現状確認、方針確認
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永禄七年(一五六五年)二月 若狭国 後瀬山城
さて、大変なことになった。毛利の攻勢により、尼子は風前の灯火である。まずは諸将を集めて黒川与四郎から毛利の情報を入念に尋ねる。
それはもう集めた。総勢十二人を集めて評定を行ったのだ。武田信景、明智光秀、内藤重政、熊谷直之、尼子勝久、黒川玄蕃佐、黒川与四郎、飯富虎昌、細川藤孝、沼田上野之助、本多正信、南条宗勝の十二名である。
「さて、大変なことと成ったぞ。月山富田城が落ちるやもしれん。黒川与四郎、詳細を申せ」
「はっ。毛利領内にて戦の気配が漂っておりまする。その数はおよそ三万。そこかしこで尼子とはこれにて根切にすべしとの声が。恐らくは月山富田城を攻めるものかと存じまする」
三万。何処からか声が漏れる。毛利は西と南、それから東にも備えを置いた上で三万も動員しているのだ。我らとは格が違い過ぎる。五十万石に満たない我らなぞ吹けば飛ぶような路傍の石でしかないぞ。
しかし、月山富田城は言わずと知れた堅城である。合わせて四万以上の大内と毛利の連合軍を退けた経験もある。そう簡単には落ちないはずだ。
「さて、後詰めに向かうべきか。他にも情報が欲しい。何でも良い。毛利に関することを申せ」
「それでは儂から一つ。武田又五郎と垣屋隠岐守の元に毛利の手の者が接触したと」
そう述べたのは黒川玄蕃佐だ。飄々としていながらもさらっと重大なことを述べてくる。食えない爺さんである。知っているのなら、もっと早くに伝えて欲しい。
「……潰すか」
後顧の憂いを無くすのであれば潰してしまうのが手っ取り早い。そうすれば我らの石高も五十万を超えてくるだろう。しかし、それだと周囲の国衆の信頼を失うことになる。難しい判断だが、滅亡よりはましだ。
「そう軽々に判断召されるな。武田又五郎も垣屋隠岐守も突っ撥ねたと伺っておりますぞ。今のところは、にございますが」
「ふむ」
抜かった。こちらが攻めているということは向こうも攻めているのだ。しかも権謀術数が得意な毛利だ。調略が飛んでくることは容易に想像できたはずだ。
「毛利は世鬼衆と言う乱波と座頭衆と呼ばれている盲目の琵琶法師を用い、調略に当たっているようにござる」
「与四郎、勝てるか」
「五分かと。防ぐは容易なれど攻めるは難しいと存じまする」
「それで構わん。入ってくる世鬼衆と座頭衆は全て潰せ。それから西に向かう者は全て調べよ。怪しい者はひっ捕らえろ」
「ははっ」
与四郎が立ち去る。どうやら直ぐに動くようだ。会議は黒川玄蕃佐に任せれば良い。そう判断したのだろう。
呼吸を一つ入れる。慌てたら負けだ。まずは状況を整理しよう。
「弥八郎、状況を整理して申せ」
「はっ。状況はそのままでございますな。毛利が三万を超える大軍で尼子の月山富田城を攻めんとしている。尼子は頑張って農兵など総動員しても一万を超えるくらいにございましょう。このままだと落城も止む無しかと」
「しかし、俺はそれを避けたい」
「となるのであれば、尼子を援助する他ありますまい。幸いにも月山富田城は堅城。兵糧さえ入れば何年も持ち堪えること能うかと」
「十兵衛、我らで用意できる兵糧の量を調べて鳥取城に集めてくれ」
「かしこまりました」
「南条勘兵衛は尼子側と交渉を。尼子に兵糧を与える代わりに銭を根こそぎ奪ってまいれ」
「ははっ」
これで月山富田城がどれだけ持つかだ。兵糧攻めで落ちる心配は無いとみて良いだろう。勿論、三年四年と兵糧攻めされたら落ちるやもしれんが、その際は将軍に和睦を願い出れば良い。
「他にできることはあるか?」
「であれば、囲魏救趙の策が適しているかと存じまする」
そう声を上げたのは沼田上野之助であった。囲魏救趙とは、兵法三十六計の第二計だという。古代中国の話で、強国である魏に囲まれた趙を救うため、斉は趙に援軍を派遣するでなく、魏に攻め込んだという話だ。
当然、魏は趙を攻めている場合ではなくなるので趙は救われる、という作戦のようだ。確かに今の我らにそのまま当てはまる。
魏が毛利で趙が尼子、そして斉が我らだがこのままだと我らが毛利に睨まれかねない。もう一計を案じたいところである。さて、どうするべきか。
「孫四郎、美作と播磨の尼子勢を纏めて毛利の領内を荒らし回ることはできるか?」
「お任せ下され。能いまする」
尼子勝久が自信満々に首肯する。ようやく出番が回ってきたと喜んでいるのだろう。勇み足にならなければ良いのだが。少し窘めておこう。
「ただ、条件がある。絶対に毛利軍と戦ってはならない。ただ荒らすだけ荒らして毛利軍が来たら蜘蛛の子を散らすように逃げるのだ。それを繰り返し、手を替え品を替え行って欲しい」
「承知仕りました」
「内藤の、熊谷の」
「「ははっ」」
「孫四郎が美作と播磨の尼子勢を取り纏めるのを助けてやってくれ。あくまで取り纏めるまでだ」
「かしこまりましてございます」
それこそ楪城の新見貞経に尼子勝久の補佐をさせるか。そして楪城に我らの城代を入れる。徐々に尼子を蝕んでいってやろう。それも一興である。
「飯富兵部は草刈加賀守を調略して参れ」
「ははっ」
津山城の築城も急がねばならない。縄張りは済んでいるのだが、城として機能するには半年は欲しい。それこそ、完成するのは年単位だろう。
毛利の動きがここまで早いのは予想外だった。流石に尼子がいつ滅亡するかまで覚えてない。そこまで覚えている人がいたら相当の歴史好きだ。
「叔父上は武田又五郎の元へ向かって欲しい。そして強く詰問いただきたい」
「お任せ下され」
これで一通りの指示は出し終えた。毛利が尼子に向かうのであれば三村に後詰めは向かわないはず。それであれば我らで勝山城を落としてしまうのも考えても良いかもしれない。
「弥八郎は毛利の石高を調べよ。そこから毛利の戦力を割り出すのだ」
「お任せ下され」
「他に何かあるか。抜け漏れが有るならば指摘して欲しい」
そう言うとスッと複数の手が上がる。上がった先は勿論上野之助と十兵衛、正信の智謀知略三人衆であった。
イヤな予感しかしないが、指摘してもらえるのは良いことである。良薬は口に苦しだ。最初に声を上げたのは十兵衛だ。
「丹波は如何なさるのです?」
「今は放置せざるを得んな。戦線を増やす訳にもいかん。ああ、内藤殿にも訳を話さねばならんな。これは俺が直接行おう」
丹波を失うことはできない。いや、違うな。丹波を他の誰かに奪われてはいけないのだ。丹波は俺が切り取る。切り取るが、今ではない。まずは西側を大人しくさせねばならんのだ。
「東は如何なさいます?」
そう告げたのは上野之助だ。東というと朝倉を指しているのだろう。確かに、西にばかり目を向けていては東から、背後から刺されることになる。それだけは避けたい。
「十兵衛と上野之助で敦賀を、敦賀郡司を我らに寝返らせることは能うか?」
「能いまする。しかし、それを行えば明確に敵とみなされますぞ」
そう告げる十兵衛。そうなのだ。そこが悩みの種である。ではどうするか。密約に留めて置けば良いのである。そうすれば敦賀郡司の朝倉景恒の生殺与奪は俺が握ることになるのだ。
「まだそこまでは踏み切れぬ。が、敦賀郡司の朝倉中務大輔とは仲良くしたい。取り持ってもらえるか?」
「勿論にございます。朝倉中務大輔の心は既に離れておりましょう」
兄である朝倉景垙のことを考えると然もありなん。東は敦賀で膠着状態を作りたい。
残るは南だが、これに関しては丹波について内藤宗勝に尋ねるときに一緒に聞くことにしよう。兄の松永から何か聞いているかもしれない。
俺が狙うのはまずは西の美作である。勿論、直ぐに奪えるとは思っていない。だが、俺にはまだまだ時間があるのだ。
その後に備前や播磨、丹波などを平定していく予定である。織田信長が台頭してくる前に伸ばせるだけ領地を伸ばしておきたい。大丈夫だ。まだ時間はある。
未だ十四の齢である。手に汗を握りながら慌てる時間ではないと自分に何度も言い聞かせるのであった。
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