「冒険の書百四:合宿③」
ワシの財布の犠牲(?)は無駄ではなかった。
皆は猛烈な勢いで練習に打ち込み、時にワシらやソーニャに相談し、そのつど修正を加えていった。
皆の活気が個人個人のやる気を底上げし、正の作用として積み重なり、最初と最後とではまったく別人のような面構えになっていた。
そうこうするうちに、合宿初日の日が暮れた。
練習を終えたワシらは大浴場で身を清めた後、夕食の会場である食堂を訪れた。
「うう~、もうへとへとだぜ~……」
「お腹ペコペコ。ご飯食べた~い」
「そういやご飯はどうやって食べるんだ? 食堂のおばさんは休みだったよな?」
そんな子どもたちの疑問に答えるように現れたのがリゼリーナだ。
仕事用なのだろう簡素な(といっても庶民の目からは十分豪華に見えるが……)ドレスに身を包んだ第三王女殿下は食堂の中央に立っていたのだが、ワシを見つけると……。
「ディアナさん! おひさしぶりです!」
シュバッとばかりに物凄い勢いで駆けてきた……と思った次の瞬間にはワシの頭をかき抱くようにしていた。
「おお、リゼリーナか……わぷっ?」
「ああ~、ディアナさんの感触、匂い、懐かしいぃ~っ」
「待て待て落ち着け」
「しかも今日はお日様を浴びて汗もかいてるんですのね。いつもより香り高くて脳にくる感じがしますわ。すう~はあ~っ、すう~はあ~っ」
「さすがに人の目を気にしたほうがいいぞ。おいララナニャーナ、おまえらも見てないで止めろ」
近衛騎士の印である白銀の鎧に身を包んだララナとニャーナは、諦めの表情で立ち尽くしている。
「さ、さすがに無理。姫様、気合い、入ってるから」
「ディアナ成分を補充するため、必死で公務をこなして調整してきたのにゃ。多少のお痛は多めに見るのにゃ」
「ワシ成分とは……?」
猫好きが猫に顔を埋めたり、犬隙が犬に顔を埋めたりするのと同じノリでワシの髪に顔を埋めるリゼリーナ。
およそ王女にあるまじき行為に、子どもたちは揃ってポカ~ン。
「わ、リリーナさまだ。いや、実はリゼリーナさまなんだっけ?」
「第三王女殿下……だったのよね?」
「入学以来ずっとAクラスの首席で、俺らの大先輩で、さらに王族。本当なら雲の上の人……の、はずだよな?」
第三王女殿下が身分を隠して勇者学院で勉強していた。
かと思えば突如正体を現し、パラサーティア防衛戦などで大活躍を示して王都に凱旋してきた。
王族が市井の人間と机を並べるのは問題があるとされた結果、勇者学院を退学することにはなったが、リゼリーナの思想や冒険心に共感し、憧れる生徒は多かった。
ファンクラブ(?)とかいう応援団体的なものも存在し、知り合いであるワシらに人となりを聞いてくる生徒も多かった。
がしかし、その憧れがこれでは……。
子どもたちの間に漂う微妙なガッカリ感に気づいたのだろう、リゼリーナはサッとワシから身を離した。
乱れた髪を撫でつけ、ゴホンと咳払いして平静を装うと……。
「す、すこし取り乱してしまいましたかしらね。大切なお友だちと再会できたことが嬉しくて……おほ、おほほほほほほ……」
「全然すこしではないし欠片も取り繕えてはいないが……まあひさしぶりではあるかな」
リゼリーナが王城へ、ワシらは勇者学院へ。
別離は一か月もないぐらいだが、それまで毎日行動を共にしていたことを考えるとな。
「今回は急に呼びつけてすまんな。子どもたちのためにも、おまえの力が必要だったのだ」
「いえいえ、ディアナさんのお願いならいつでもどこでも駆け付けますわ。それで内容は、『入れ替え戦』のコツをお教えする、ということでよろしいんですのよね?」
「うむ、おまえはAクラス首席だったそうだからな。それと頼んでおいた……」
「ええ、王城付きのシェフの手による『夕食会』の開催でございますね」
リゼリーナが手を叩くと、王城付きの料理人と思われる者たちが台車を押しつつ現れた。
台車には銀製の食器が並べられ、それぞれに丸いドーム型の覆いが被せられている。
「でぃ、ディアナちゃんこれは……?」
驚くルルカにワシは、ウインクひとつ。
「毎回こうはいかないがな。士気を上げるための仕掛けというわけだ」
子どもたち憧れのお姫様に『入れ替え戦』のコツを聞き、ついでに『王城付きの料理人の料理』に舌鼓を打つ。
昼間頑張ったことで失われた気力体力を回復し、合宿の能率も上げていこうという狙いだ。
「いつの間に頼んでたの? わたし、ホントに知らなかった」
「おまえやチェルチはワシを『戦闘狂』みたいに扱うがな、ワシだって人並みに気遣いは出来るのだよ」
「す、すごいっ。ディアナちゃんが成長してる……っ?」
ワシの狙いにルルカは拍手喝采……どころか、目尻に浮いた涙を拭うレベルで感動している。
「うう……よかった。ホントによかったっ。わたしは嬉しいよお~」
「のう……『我が子が生まれて初めて立った』ぐらいの勢いで感激するのやめてくれんか? いくらなんでもそこまでじゃないだろう?」
「そこまでのことなんだよおお~っ」
「ああ……そう」
なんだか恥ずかしくなってきたワシは、ポリポリと頭をかいた。
目のやり場に困ってルルカから目をそらすと……。
「お、あれは……」
リゼリーナの周りに集まった子どもたちが、目をキラキラさせているのが見えた。
その中にはソーニャもいて、頬を赤く染めて興奮している。
先ほどまでの大人びた様子はどこへやら、年頃の子どものように喜んでいる。
「……ま、骨を折った甲斐はあったかな」
有名人相手に興奮するのも、あのぐらいの歳の子どもにはちょうどいい息抜きになるだろう。
あまりに根を詰めすぎて、入れ替え戦までに倒れられても困るからな。
「しかし、王城付きのシェフの料理か……。これは勝った時のご褒美のハードルが、ますます上がってしまうなあ……」
テーブルの上に並べられていく銀製の食器を眺めながら、ワシはハアとため息をついた。
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