「冒険の書九十九:コーラスのひとりごと」
~~~コーラス視点~~~
ウルガが壁を叩いて、『神秘の炉』のある部屋に消え。
ディアナだけが、その場にとどまった。
その頃コーラスは、工房のすぐ外にいた。
外壁に背中を預けるようにして座り込み、口に両手を当てて息を殺していた。
「シー……しなくちゃ、ダメ」
ウルガがああなった時は、近づいてはいけない。
下手に近づけばさらに興奮させるし、時に物が飛んでくることもある。
それによってコーラスが傷つけられるということは物理的にあり得ないが、ウルガの心は間違いなく傷つくだろう。
こういう時は、とにかく距離を置くべきなのだ。
その上で、本人が落ち着くのを待つ。
それが、これまでの人生でコーラスが学んだ習慣だった。
「とにかく、ひとりに、しておくの」
ウルガが話した内容については、特別驚きはなかった。
ウルガの方にそもそも隠す気がなかったから、コーラスはすべてを知っていた。
コーラがどういう娘だったか、自分に与えられた役目がなんなのかも。
「……バレた? うん、バレたね」
コーラスは、誰もいないはずの目の前に向かって話しかけた。
「ディアナが、どう思うか? ……わかんない」
次に、誰もいないはずの肩の上に向かって話しかけた。
「友だち……終わりかな、ボク、人間じゃ、ないし」
つま先へ、膝小僧へ、頭のてっぺんへ。
誰もいないはずの場所へ、コーラスは話しかけ続けた。
まるでそこに誰かがいて、コーラスの話を聞いてでもいるかのように。
いや、事実としてそこにいるのだ。
「大丈夫、コーラスは、ひとりじゃ、ない、から」
これはウルガも知らないことだが――コーラスは歴代の『彼女たち』の記憶を有していた。
言うならばそれは、失敗作たちの記憶だ。『神秘の炉』の壁に燃え残った『疑似魂』の残滓だったり、使い回されたミスリルフレームだったり、『命の火』を覆う内壁の欠片だったり、とにかく様々な場所に様々にへばりついた記憶が微小に積み重なり、現在のコーラスへと受け継がれていた。
だからコーラスは知っているのだ。
こんな時にどうすればいいかを。
『彼女たち』の人生が、教えてくれるのだ。
「今は、行こう。……ん? ゴーレムたち?」
立ち上がると、いつの間にか彼女の周りにはゴーレムたちが集まってきていた。
まるで彼女に指示を受けるべく集まった召使いのように、微動だにしない。
「ダメだよ、ここにいちゃ。おとさまの、邪魔しちゃ、いけないよ」
コーラスが歩き出すと、ゴーレムたちもまた歩き出した。
鉄製のアイアンゴーレム、灰色の粘土ゴーレム、石のゴーレムにミスリルゴーレム。
小さなのから大きなのまで用途に分けて様々なのが、コーラスの背中を追うようにのっしのっしと歩き出した。
「ガガ……?」
「ダメ、今入ると、邪魔」
「ギイィ……?」
「言った、でしょ、遠くへ、行くの」
コーラスは、自分にしかわからぬ言葉で話しかけてくるゴーレムたちを辛抱強く説得しながら、歩き続けた。
「そうすれば、きっと、おとさまは、喜んでくれる、から」
創造主の喜びを至上命題とする『人造人間』らしく、工房から距離を置いた。
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