「冒険の書百十:リゼリーナの条件」
「Aクラスのとるだろう戦術と、生徒たちの特徴が知りたい?」
セイラのお願いに、リゼリーナは不思議そうな顔をした。
「それはつまり、Aクラスに勝ちたいということですよね? この間の合宿の時に入れ替え戦のコツはお話したはずですが、それだけでは不十分だと? もちろんAクラスの生徒が強いのは認めますが、特別に対策が必要な理由でもおありですか? どうしてもAクラスに勝たなければならない理由が?」
「え、ええっとそれは……」
セイラは緊張でカチカチになりながらも、事の経緯をリゼリーナに説明した。
マルダーに子どもたちをバカにされたこと、売り言葉に買い言葉でケンカのようになったことも。
「子どもたちをゴミたの獣だのと言われて……我慢ならなくて……」
「なるほど。Fクラスとしてはただ上位にいくだけではなく、Aクラスを直接叩き潰したいと」
「はい、これは意地の問題です。純粋な意地と、誇りの」
セイラは背筋を伸ばすと、まっすぐにリゼリーナを見つめた。
もちろん膝はガクガクで、顔色は真っ青だけども。
基本弱気で、何ごとに対しても逃げ腰な娘にしてはよく頑張っている。
「……ほう、子どもたちの頑張りひとつでここまで変われるとはな」
うむうむと感心するワシとは裏腹に、リゼリーナは事情を一切知らない。
完全にまっさらな状態で、セイラを値踏みしている。
「……」
リゼリーナの碧眼には、セイラはいったいどんな風に映っているのだろう。
気弱そうなメガネ女? 王族に歯向かう、身の程知らずの女教師?
そもそも、セイラの噂は知っていたのだろうか。
子どもを見下して、授業も手を抜いて、合宿に参加することすら嫌がっていたダメ教師の噂は、リゼリーナの情報網に引っかかっていたのか。
「……」
リゼリーナは、じっとセイラを見つめ続けた。
本人の性格や、裏に潜んでいるかもしれない策謀を見抜こうとするかのように。
いかにも王族らしい油断のなさで、ずっと。
「なるほど、わかりました」
長い長い沈黙の後に、リゼリーナは言った。
「自らの担当する子どもたちをバカにされた、獣同様に扱われた。それは教師としては絶対に許せない侮辱でしょう。言われっぱなしやられっぱなしというのも、教育上よろしくありませんしね」
「……で、ではっ?」
「でも、ひとつ疑問があります」
ほっと安堵しかけたセイラの鼻先に、リゼリーナは強めの質問を投げつけた。
「ここまでの生活で、ディアナさんの実力はわかってますわよね? 彼女がどれだけ強いか、戦いに関する知識をどれだけ有しているか。ならばなぜ、彼女に任せないのです? あなたが余計な手出しをしなくても、すべての判断を彼女に委ねれば……」
「今回は……よくても!」
当然といえば当然だろうリゼリーナの疑問に、セイラは即座に反発した。
「次は、勝てません!」
「次とは?」
「ディアナさまがいるおかげでAクラスに勝てたとして、総合でも一位になってAクラスに昇格して一時的に溜飲が下がったとして! ディアナさまがいなくなった瞬間、再びFクラスに戻るのなら……そこにはなんの意味もないじゃないですか!」
「……なるほど」
「なので、ディアナさまがいなくなっても勝てる仕組みを作らなければいけないんです! そのためにはわたしが指揮をとって、子どもたちと一緒に勝てるようにならないと! でもわたしには知識がないから! 他を圧倒する力もないから! かろうじてなんとかできそうなのは情報だけ! でも、相手を知ってその弱点をいやらしく突き続けられるようになれば絶対勝てるから、それが戦場の真実だから、そのためにも今回は敵の情報の取り扱いを学ぶのだぞとディアナさまが……あっ?」
勢い余ってだろう、言わなくてもいいことまで言ってしまったセイラが、よせばいいのに口元を手で覆った。
あげく、「どどどどうしましょう?」と、慌てた様子でワシを見た。
「……なるほど、すべてはディアナさんの入れ知恵なのですね?」
リゼリーナの目が、笑みの形にすっと細まる。
「差し詰め、こんなところでしょう? 『情報の入手法とその活かし方を教えてやろう。手始めはリゼリーナだ。あの王家の子狐を手の平で転がすことができれば、今後の自信になるだろう? ワシがいなくなってもなんとかできると、勇気を持つことができるだろう?』と」
「ま……待てリゼリーナ!」
なぜだろう身の危険を感じたワシは、慌てて言葉を重ねた。
「そこまでは言っとらん! たしかに『おまえクラスの相手と渡り合えるようにならなければ、上位クラスの担任など張れんぞ』と言ったが、子狐とか手の平で転がすとか……! それはあまりに悪意のある言い回しだ!」
「なるほど、では――」
リゼリーナの体から、凍えるような冷気が立ち上る。
「ディアナさんが『いなくなっても、というのは』? まるですぐにもいなくなるご予定のように聞こえますが?」
「違う! それも違うのだリゼリーナ!」
なぜだろう、大量の冷や汗が頬を伝う。
「ほれ、ワシには果たさねばならぬ使命があるだろう!? 『精髄』の治療が済んだ後も王都にずっと留まっているわけにはいかんし、そうなったら学院を中退することも充分にあり得るし! もちろん積極的にいなくなろうというわけではないが、万が一のことを考えないのは怠慢だろうが!?」
ワシの必死の説明をじっくりと吟味したリゼリーナは、やがて静かにうなずくと。
「……なるほど、そういうことならしかたありませんね。わたくしの知る限りのAクラスの情報をお伝えしましょう」
「ほっ……そうか、そいつはよかった……」
リゼリーナが矛を収めてくれたことに、ワシは心の底から安堵した。
にしてもなんだろうな、この異様な迫力は。
あの旅が終わってからまだ一か月も経っていないのに。
王族になるとはこういうことなのか?
リゼリーナめ、ちょっと前までは清純な乙女の雰囲気があったのに……。
「でも、ひとつ条件があります」
安堵しかけたワシの鼻先に、リゼリーナが強めの言葉を投げつけてきた。
「それはディアナさんが活躍して、Sクラスになることです」
「Sクラス……?」
ワシはハテナと首を傾げた。
「勇者学院はA~Fまでではなかったか? Sクラスなんぞあったっけ?」
「ありますよ、Sクラス」
ワシの疑問に、セイラが答えた。
「といっても、『Sクラスという教室があって授業が行われている』わけではなくて、『強すぎる個人が特別に扱われることをそう呼ぶ』といったほうが正しいかもしれませんね。Sクラスに選ばれた生徒は授業費をすべて免除され、好めばどのクラスの授業を受けることもでき、禁書も含めた学院のすべての資料を閲覧できます。さらに王国の青年外交官として自由に他国に入国でき、広報・交流活動も行えます。言うならば、ハイドラ王国の未来を背負って立つスーパー武官やスーパー文官候補の囲い込み制度といったところでしょうか」
「王国の未来を背負って立つ……か」
ワシの視線を受けたリゼリーナは、ニコニコ楽し気に笑んでいる。
「王国主導で作られた勇者学院ですもの。優秀な人材の捕獲……ではなく確保のため、それぐらいの制度は用意してありますわ」
「……今、捕獲って言ったか?」
無意識なのか、それともわざとか。
リゼリーナの不穏な言い回しに、再び冷や汗をかくワシ。
いやしかし、なんたる執念よ。
絶対に『おまえは逃がさんぞ』という気合いを感じる。
目的のためなら手段を選ばんというか、ここまでの流れすら手の平の上だったのではないかと錯覚するほどだ。
「さすがはルベリアの血筋といったところか……。それで? 今現在Sクラスは何人おるのだ?」
「ちょうど十人、ですね。ほとんどの方が他国に赴いておりまして、学院にはどなたも……ああいえ、再来月に国際会議を開く予定がありますので、それまでには多くの方が戻ると思いますわ」
「わかった。顔合わせなどがあるのかどうかはわからんが、それまでにはなってやる。Sクラス、まあまあ使えそうな制度ではあるしな」
他国へ自由に渡ったり、禁書を閲覧したり、エルフの小娘のままではできぬことも多々あるからな。
「そのためにはもちろん、それなりに活躍せなばならんということだな?」
「はい、今回の入れ替え戦はもちろんですが、それ以外の部分も対象になります。具体的には王国に仇名す悪を退治したり、冒険者としての活躍も評価の対象になります。ディアナさんの場合、ベルキアやパラサーティアの件もありますし、わたくしの推薦があれば確実だと思いますが、できればもうひとつふたつ、王都でご活躍されたほうが……」
ワシとリゼリーナがSクラス入りを当然の如く話していると。
「Sクラスって、そんなに簡単に入れるものでしたっけ……」
改めて格の違いを感じたのだろうセイラが、顔を青ざめさせた。
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