「冒険の書百八:マルダーの誤算」
~~~マルダー視点~~~
Aクラスの教室に戻るなり、マルダーは手近な椅子を蹴飛ばした。
怒りに任せて机を倒し、黒板に拳で穴を開けと、荒れに荒れた。
「なんだあの女! Fクラスの教師如きがこのわたしに楯突くとは!」
いつもおどおどして覇気がなく、授業も適当。
底辺クラスの底辺教師如きと見下していたのが、まさかここにきて自分に歯向かうとは。
しかもあんな公衆の面前で……っ。
「このわたしを誰だと思ってる! Aクラスを首席で卒業し、冒険者としてもエリートクラス上位にまで達し! 知らなかったとはいえ王女殿下を教え導いていた男だぞ!」
リリーナがリゼリーナ王女殿下で、ララナ・ニャーナのふたりがその近衛騎士だったのは誤算だった。
知っていたらもっと媚びを売っているか、あるいは男としての自分の魅力で虜に出来ていたものを。
そうすれば婿として王家に入り、やがては王となることすら出来たかもしれないのに。
自らの素質と容姿を過大評価するところのあるマルダーは、本気でそう思っていた。
「ま、それに関しては今からでも遅くはないか。貴賓席にいたリゼリーナ王女殿下、どう見てもわたしに向けて手を振っていたしな。しかもあの、恋に焦がれる乙女のような表情っ……くく、くくくくく……っ」
観客席に特別に設けられた貴賓席には、王家よりリゼリーナ王女殿下が招かれている。
つい先月まで勇者学院に在籍していた当人が、観戦を熱烈に希望したという話も伝わっている。
しかもつい先ほど、教室棟に向かっているマルダーに向けて手を振ってきたのだ。
顔を赤らめた様はどう見ても恋する乙女のものだったし、とすると、その対象は自分に間違いない。
というのがマルダーのたどり着いた結論だ。
実際にはその角度は微妙にズレており、見る者が見ればディアナに向けられていたとわかるのだが、ディアナとリゼリーナの関係性を知らないマルダーには気づきようがない。
「くくくくくく……くはーはっはっはっは!」
「せ、先生……?」
「やべ、またすげえの始まっちまった……」
普段のマルダーの行いを知っている生徒ですらドン引きしているのだが、マルダーはまったく気にしない。
それどころか勝手に人生の絶頂を迎え、興奮で頬を染めながら指示を出した。
「いいかおまえたち! Fクラスのゴミどもをコテンパンにのしてしまえ! 他のクラスもまとめてなぎ倒し、Aクラスの最上位を不動のものとするんだ! それをもって、わたしと王女殿下のバージンロードとするんだ、わかったな!?」
ちょっと前まで教え子だった生徒に手を出そうとする、しかも相手は王女殿下という逆玉の輿。
どこまでも最低なマルダーの発言に多くの生徒はドン引きしていたが、中にはまったく気にしない生徒もいた。
「ふん、まあ大船に乗ったつもりでいろよ先生。この俺、『炎の剣士マカイン』がいる限り、Aクラスは負けねえさ」
燃えるような赤毛の男子マカインが自信満々に胸を叩くと──
「あら、わたくしがいるのも忘れないでくださる? リゼリーナの終生のライバルであるこのヘルミナ・フォン・リーリバウムをね」
次に金髪の縦巻きロールのお嬢様ヘルミナが扇子で自らを仰ぎながら、やはり自信に満ちた言葉を吐き──
「ち、力比べならおでが一番! ゴライアを忘れてもらっちゃ困るべや!」
さらに坊主頭の男子ゴライアが、彫像のように鍛え上げられた筋肉を見せつけ──
「おお、マカインにヘルミナにゴライア! あなたたち三人なら間違いないですね! 我が教え子として、憎きFクラスのゴミどもを蹂躙してやりなさい!」
マルダー・マカイン・ヘルミナ・ゴライア。
暑苦しい絵面の四人が、自信に満ちた笑い声を上げた。
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