臣従か追放か
永禄七年(一五六四年)六月 若狭国 後瀬山城
もうすぐ出陣というこの時期に来客の申し出があった。一体誰だと菊千代に感情のまま尋ねたところ、意外な名前が挙がった。南条宗勝の使者である、と。
これは誠に意外な来客であった。しかし、会わない訳にはいかない。菊千代に指示を出して直ぐにその場を設けてもらう。大方の話は予想出来ている。問題は南条がどこまで妥協してくるかだ。
南条からの使者に会うと返答をすると、直ぐに南条宗勝が飛んできた。どうやら尼子と武田高信とにやりこめられていたらしい。そして、毛利の援軍も期待できない、と。縋りたくなる気持ちも分かる。
「私が武田伊豆守である。其の方が南条勘兵衛か」
部屋に入ると低頭した男が一人。面を上げさせる。六十を過ぎた老人が南条宗勝その人だろう。顔に刻まれた皴から今までの苦労がこちらにまで伝わってくる思いだ。
「はっ、某が南条勘兵衛元清にございまする」
「して勘兵衛よ。何用で私に会おうと思ったのだ?」
分かっているのに尋ねる悪い男は俺だ。敢えて南条宗勝の口から要件を言わせようというのだ。この後瀬山城に何しに来たのか、を。
「はっ。某共を伊豆守様の麾下に加えていただきたく、お願いしに参上した次第にございまする」
和睦や降伏ではなく、臣になりたいときたか。さて、南条がどう言い逃れするのか見ものである。俺は勘兵衛に強く尋ねる。
「ほう。それは妙な話よな。其方は毛利家と足並みを揃えていたはずだが? 先の戦では其方にだいぶ手古摺った」
「はて、某は毛利に加担などしておりませぬが。あれは吉岡親子、それに山名が毛利に唆されて行ったことにございますれば」
あくまでも白を切り通すつもりか。毛利と南条が繋がっていた確たる証拠を我々が握っていないと踏んでいるようだ。
しかし、吉岡春斎が自供している。勿論、証拠としては弱いが追及するには十分な材料だ。
「そうか。私が聞いていた話とは違うな。捕えた吉岡春斎からは南条が裏で手を牽いていたと聞いているが。これは吉岡の妄言か?」
そして尋ねる。我等武田が南条を麾下に加えてどんな利があり、どんな理があるのかと。
「恐れながら申し上げます。我らを麾下に加える利としましては、手駒が増えまする。いずれ、尼子と事を構えることになり申したらば、某がいの一番に攻め掛かりましょうぞ」
「それは私の家臣に尼子勝久が居て、そう述べておるのか?」
「伊豆守様はいずれ勝久様をお担ぎになられるのでしょう?」
何ともまあ食えない親父だ。正直に言うと、此処で処断してしまいたい気持ちが大きい。明らかに後々の禍根となること間違いなしだ。
誅する名分は十分にある。非常に悩ましい。何と言うか、松永弾正にどこか通ずるものがある人物だ。仕方がない。まずは生かす方向で考えよう。
羽衣石城を取り上げることは叶わないだろう。何せ、羽衣石城を取り戻したくて戦を行っていた男なのだから。だから羽衣石城は取り上げない。取り上げるのは目の前の倉吉平野だ。
「其方を赦すには幾つか条件がある。まず、出家して隠居なされよ。家督を息子に譲ることが一つ」
「かしこまり申した。異存はございませぬ」
「それから羽衣石城以外は接収する。羽衣石城を残したのは温情だ。それで駄目ならば、分かるな?」
「承知いたしました。こちらも異存はありませぬ」
「それから打吹城と田内城に人を入れる。あとはその指示に従うように」
そこで始めて南条宗勝の動きが止まった。どうやらやはり倉吉平野を取り上げられるのは勘弁ならないようだ。しかし、俺は心を鬼にしてやるぞ。
「これには従えんか?」
「……いえ、従いまする」
明らかに不服なのが目に見えて取れた。いや、違うな。本人からは何もない。俺がそう思っているだけかもしれない。明らかに嫌がることをやっているのだから。本当にこのまま進めて良いのだろうか。
もう良いや。肚の探り合いは疲れた。向こうが本音を吐露しないのなら、俺も南条を用いることはない。命だけはせめてもの温情で助けることにしよう。いや、黒川衆を使うか。
「いや、止めよう。南条勘兵衛、其の方と一族全てを国外への追放処分と致す」
「なっ!?」
初めて南条元清に表情が宿った気がした。やっと素の顔を見せたか。だがな、何も酔狂で国外追放を言い渡した訳ではない。もう名前からして毛利元就に傾倒しているのが見て取れる。
「其の方等も好きでもない主君に嫌々従う気にはなれんだろう。であればいっその事、国外へ追放するか城を枕に討ち死にするか好きな方を選ばせてやるというのだ。毛利へ向かい再起を図るも良し。いつでも相手になろうぞ。帰って協議致せ」
話は終わりだと立ち上がろうとしたその時、南条元清が大きな声をあげて俺を制止した。思わず驚く俺。そして菊千代が刀を抜いた。
「落ち着け、菊千代。勘兵衛、まだ言いたいことがあるのか?」
「はっ。何卒、国外への退去はご再考いただきますよう、平にお願い申し上げまする」
「しかし、私としても謀反をされるのは本意ではない。そして火種が燻っている。であれば、鎮火するのが君主の役目では?」
南条元清は何も言わない。俺も黙る。二人の間を妙な沈黙だけが漂っていた。
俺だって理解している。南条元清はそうするしかなかったということを。そうしなければ旧領を回復することができなかったということを。そう言った事情を汲んで沙汰を下すのも君主の役目か。
「分かった。勘兵衛、其方は兄弟と共にこの後瀬山に移って参れ。羽衣石城は息子に任せよ。そして息子には後見と目付を付けさせる。これで如何か?」
これが最大限の譲歩である。南条元清とその息子を離す。確か息子は未だ十代前半だったはず。それであれば我等でも御しやすい。後見も我等で行う。毛利には接触させない。
ある意味、子供達を人質に取った形となった。信用が無いのだ。致し方ない処置だと思う。これを南条元清が理解してくれるか否かにかかっている。
いや、この場合は親を人質に取ったという方が正しいだろうか。どちらにせよ、親子を離して一緒にはしない。彼らは危険過ぎる。
恨みを買ったまま国外に追放するくらいならば、恩を与え、手元に置いておいた方が良い。そう切り替えることにした。優秀な人材であることには変わりないのだ。
「ご厚情、痛み入りまする。謹んでお受け致しまする」
どうやら元清に理解してもらえたようだ。何も今生の別れとなる訳ではない。後瀬山に遊びに来てもらえればいつでも親子の再会を果たすことはできるのだ。そう易々とは会わせんがな。
「勘兵衛殿の英断に感謝致す」
互いに頭を下げ合った。さて、これで西の憂いは取り除くことが出来た。尼子と南条、そして武田高信が一丸となって毛利に当たってくれればある程度は防ぐことができるだろう。いや、時間稼ぎにしかならないかな。
南条の後見を誰に任せようか。それこそ武田高信に任せてみよう。そして南条元清の次兄を俺が小姓として預かる。三男はそのまま南条元清の共に置いておこう。
そして羽衣石城のある河村郡を武田高信に渡す。その代わりに智頭郡を丸っと我らのものにしてもらおう。どちらが得か、高信ならば理解してくれるはずだ。じりじりと因幡の地を切り取っていく。
それから羽衣石城は南条家の物であり、長兄である元続のものとする起請文を起こそう。そこには元続の子もしくは次兄または三男が継ぐものとするとの記載も含めて。
これで若狭、丹後、但馬、因幡、東伯耆を我等とその同盟国で固めることが出来た。これでやっと朝倉と肩を並べることができるくらいだろうか。いいや、そんなに石高は高くは無いか。しかし、周りは敵だらけ。休む暇も無い。
それに武田高信も尼子義久もどこまで信じて良いのやら。いつ寝首を掻かれてもおかしくはない状況なのだ。
早く丹波を平定して力をつけなければ。六角と三好が弱っている今が好機だぞ。浅井からくる圧に悶えながら俺は丹波へと向かうのであった。
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