「冒険の書百十八:しかしコーラス、微動だにせず」
~~~コーラス視点~~~
訓練場に降り立ったコーラスは、ゆっくりと首を巡らせた。
周囲には、他クラスの生徒と審判がいる。
突如降り立ったコーラスを、皆が驚きの目で見つめている。
「……こいつ今、観客席から跳んで来なかったか?」
「そんなわけないでしょ。どんだけ距離あると思ってんのよ」
「ふん、影が薄いせいで、歩いて来たのに気がつかなかったんだろ」
驚きは、やがて侮りへと変わっていく。
「というかそいつさ、Fクラスでもお荷物扱いされてた奴じゃなかったっけ?」
「そうそう、人形みたいでさ。無感情で無表情で、いかにも友だちいなそーな奴」
「Fクラスもさすがに人材不足なんだろ。一回戦と二回戦は取ったけどさすがにいつまでもは続かねえから、いったん捨て駒を挟んだんだ」
「「「わお、かわいそーwww」」」
お荷物、無感情で無表情で友だちいなそう、捨て駒、かわいそう。
他クラスの生徒たちは、いかにも楽し気にコーラスのことをバカにしてくる。
「……」
だからといって、コーラスの心に波風は立たなかった。
いつもどおりのことだ。いつもどおりの日常だ。
勇者学院に入学して以来、彼女の周囲にはいつもこんな空気があった。
だから別に、傷ついたりはしなかった。
「てかさ、おまえらすごいじゃん。Fクラスの大躍進だって、みんな噂してるぜ~」
「でもちょ~っと、疑わしいよね~」
「マジでヤバい薬でもやってんじゃねーの?」
「「「怖~いwww」」」
悪意ある嘲笑が、体にまとわりついてくる。
空気自体が粘度を増しでもしたかのように、ねっとりと絡みついてくる。
だがやっぱり、気にしたりはしなかった。
「……」
コーラスが一切抵抗しないのをいいことに、生徒たちはますます調子に乗ってくる。
Fクラスの快進撃に嫉妬してだろう、小突いてくる者まで出てくる始末。
「ちょっとあなたたち。いいかげんに……っ!」
見るに見かねたセイラが観客席から声を上げかけた、その瞬間。
――ドオオオォォォン!
凄まじい音が辺りに響いた。
地面が揺れ、空気が震えた。
生徒たちはその場にうずくまり、頭を抱え込んだ。
「な、なんだいったい!?」
「……何が起こった?」
「爆発? 地震?」
「――おでだ」
生徒たちの疑問に答えたのは、ひとりの生徒だ。
坊主頭の男子、Aクラス所属のゴライア。
人族であるのにも関わらずオーク並みの巨体を誇る彼が、拳で標的を殴ったのだ。
三回戦の競技である『一発デカいの決めてやれ! 俺史上最強のワンショット!』用の標的を。
標的は、生徒たちの一撃の威力を測定するための角柱だ。
判定対象は魔術ではなく、物理攻撃のみ。
有効攻撃部位として指定されているところに三重に丸が描かれ、柱の上部にはメーターが設置されている。
ゼロから百まであるメーターの目盛りは、ちょうど九十五を差していた。
「ゴライアが殴ったのか? っておいおい、見ろよあの数値」
「九十五だって……しかも素手で? 計測ミスじゃなくて?」
「もし正しかったとしたら、歴代最高タイだぞ?」
数年前にSクラスの生徒が叩き出した数値に並んだぞと観客が騒ぐ中、しかしゴライアは喜ぶでもなく、ただただ怒りに打ち震えているようだった。
「お、おめたち。い、いいかげんに、しろ。さっきから、よう。どうでもいいこと、ぴーちく、ぱーちく。ち、力比べならお、おでが一番。おでの筋肉が最強で、最高なんだ。他はどうでもいいでねえが」
「「「…………んん?」」」
ゴライアの言葉に、生徒たちは一斉に首を傾げる。
「そら見ろ、この大胸筋も前腕二頭筋も、美しいべよお~」
「「「ああ~……そういうこと?」」」
生徒たちは、ポンと一斉に手を打った。
「要はあれか、自分の筋肉オンステージを邪魔されて怒ってる感じ? そんな女なんかどうでもいいから俺を見ろってキレてんのか?」
「正気か? ボールを取ってきたうちのぺスでももうちょい慎みがあるわ」
「おいやめろ、あんまり刺激すんなって」
生徒たちの不安は、現実のものとなった。
「広背筋を見ろ、大殿筋を見ろ。ほらおめえたち、逃げてねえで見ろ。おでを見ろおぉぉぉぉぉぉ!」
制服を破り捨てたかと思うと、狂ったかのようにポージングを決め出すゴライア。
あまりにも勢いよく決めまくるので、ゴライアの周辺だけおかしな風が起こるほどだ。
「うわ、やべーやべー」
「ほら~、暴れ出しちゃったよ。誰か止めろよ」
「うお、こっち来るぞ。逃げろ、逃げろ」
気持ち悪がって逃げる生徒たち。
逃げるな見ろと、追うゴライア。
訓練場は、狂気と混沌に包まれた。
「ゴライアくん、ゴライアくん、落ち着いて」
「とりあえず服を着て、ね? あとで先生が見てあげるから」
「ダメだ、まったく聞いていない……」
教師たちがなんとかしようと訓練場に下りて来たが、レベル五十三の『格闘僧』の本気の暴走が危なすぎて、なかなか止めに入れずにいる。
しかし、コーラスだけは別だった。
迫ってくるゴライアに気づいていながら、なおも微動だにせずに立っていた。
「おい君、危ないぞ! 早く逃げろ!」
「くそっ、恐怖で硬直してるのかっ? このままじゃ……っ」
「コーラスさん!」
セイラも含めた教師たちが口々に叫ぶ中、いよいよゴライアが至近距離に迫る。
「おめのせいで、みなの注意が逸れたのだ! 代わりにおめが、おでを、おでをおでをおでを見ろおぉぉぉぉぉぉーっ!」
フロントダブルバイセップスから突き出された拳が、コーラスの顔面に迫る。
それでもコーラスは逃げなかった。
大人の頭ほどもあるだろうゴライアの巨大な拳を片手で受け止め、ビクともしなかった。
代わりに、こうつぶやいた。
「今、ボク、攻撃された?」
煽りなどではなく、心底不思議そうな声で。
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