「別にイチャイチャなぞしとらんが?」
「してるわ! 全っ力でしてるわ! ほら、王女殿下なんかポッとかいって頬を赤らめてるじゃないか! それがイチャつきの証拠でなくてなんだ! なんだったらイチャつき鑑定士でも連れてこようかっ? ってそれはこのわたしだがなああああ~!」
「ん~……やっぱり壊れとるな、こいつ」
「その冷静な感じも好きじゃないわ! エルフのチビっ娘のくせに強くて可愛くて冷静で、あげくに王女殿下の心までも掴んでるとかなんだそれ!? ズルか!? ズルだろ! ああもう全っっっ力で腹が立つわ! 腹が立つからあああああぁぁぁぁ!」
マルダーは懐から魔薬が入った薬瓶を取り出すと、封を切った。
並々と入った新品の魔薬を、ごくごくと音を立てて飲み干した。
「なっ……おまえ……っ?」
「この人……魔薬を全部っ?」
仲良く驚くディアナとリゼリーナへの憎しみをさらに増しつつ、マルダーは口もとを拭った。
食道を流れ落ちていく魔薬のぬめりとした粘性を感じつつ、最高の気分で雄たけびを上げた。
「もういい! もう~いい! わたしの思いどおりにならぬものなど、この場で全部ブチ壊してくれる!」
同時に、プツンと。
彼の精神の糸はぶち切れた――
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