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その代価

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 洗足山に戻ると、砦からは煙が上がっていた。どうやら進退これに窮まっているようである。まずは山県孫三郎を探す。危なくなったら逃げろと厳命して良かった。


「山県孫三郎は何処か!?」

「も、申し上げます。孫三郎様は、まだ砦内に……」


 槌で頭を叩かれたような衝撃が走った。孫三郎は逃げていなかったのだ。曰く、足軽や小物を逃すために孫三郎が殿を務めているようなのだ。


「くっ! 肥後守、救出能うか!」

「お任せを!」


 手勢を率いて砦内に入っていく井伊直親とその配下達。幸か不幸か門は破られており、再利用が不可能な状況になっているようだ。宇野勘解由には周囲を警戒してもらう。


 俺はじっとりと手に汗をかいていた。砦を攻められることは仮定していたが、まさか本当に来るとは露程にも思っていなかったのだ。


 まだ腑に落ちていないことがある。高草郡からの兵がこちらに届いていない。何かしらの問題が発生したということだろう。俺が敵方だった場合、援軍を送れないよう策を弄してから攻めかかる。まんまと嵌ったのは俺か。


 井伊直親の部隊が砦に突っ込んでいく。俺は砦内を鼓舞するため、後詰めに来たことを知らせるよう、大きな音を鳴り響かせ続けた。


 砦内は混迷を極めた戦となった。状況は井伊直親が勝勢である。問題は山県孫三郎が無事かどうかだ。俺も堪えることができず、兵を百名率いて砦内へと入る。制圧が済んだ箇所に残党が残っていないか確認しながら進む。


「御屋形様! こちらに!」


 遠くから声が聞こえる。この声は直親配下の中野直由の声である。俺は急いで声が響く方へと向かう。そこに居たのは、何本もの矢が深く刺さり、血を流しながら横たわっている山県孫三郎の姿であった。


「孫三郎! 傷は浅い。直ぐに助けてやるぞ!」

「何を……仰られます。某は、もう、助かり……ますまい」

「この馬鹿者! 何故逃げ延びなんだ!」

「砦を、奪われるのが……惜しゅうなりましてな。ふふ……しかし、御屋形様のように、華麗な戦は出来なんだ」

「何を言うておる。お主は立派に砦を守った! 俺の命以上のことを成しえたのだ! 存分に誇って良い!」


 段々と孫三郎の目が閉じていく。身体からも力が抜けていくようだ。しかし、俺には孫三郎を助ける術を持ち合わせていない。いくら現代の知識があるとはいえ、人の生死には無力なのは変わらない。


「御屋形様と、駆け抜けた、この数年、は楽しゅう……ございました。御屋形様であれば我等を、いえ、日ノ本を変えられると。この国を宜しくお頼み申――」

「孫三郎。孫三郎!? おい、起きよ!!」


 息をしていない。呼吸が止まった。心の臓も動いていない。俺の手がわなわなと震え始める。何が起こったのか、理解している。死んだのだ。孫三郎は。


 両の目からポタポタと涙が流れ始めた。感情が抑えきれなかったのだ。皆を率いる総大将としては失格も良いところである。でも、止まらないのだ。


 なんとか涙を止めようと試行錯誤するも止まることはない。そんな俺の傍にいつの間にか勘解由と直親がやってきていた。


 涙は未だ流れている。ただ、頭の中は非常に鮮明であった。やることもわかっている。涙を流しながら、自分でも怖くなるほど冷徹な声で命を下す。砦は燃えたままだ。


「肥後守、勘解由、根伐りだ」

「は?」


 肥後守が思わず聞き返した。しかし、俺の意見は変わらない。因幡国西部の国人衆は全て皆殺しにする。俺の持てる全ての力を使って今すぐにでも一人残らず見つけ出して首を搔っ切ってやる。


「中村伊豆守、山田安芸守、吉岡春斎、彼らを唆した者、何もかも、今すぐ根伐りにせよ」


 まずは十兵衛に後詰めの兵を用意させる。三千は動員できるはずだ。その全兵数を持って智頭郡から北上する形で因幡国の西側を力で制圧する。それから――


「御屋形様!」


 肩を強く揺すられた。井伊直親が俺の肩を揺すったようだ。それで俺の意識が覚醒する。涙を袖で拭きながら返答した。


「何だ?」

「なりませぬ。それはなりませぬぞ!」

「何故だ! 彼奴らは孫三郎を殺したのだぞ!」

「当主たるもの、一時の感情で判断してはなりませぬ! 治部大輔の二の舞になりますぞ!」


 治部大輔というのは今川義元のことだろうか。おそらく桶狭間で負けた時、家臣の諫言を聞き入れなかった何かがあったのだろう。俺が、その二の舞になるだと。足もとが崩れる感覚に陥った。


「ふぅっ、ふうっ」


 まずは息を吐き出す。心を落ち着かせて冷静に判断するのだ。山県孫三郎の死を受け入れつつ、冷静に判断する。こんな難しいことを求められるとは。


「肥後守。諫言を有り難く思う。だが、根伐りにするのは変わらんし、変えんぞ。だが、まずは守りを固める。急いで砦を再建させろ」

「ははっ」

「勘解由、こちらは落ち着いた。広野孫三郎達の様子を見てきてはくれぬか?」

「かしこまりましてございます」


 後から届いた知らせだが、どうやら無事に香音寺城を落とし、武田高信は智頭郡の制圧を急いでいるとのことであった。これで残るはあと三郡である。


 高草郡からの援軍だが吉岡春斎が兵を動かし、後詰めに来れぬよう攻めかかっていたとのこと。やはり、これらは計画的に行われていたようだ。口惜しい。

 

 山県孫三郎と引き換えに智頭郡を得た。俺にとっては得たものよりも失ったものの大きな戦となったのであった。

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