88.父と子
魔神のもとを訪れたリンネたちだが、魔人ウィズの待ち伏せにあい……。
『――ぼくを殺してくれ!』
「はいっ!? そんなこと、リーンは絶対に望まないよ!」
『しかし、この先必ずやリーン様は記憶を取り戻すだろう。そのとき、ぼくはどんな顔をすればいいんだ。ぼくはリーン様の期待に応えられなかった。君の代わりにはなれなかった――』
「誰かの代わりとか、そんな悲しいことを言わないで」
『だが――』
「やめて! 彼女が注いだ愛は本物だったよ。それを否定しないでよ!」
ボクだって……リーンと同じように両親を失って悲しかった。生き返すために、悪魔に縋ってしまった。
でも、リーンはそんな弱さを見せず、受けた愛を全力で返そうとしたんだよ。
それを否定するのは、絶対に許さない!
でも、どうすればいいの?
落ち着いて考えろ!
きっと、きっと何か方法があるはず――。
うーん……。
魔神もリーンも納得するには……。
あ、イイコト思いついた!
(リンネさん)
(あ、アイちゃん!)
(肝心なことを忘れていますよね?)
(え、何のこと?)
(はぁ。魔王の件ですよ。魔神の力を借りることはできたのですか?)
(あ……いろいろあって、ちょっと無理みたいなんだよね)
(協力はしてくれないと?)
(もう一度頼んでみる!)
『先も伝えたとおり、ぼくにはアレを止める力は無いよ』
「耳が無いのに地獄耳……でも、魔界の魔王たちを撃退したんですよね?」
『あぁ、それは――』
★☆★
(アイちゃん、あれで良かったの?)
(ん~、最善ではありませんが、前進はしているはずです。わたしたちは、一刻も早く召喚石を集めることに注力しましょう)
(でも、半分はボクの我儘だよ?)
(チェスの格言にもありますよね。クロスチェックを常に考えよ、と。ピンチをチャンスに変える我儘は大歓迎ですよ)
(クロスチェック?)
(チェックを防ぐ手がそのまま相手へのチェックになるということです)
(あー、なるほど。上手くい――)
『勇者リンネ!』
「っ!」
大神林から抜け出したボクたちを迎えたのは、さんさんと輝く朝日と、その下で偉そうに腕を組む男女。
クルンちゃんの占いどおり、魔界に来て4日目――案の定と言うべきか、最も会いたくない男に会ってしまった。
「ん? 君たちは俺の味方だよな? なぜ武器を向けているんだ?」
「《転移》」
グレートデスモス地峡へと転移したボクたちの5m先、別れたばかりのウィズとヴェローナが現れる。
『それじゃ質問の答えになっていないんだが。まぁ、いっか。勇者リンネ久し振りだね。元気にしていたかな?』
唸るクルンちゃんを片手で制し一歩前に出る。アユナちゃんは背後で結界の準備をしているはず。
地上へと繋がる空間の裂け目まで、あと10mほど。《時間操作》と《転移》でメルちゃんたちの所に行ったとして、勝機は――。
《鑑定》!]
――
――
やっぱり見れないか。
というか、前より強くなってる!
『怖い顔しないでほしいなぁ。せっかくの可愛い顔が――』
「お前はっ!」
(リンネさん戦ってはダメ! 今は情報収集を!)
(え? でも……うん)
「元気なわけないでしょ! 最後の召喚石を取りに行ったら悲惨な光景と空っぽの竜神像しかないし、まさかの魔界の魔王に遭遇しちゃうし、地上に戻ろうとしたら今度は変態パンツ君が待ってるし、踏んだり蹴ったりウィズったりだよ!」
『ハハッ! 相変わらず素敵な毒を吐くね』
ボクは油断なくヴェローナを観察する。
彼女の幻術はとにかく脅威だ。
「召喚石を返して! それは、軽い気持ちで扱う物じゃない。召喚者と運命を共にする覚悟が――」
『これか?』
胸元から徐に白い袋を取り出して見せびらかすウィズ。
「なっ! どうしてお前が触れるの!?」
『それはまぁ、企業、いや魔人秘密ということで』
この距離では本物かどうかの見分けはできないけど、最悪の事態も――。
「まさか、召喚してないだろうね?」
『したいのは山々だけど、正直に言うとやり方がわからないんだ』
「なら返してよ!」
『だけど、魔力を込めたら変な手応えを感じたんだよな。もしかしたら、何処かに俺の下僕が召喚されたのかもしれない。ということで、今はそいつを――』
「絶対に許さない!」
(リンネさん!)
『待って! ウィズも挑発しないで! 私たちは話し合いに来たんでしょ!』
沈黙を守っていたヴェローナがボクとウィズの間に立つ。
話し合いだって?
『すまん、勇者リンネ。石は返すよ、そらっ!』
ウィズは袋ごと召喚石をボクに投げてきた。
袋は小さな山なりの放物線を描く。
ボクは怒りに震えながらも、両手でがっちりと受け止める。
小さな白い袋――案の定、ボクの下着を加工した物――の中には、桃色に弱々しく点滅する召喚石が収まっていた――。
こいつ、本当に召喚を!
再び殺意が湧き起こる。
アイちゃんの叫び声が聞こえた気がするけど、ボクの身体を駆け巡る沸騰したような魔力が、それを軽々と吹き飛ばす。
杖を握る手に力が入る。
ウィズは確かに強いけど、時間を止めて《水魔法超級》を全力でぶつければ!
「ウィズ!!」
「リンネちゃん、待って!!」
「んあっ!」
急に引っ張られたボクは、情けない格好で尻もちをつく。
振り向くと、アユナちゃんの泣き顔がボクのローブにしがみついていた――。
ごめん、冷静にならなきゃだね。
アユナちゃんの綺麗な金髪を撫でながら、煮え滾る怒りを抑え込む。
勝っても負けても魔王復活へ前進してしまうんだ。相手が話し合いを求めるなら、それに応えない理由はない。
できるだけ冷静に、ゆっくりと声を絞り出す。
「ウィズ、ヴェローナ……もう一度……聞かせてほしい。お前……あなた方の、目的は、何?」
『俺の――』
『あたしから言うわね。目的は、前に話したときと変わらないわ。魔族と人間との共存共栄よ』
「そんなの、今さら信じろと? 魔王復活って、世界征服だって言ってよ! 騙すなんてずるいよ! 信じてたのに――」
『貴女は、魔王を悪の権化か何かだと勘違いしてないかしら? 魔王は――』
「人間の恐怖や憎悪を吸収した存在、その親玉でしょ!」
『人の話は最後まで聴くべきよ。そうね、魔王は人の負の感情から生まれる。それは否定しないわ。でも、その親玉こそが、この世に秩序をもたらす存在だとしたら?』
「秩序をもたらす? 恐怖や憎悪に満ちた世界に、秩序があるって? そんなのは、魔王による支配で、共存ではないよ!」
騙されるな!
こいつらはエルフを虐殺した張本人。話が通じるわけない!
チラッと振り返り、アユナちゃんとクルンちゃんにウィンクする。これは、緊急事態に備えて決めた合図――。
「ヴェローナと2人だけで話したい」
『はっ! リンネはそっちか! うっ』
相方の肘鉄を脇腹に受けて呻くウィズをしり目に、ヴェローナはボクに向けて小さく微笑む。
『何かしら?』
彼女がボクに近づいた瞬間――。
「《転移》!」
★☆★
視界が一瞬だけ暗転した後、ボクたちの目の前には大木が現れた。
大神林は今、結界によって転移魔法が阻害されている。
つまり、ウィズはボクたちの所には来れない!
ウィズとヴェローナを引き離すこと――これが魔神と交わした密約だった。
『御父様――』
「親子!?」
『言わなかったか? ヴェローナ、久しいね。君とウィズレイが何をしようとしているのか、正直に教えてくれないか?』
『あぁ、御父様! 私は御父様の分身――魔王を再び蘇らせたいのです。地上界は混沌を極めています。今こそ秩序をもたらす絶対的な支配者が必要なのです!』
「ほら!」
『勇者リンネ、誤解です。魔王は邪悪な存在ではありません!』
「魔王は人間を滅ぼす存在でしょ!」
『コントロールし得る力です!』
魔神は暫く考え込んでいたが、重々しい声で静かに語り始めた。
『無理だ。アレはもうぼくの干渉を受け付けない。過去、それが為にどれだけ自らを戒めたのか、ぼくはお前に話したはずだよ。それに、器はどうするつもりだい? お前やリンネを器にすることは絶対に許さないよ』
『御父様、畏れながら申し上げます! まだ実験段階ですが、星は天神の七勇に置き換えられるのです!』
「何だって!?」
まさか、メルちゃんたちを狙ってた?
『七勇の魂も星になるということかい?』
『はい、御父様。所詮は異世界人です。彼女たちは、この世界を救うために呼ばれたはずです。しかも、元の世界には帰れない。いずれ死ぬのならば、世界のために命を差し出すことは本望と言えるでしょう! そして、魔人の魂ではなく、七勇の魂によって復活した魔王であれば破壊欲に囚われることはないと考えられます』
身体が沸騰したような感覚――。
怒りと共に膨れ上がった魔力が空気を震わせる。
アユナちゃんたちが後退る姿が、ぼやけた視界の隅に映る。
この怒りに身を任せてヴェローナを殺せば、ボクが7つの星を宿して魔王の器となるだろう。
その時、ボクの意識はあるだろうか。世界を、仲間を守る意思は残されているだろうか。
もしそうなら、ボクが魔王に――。
『馬鹿者!!』
!?
『御父様?』
『ぼくを騙せると思っていたか?』
「騙す?」
『……』
『リンネを怒らせ、自分を殺させようとしたな? リンネならば、魔王の力を制御できると考えてのことか』
『はい……』
「……」
『たとえ可能性があったとしても、ぼくは許さないよ。子の幸せを願う親として、絶対にお前が死ぬことを許さない』
「ヴェローナはたくさん殺した! 魔界の門を開くために町を滅ぼした! 召喚石を奪うためだけに、森の中でひっそり暮らしていたエルフたちを皆殺しにした! 神様は、自分の子だけが大切なの?」
目に浮かんだエリ村の悲惨な情景が、魔神相手にこんな説教じみたことを言わせたのかもしれない。
だって、親としてと言うのなら、死んでいった多くの命を省みてほしいから。
『リンネの言うとおりだよ。この子が犯した罪はぼくの罪に等しいと断言しよう。ぼくには生きる資格がない――』
「違う違う! わかってない! 神様でも、大好きな親に死なれた子供の気持ちは、わからないんだ! ボクはもう、誰にも死んでもらいたくないの!」
『……』
『……』
重々しい沈黙が大神林を覆う。
もう、何を言いたいのかわからなくなった。どうすれば良いのかわからなくなった。
でも、それでもボクたちは前進しないといけないんだ。
『私が悪かったのです! 地上界に再び戻ることが御父様の悲願だと、余計な忖度を――』
『地上は――リーン様は、もはやぼくを許してはくれないだろう。全ての元凶は魔王を生み出したぼくの心の弱さにある』
心の弱さ――。
「あっ! もしかしたらいけるあるかも!」
『勇者リンネ?』
「ヴェローナ、ボクは正直に言うと、貴女に怒っている。でも、目的が同じだと確信できた。人と魔の共存、一緒に目指そうよ! 皆が力を合わせれば不可能はないんだから!」
『ごめんなさいね……本当にごめんなさい。御父様も……ごめんなさい……』
『ヴェローナ、ぼくは君が本当に優しい子だって知っているよ。それに、心から信じている。リンネ、この子を頼むよ』
『ありがとうございます……ありがとうございます……』
「任せて!」
ボクだって、ヴェローナのことは信じたい。本心からボクを助けてくれたし。
ただ、彼女を騙して利用したウィズだけは絶対に許さない!
あいつの思い通りにはさせない!
「ヴェローナ。ボクたちと手を組もう」
6/20の父の日にupさせる予定が。
諦めずにコツコツ書いていくので、応援よろしくお願いします✨




