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異世界八険伝  作者: AW
第4章  求められし力
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89.子と母

魔界から戻ったリンネたちは、地上階でリーンと会う。

 魔界に来てから4日目の朝を迎えた。


 ヴェローナに聞いたところ、魔人ウィズは自ら魔王の器となることを企んでいるらしい。

 その企みを挫く最も効果的な手段は、ウィズを殺すこと――命を奪うことに全く抵抗がないとは言えば嘘になる。でも、今までだって魔人を殺してきたんだから、きっと次だってやれるはず。


 ただ、ボクは直接手を出せないし、クルンちゃんの占いでは、ウィズを倒すのはメルちゃんだ。

 心の中にあるもどかしさとは裏腹に、どこかホッとしてしまう弱い自分が情けない。



 アイちゃんを交えて夜通し話し合った結果、ボクたちはある作戦を実行することにした。

 それは、ウィズを魔界に封じる作戦だ。

 つまり、ヴェローナの魔法を除き、魔界と地上界とを繋ぐ唯一のルートとなるグレートデスモス地境を封印するという、ある意味で最終手段的なやつ。


 ウィズの転移は人を対象とするため、この大神林を出た瞬間にボクは狙われてしまう。それを躱すため、ちょっとした回り道をすることになる。

1.ヴェローナの魔法で地上へ戻る

2.ボクの転移で地上の地境へ行く

3.地上側から地境の狭間を封じる


 それと、他にもやらなきゃいけない大事なことがある。

 魔神をリーンの所に連れて行くこと。そう、真実を伝えるためにね。

 そして、地上にいる最後の召還者を確保し、なるべく早くに魔界へと戻る。魔界を奴から守るために!


 魔王復活まで残り45日間――。

 ウィズさえ何とか抑えれば、魔王の完全復活は阻止できるはず。綱渡りだけど、希望は見えた!




 ★☆★




「くすぐったいです!」


 もふもふな尻尾による往復ビンタ、それはすなわち顔で感じられる快感の頂。

 始まりがあれば勿論、終わりもある。訪れた突然別れの時を精一杯惜しみつつ、ボクたちは一時の四足歩行から解き放たれた。

 ヴェローナの魔法は便利なんだけど、この扉(窓?)は小さすぎて不便だよ。


 アユナちゃんとクルンちゃんは、思いっきり深呼吸をしている。やっぱり地上の空気は美味しいよね。


 ここは大陸の東側。遠くに白く見えるあの町がフィーネだろう。あそこからボクたちの旅が始まったんだと思うと、感慨深いものがある。


 魔神はカラスのような黒い鳥の姿になってヴェローナの肩に止まっている。

 そのヴェローナはというと、ウィズを裏切ったことを思い悩んでいるのかと思ったら、見事に逆だった。明るい表情で魔神と話をしている。

 あのエルフの村の大虐殺以降、ウィズとは度々衝突があったらしい。意外と悪い人ではないのかも。


 アユナちゃんもボクと同じ思いに至ったのか、「エルフの敵はウィズ」と息巻いている。

 まだまだヴェローナに対しては複雑な気持ちかもだけど、今は仲間として信じようとしてくれているようだ。



「では、地境にいるリーンの所に飛ぶよ。早く魔界への道を閉めてしまおう」


「「しまおう!」」


 乗り気な子供たちとは対照的に、鳥の姿の魔神は俯きながら翼をわなわなさせている。


「大丈夫! リーンならきっと喜んでくれるはずだから!」


『そ、それなら良いのだが』


 はっきり言うと、確率は半々。子供扱いしてきた相手が実は親でした!なんてこと、すぐに受け入れられるわけがない。

 それに、たとえ記憶が戻ったとしても、千年もの間ずっと自分を苦しめてきた相手に対しての感情なんて予想できないよ。


「じゃ、リーンと手短に話したら、すぐに地境を下って空間の歪みを封鎖するよ! 転移っ!」




 ★☆★




『なっ!』


「あ、お邪魔しま――」


『着替えるから外!』


 入浴中のリーンから足早に遠ざかる。

 もはや、間が悪いんじゃなくて、この人がいつもお風呂に入ってるのが悪いんだよ!



『もう良いぞ、子供らよ』


「はい」


 ボクは親だよ!と思いつつ、皆を引き連れてリーンが居る部屋に入る。

 部屋と言っても、背丈くらいの岩で辛うじて仕切られた、殺風景な6畳間なんだけど。


 壁際を無理やり削って作られた椅子に座り、無表情を装うリーン。ただ、その視線は明らかにヴェローナと黒鳥を捉えて離さない。


「結論から言うよ。魔神には会えた。でも、魔王を倒す力は無いみたい」


『ふむ。魔神が魔王より弱いとは、新しいギャグだな』


「それから、魔神から過去の真実、世界の創世について聞いた。秩序神リーン・ルナマリア、あなたはたくさん誤解をしている」


 怪訝そうな表情を浮かべるリーンと向かい合い、ボクは大神林で見た記憶を呼び起こし、ゆっくりと語り始めた。

 車椅子に乗った少女と、彼女が庭の花壇に植えた白と黒の2つの種の物語を――。


 彼女が身寄りも無く独りで住んでいた2階建の家、部屋に飾られていた両親の写真、それをいつも愛おしく眺めていた彼女。

 そして、雨の日も風の日も、己の辛さを表に出すことなく、常に笑顔で声を掛けながら2本の木を大切そうに育てていたこと。

 そして――病のため孤独な死を迎えたこと。


 ボクは記憶の世界で見たままを彼女に正確に伝えた。



 リーンは黙って聞いている。


 奇しくもボクの人生も彼女と似ている。

 しかし、怒りに囚われたボクと優しさに囚われたリーン――決定的な差がそこにはあった。


 彼女と目が合った。


 その黒い瞳は、ボクの話に真実がいかほど含まれているのか見逃すまいという強い意志を孕んでいる。

 そして、彼女の中の何かが許容量を超えた途端、ボクの命を奪いそうな狂気に塗れていた。


 JKに睨まれたJCの気持ち、わかる?

 それでも、ボクは覚悟を決め、リーンの目を真っ直ぐ見つめ返しながら、少女の物語に結末を添えた。


「2本の木は長い年月を生き、神樹としての力を持つようになった。そして、次元の存在の力を借りて先の少女を蘇らせた。神として。ここに、光と闇の力を併せ持つ“秩序神リーン”と、母なる白い神樹“天神”、父なる黒い神樹“魔神”の3柱が誕生した――」


 リーンの目が次第に泳ぎ始めていった。

 自分の記憶を辿ろうとして頭を抱えているように見える。もう一息だ!


 ボクはさらに話を続けた。

 ここからは1人の少女の物語ではなく、この世界の創造に関わる女神の物語――。


「3柱が創造した天魔界――これは、後にここに住む人々によって“ロンダルシア大陸”と名づけられるんだけど、長い年月大きな戦乱も無く繁栄を極めることができた。しかし、その栄華は儚く崩れ去ることになる。天神と魔神は互いにリーンとこの世界を独占しようとしたんだ。魔神が生み出した魔王、天神が生み出した七勇の争いが世界を急速に衰退させていく。やがて、天神は天界を、魔神は魔界を創造コピーしてそこに逃れ、かつての天魔界(現在の地上界)には秩序神リーンのみが残されることになった。リーンは天界から追放されたと思っていたようだけど、真実はそうではなかったんだよ」


『……』


「そして、ここからが重要。1人残されたリーンは悲嘆に暮れ、亡き両親を蘇らせるための神石を作る。それが銀の召喚石というわけ。全魔力を投じた召喚だったけど、次元の存在は彼女に力を貸すことなく、願いは果たせなかった。その後、リーンは天神の七勇と共に魔王と戦い、魔王の肉体を滅することに成功する。しかし、その代償として自らの魂を激しく欠損させ、記憶を失うこととなった。そして、1000年の時が流れた。魔王復活が近づく中、奇しくも人の手により銀の召喚が成功する。それが――」


『それが、あなたなのね、リンネ。いえ……お母さん! お母さん! お母さん!!』


 リーンが抱きついてきた。

 柔らかくて良い匂いがする。

 懐かしい匂いがする。


 嗚咽を洩らすリーンの背中を何度も擦る。体格的に違和感はあるけど、気持ちが先行しているから気にしない。


 だって、2000年以上の時を越え、親子が再会したんだもん!


 そう思うとボクも涙が滲み出てきた。振り返ると、アユナちゃんもクルンちゃんも泣いていた。


「記憶は戻った?」


『ううん、戻らないけど、心の中で点と点が繋がった気がするわ』


「それと、大事な話が――」


『あ、そうだ! お父さんは? お父さんは何処にいるの?』


「え?」


 お父さん……リーンのお父さんってことは……ボクの旦那さん!?


 何人かの男性を脳裏に浮かべてみる。赤い髪のオジサン、金髪の王子様、カツラのドワーフさん……絶対違う。

 え、まさかウィズじゃないよね!?

 だって、ボクと同じタイミングで召喚されてなきゃおかしいもん。


「お父さんって、どんな人だっけ?」


『うーん、思い出せない。でも、優しくて、温かかった気がする』


「へぇ~」


 いろんな意味で安心して力が抜けてきた。ボクが選んだ人だもん、心配する必要なんて無かったわ。


「お父さんの居場所はわからないけど、後で一緒に捜そうね。まずは、生き返してくれてありがとうって言うべきなのかな?」


『うん! 寂しかったよ。すごく、すごく寂しかった! でも、2本の木が私と一緒に居てくれたから――』


「そうだ! そのことなんだけど」


 リーンの両肩を押し返し、濡れた瞳を見つめる。リーンもじっと見つめ返してくる。

 恥ずかしさを誤魔化そうと、再び力を込めて抱きしめ、近づいた耳元に囁く。


「えっと、天神と魔神を恨んでる?」


 戸惑うような表情を見せるリーン。

 悲しげな瞳の中に、不安と後悔が見て取れる。


『どうして?』


「理由はどうであれ、リーンを一人ぼっちにしたから?」


『恨むわけない。憎むわけない。私は謝りたい。ずっと私を見守ってくれた彼らを私は自分勝手に両親と重ねてしまった。いえ、その役割を押し付けてしまった。もしも恨まれるとしたら私の方――』


「だってさ!」


 ボクは背後を振り返り、岩陰で様子を窺っていた魔神に話しかけた。


『えっ? 黒なの?』


『リーン様……なんとお詫びすれば』


「ネガティブ思考はもう終わり! 今日ここで過去を乗り越えようよ。ボクたちにはやるべきことがあるでしょ? 1000年も前のことなんて、すぱっと忘れてさ!」


「なんだか、リンネ様が神様より偉く見えるです」

『うんうん、変な感じだね』


『お母さん、ありがとう!』


 洞窟の通路から黒い仮面をつけた生物が近づいてくる。

 ニューアルンの会議室で会った奴だ。手足がちょっと長めで宇宙人のような体型。それが溶けるように1枚の木の葉となり、鳥の姿をした魔神に吸収されていく。


『影はもう不要だよね。これからは、ぼく自身がリーン様を守るから』


『やっぱり……ずっと私を守ってくれていたんだね。ありがとう、黒』


 ん~、この生物たちはリーンの雑用係だった気がするんだけど。これからは白い方が2人分働かされるのかな。


『お母さん、聞こえてる――』


(リンネさん、やっと繋がった! 大変なんです!)


(アイちゃん? どうしたの?)


(フリージア王国がクルス光国に宣戦布告をしたそうです!)


(えっ!?)


(既にフリーバレイの解放拠点はフリージア軍に占領されました)


(ミルフェちゃんが命令した訳ないよね!?)


(不明です! 確認お願いします!)


(わ、わかった! 今から行くね!)


「みんな、大変なことになった! フリーバレイで戦争が起きてるみたい。リーンと魔神、ヴェローナは、ここで魔王とウィズに警戒してほしい。アユナちゃん、クルンちゃん、フリージアの王都に行くよ!」

コロナに負けるな!

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