泥沼のへ丹波へ
織田信長から使者がやってきた。その名を池田恒興と言う。信長の乳兄弟だったはずだ。どうやら浅井との婚儀の贈呈品の御礼に参ったようである。
「お目通りが叶い、恐悦至極に存じまする。某、池田勝三郎と申しまする」
「私が武田伊豆守である。本日はどのようなご用向きで参られたのだ?」
「はっ。我が主にございまする織田上総介様が武田伊豆守様からの贈り物にいたく感銘し、そのお礼に某が参上仕った次第にございまする」
確か織田殿には清酒と干し椎茸、蘇に俵物と様々な食べ物をたっぷりと送ったのを覚えている。結局、武器の類は止めたんだった。
「気になされまするな。ある種の意趣返しのようなもの故」
「と、申されますと」
怪訝な顔をする池田恒興。俺は苦笑いしながら意趣返しの説明を始めた。
「ご存じの通り、私の父は浅井新九郎殿に殺されておりましてな。いや、勿論戦でのこと。既に新九郎殿と和解は済んでおりますが、面白くないことに変わりはありませぬ。ですので浅井殿ではなく織田殿を祝い、遠回しに浅井殿を祝わせてもらった次第にござる」
自分でも中々に嫌な男だと思う。だが、素直に祝って浅井に迎合したと家臣達に思われるのも面白くない。自分の中で最良だと判断したのが織田への贈り物なのだ。
なんというか、中間管理職の悲哀を感じる。上には良い顔をしなければ攻め込まれる。かといって下に甘い顔をしてばかりだと付け上がられる。どうしろというのだ。
「左様でございましたか。こちらは我が主からにございます」
ずずいと恒興が押し出したのは後ろに置いておいた箱である。その中にはぎっしりと銭が詰め込まれていた。千数百貫は入っているだろう。財力を見せつけられた形になった。
「これは、なんとまあ」
「どうぞお納め下さいませ」
「過分な返礼、痛み入りまする」
「誰か居るか。これを運んで参れ」
そう言って人を呼ぶ。やって来たのは前田利家だ。何も俺は強制していない。本人に織田からの使者が来ると伝えたら是非とも会いたいと申し出てきたのだ。
「な、又左衛門か!」
「勝三郎か。ふむ、それなりに御屋形様のことを認めているのだな。三郎様は」
驚いている池田恒興に対し、淡々とそう言い放つ前田利家。どうやら織田信長に未練は無さそうである。俺はホッと安堵の溜め息を出した。
「又左、武田様に仕えていたのか!?」
「応とも。今となっては御屋形様のお陰で城持ちだ。尾張よりも栄えさせてみせるぞ!」
そう言ってニコッと笑う利家。そんな利家を俺は窘める。いくら旧知の仲とは言え、向こうは織田からの正式な使者なのだ。
「又左衛門、池田殿は織田殿の使者であるぞ。無礼な振る舞いは止せ。武田の名に瑕が付く。積もる話があるなら後に致せ」
「はっ、申し訳ございませぬ」
バツの悪そうな顔をして謝る利家。俺は頷いてから池田恒興に向き直った。
「さて、池田殿。当家に前田又左衛門が居るが織田家と事を構えるつもりは今後一切無いことをお伝えいただきたい。又左衛門、あれを」
そう言って利家に物を持ってこさせる。源四郎に無理を言って手に入れてもらった唐物の茶碗だ。それを池田恒興に渡す。これは詫びの印だ。
前田利家は奉公構が出ていたのにも拘わらず召し抱えてしまった。これを知ったら織田信長も怒るだろう。だが、常に隠し通せる自信も無いし、訳も無い。
それならば先に謝ってしまおうという訳だ。この先、織田信長は美濃を平定し上洛するだろう。
そうなってから利家の件をあれこれ言われるのでは堪ったものではない。なので、今の内に片を付けるつもりである。
「これを織田殿に。唐物の茶碗である。これでご容赦願いたいともお伝え下され」
「こちらを。……承知いたしました。では、某はこれにて失礼いたしまする」
池田恒興が退出する。向こうも強気には出てこないだろう。こちらは甲斐の武田とも婚姻関係にあるのだ。どちらの武田も敵に回す力はまだ無いはずである。挟撃されるのだから。
そのためにも、織田信長に舐められないためにもやはり丹波だ。そろそろ本腰を入れて攻略にかからなければならない。池田恒興のことは前田利家に任せ、俺は本多正信を呼んで丹波攻略の進捗を伺う。
「お呼びでございますかな?」
「うむ。丹波攻略の様子を伺いたくてな」
「内藤蓬雲軒殿との連絡は黒川衆を通して密に行っておりまする。農閑期である来月に攻め込む手はずにございますれば、こちらは半月遅れて攻め込みましょう」
「分かった。しかし、如何攻める?」
「少々お待ちを」
そう言って正信が地図を取り出す。どうやら黒川衆を使って丹波の詳細な地図を用意したようだ。俺よりも忍びの使い方が上手い。それも当たり前か。俺は忍びなんて使ったことないんだから。
「今回は何鹿郡と天田郡に攻め込みまする。天田郡は小笠原が親族で治めております故、付け入る隙が中々どうにも。しかし、何鹿郡であればやりようはございまするぞ」
「ほう、詳しく聞こう」
「私市城の大志万宮内大輔は赤井悪右衛門を恐れておりまする。庇護を求めたがっておりますれば、彼等を庇護下に置き、盾にし上林城の上林下総守と十倉城の渡辺内膳を攻めるのがよろしいかと」
「分かった。兵は如何ほど必要か?」
そう訊ねると、正信が地図をじっと見て考え込む。俺も釣られて地図に目を落とした。築いた君尾山城に兵を集めて上林城と十倉城を落とし漢部を狙うのが王道だろう。
君尾山から漢部(綾部)までは歩いて五時間前後。さて、正信ならどうやって切り取るか。俺は正攻法に攻め込むしか思い付かない。
「御屋形様はどうなされるおつもりで?」
「弥八郎が何鹿郡を手中にできると申すならば俺は天田郡へと攻め込むつもりだ」
「然らば将と兵を二千程お借りいただけましたらば、漢部を手中に治めてみせましょう」
「分かった。では弟と渡辺半蔵、それから内藤と熊谷親子を連れて行け。俺から伝えておく」
「承知仕りました」
三河組に古参の内藤と熊谷親子を付けた。内藤には目付を依頼し、熊谷親子には本多正信の策を見て報告して欲しいと伝えておこう。正信がどうやって漢部を落とすか気になる。
人選で俺が何を狙っているのか正信であれば理解しているだろう。にも拘わらず、二つ返事で首を縦に振ったのだ。これが上手くいったら、そろそろ正信を信頼しても良いのかもしれない。
「では、俺は十兵衛と共に天田郡へ攻め入ろうと思う」
天田郡には親子兄弟の奈賀山長員、和久長利、牧利明、塩見頼勝、塩見利勝等が居るのだ。せめて桐村高信だけでも落としたい。
こうして、俺は史実では泥沼となっていた丹波攻略へ足を踏み入れたのであった。
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