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側室

永禄七年(一五六五年)四月 美作国 津山


 とうとう毛利による尼子の月山富田城攻めが始まった。毛利はこの戦に三万五千もの兵を集めてきおった。対する尼子も必死だ。一万五千を動員したようである。


 尼子はまだ出雲と伯耆、それから西美作を維持している。美作は揺れているが出雲と伯耆はがっちりと確保しているようだ。そして伯耆の隣は因幡。そう、武田高信の領地である。


 幸か不幸か武田高信は毛利の調略に応じなかったようだ。此処で調略に応じた場合、俺に直ぐに潰されることを理解していたのだろう。そうしたら、俺が因幡国を統一することが出来たのに。残念。


 月山富田城だが、以前にも一度包囲されている。あれは十年以上前だったはず。大内と毛利が今よりも多い四万五千の兵で城を囲んだのだ。そして尼子はこれを撃退している。つまり、数字上は今回も撃退はできるのだ。


 しかし、あくまでも数字上の話である。戦は何が起こるか分からないから怖いのだ。俺は俺の出来ることを行おう。それは津山城の築城である。


 城を建てる。これは初めての経験だ。何事も経験することは大事だと思う。ただ、城造りをしたことがない人間に全てを任せるのは不安で仕方がない。そこで、長坂昌国と遠藤秀清にも協力を要請した。


「御屋形様はどのようなお城を築城なさるおつもりで」

「対毛利の最前線となる城だ。今の月山富田城を見れば分かる通り、包囲に強い城にしたいと思うておる。となれば必要なのは水と強固な囲いか」

「水に関しては心配ございますまい。宮川と吉井川がございまする。水堀を作りましょうぞ」

「二重で頼む」

「二重、でございますか」


 長坂昌国が確認するようにそう述べる。俺はその認識が正しいと言わんばかりに頷いた。水堀は二つ欲しいのだ。一重だと、水堀に毒を入れられてしまっては使えなくなってしまう。


 だが、二重にして水堀と土塀を交互に配置すれば内側の水堀は使えるだろう。そこで蓮根を栽培するのだ。確か、加藤清正が築城した熊本城で行っていた策だったはず。


「それから溜め池を幾つも掘るぞ。そこに泥鰌でも放っておけ」


 最悪、泥鰌も食べる勢いだ。何も食べられない魚ではない。江戸時代では泥鰌鍋が流行るのだ。少しばかり流行を先取っただけに過ぎん。


「遠藤又二郎は狭間を効果的に配置せよ。それから虎口だがな、このように致す」


 俺は描いていた図面を二人に見せる。この時代では珍しい枡形の虎口だ。やはり、これが最も効率的に火縄銃を使える虎口だと考えている。


 この桝形の中を通らねば本丸に辿り着けないが、虎口に入れば四方八方から火縄銃の弾が飛んで来るのだ。考えただけでも恐ろしい。


「成る程。流石にございますな。これは新しい虎口となりましょうぞ」


 それから詳細を二人と話し合った。津山城は輪郭式を採用し、天守も連立式の三層にする。廓も三の丸まで作る予定だ。門も鉄城門となっており、隅櫓を至る所に建てる。


 兵は最大で三万を収容する想定で縄張りを進める。しかし、広くするのではなく縦に、天守と地下を有効活用して兵の収容場所をつくるのだ。徒に広くした場合、少数で守ることが困難になる。


 そして何といっても食糧である。先も蓮根だ泥鰌だと述べたが食糧の確保と飲み水の確保が先決なのだ。そこで幾つかの策を弄することにする。


 これも熊本城の真似だが芋茎とかんぴょうを至る所に仕込んでおく。それから地面に瓶を埋め込むのだ。


 瓶を地面に埋め込めば水が溜まるだけでなく、土竜攻めをしてきた際に振動で分かりやすくなる利点がある。


 食糧庫は分散して配置し、燃えないよう土壁で建てる。また、腐らぬように地面から離し、高床にして鼠にやられぬよう鼠返しも付ける。ついでに猫も数匹飼おう。


 何だか城造りが楽しくなってきた。他にどんな機能を備えようか。そう考えていた時であった。この津山の地に南条宗勝がやってきたのである。彼には草刈景継の調略を手伝うよう、伝えていたはずだ。 


「如何した、南条勘兵衛」

「恐れながら率直に申し上げまする。草刈加賀守の娘を娶られなさいませ。さすれば草刈加賀守はこちらに付きましょうぞ」

「それは、側室にしろと。そういうことか?」


 静かに頷く南条宗勝。言わんとしていることは理解できる。婚姻関係を結べば草刈景継は俺の岳父となるのだ。味方になるどころか、裏切られる心配は低くなるというもの。


 しかし、側室を置くとなるとお家騒動が心配になってしまう。いや、それを心配するなら早く子を作れという話なのだが、こればかりは天に祈るほかない。それに藤の機嫌も気になる。


 だが、決断は下さないといけないのだ。しかも、今。子が出来るまで待ってくれなんて悠長なことを言ってられない。


 うん、決めた。俺は側室を娶る。そして草刈家を優遇してやろうではないか。これ以上、毛利に食い込まれて困るのは俺なのだ。


 これくらい御せなければ戦国大名などやってられない。まだまだ敵は多いのだ。少しでも味方を増やしておくべきである。藤の祖父は武田信玄とはいえ、こちらでは役に立たないのだ。


「勘兵衛はそれが最善だというのだな?」

「はっ。此処で草刈加賀守と拗れましたら、この津山の城も夢のまた夢にございますぞ」


 確かに南条宗勝の言う通りだ。後詰めの無い城ほど脆いものはない。草刈景継が敵に回ると厄介なのは俺も痛いほど理解している。此処は吞むほかないと自分に何度も強く言い聞かせた。


「ではその様に致せ。良きに計らうのだ」

「ははっ」


 頭を下げて去って行く南条宗勝。俺はその後ろ姿を見送りながら津山の城普請を進めていく。厄介事を忘れていくかのように。


 何と言うか、一難去ってまた一難とは正にこのことだなと痛感したのであった。


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