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異世界八険伝  作者: AW
第4章  求められし力
88/92

87.真実とは

 2匹の親友は、夜を徹して導いてくれた。

 魔物ばかりの薄暗い荒野を。

 2人の親友は、夜を徹して食べてくれた。

 貰ったばかりの貴重な食料を。


 朝日は厚い雲に覆われて勢力を失い、朝から降りだした雨は、ボクたちを必死に足止めしようと勢いを増す。

 水魔法で傘を造形してみたけれど、こうも足元や視界が悪くては速度を落とさざるを得ない。それとも、諦めて雨宿りするかな。



「あの村に寄っていく?」

「やめとく」



「あの町で雨宿りしようか」

「怖いです」



 魔王恐怖症の急患が2人も出たせいで、ボクの魔界旅行兼魔神逃避案は文字どおり水に流され、夜明けの空へと消え去った。

 今は目的地に向かって少しでも進むべきだけど、不安でいっぱいなんだよ。


 その思考こそ、まさにフラグ(予定調和)


 興奮しながら戻ってきたスカイを落ち着かせ、クルンちゃんが«獣語»で話を聴く。


「リンネ様! 大神林の入口が見えたそうです。森に入れば雨宿りにもなるです」


「魔神の森だよ? 占いでは大丈夫って出たんだよね? ただの夢とかじゃないよね?」


「アユナちゃん失礼です! クルンはちゃんと占ったです! 絶対に、絶対の、絶対です!」


「正直、ボクも魔神は怖いよ。でも、ウィズが戻る前に魔神に会うべきだと思う。森に入ろう!」


 よし、勇気を振り絞って言いきれた!




 ★☆★




 スノーのお陰で、こっちに来て3日目の昼過ぎには、ボクたちは目的地に到着することができた。


 魔界大神林――エリ村や、アルン王国北部のエルフ村があった深い森とは雰囲気が違う。

 森全体が1つの生き物であるかのような、巨大生物の口の中に入っていくような違和感を感じるんだ。


「リンネちゃん。ここ、変な森。精霊も妖精もいないのは仕方がないけど、身体がふわふわするよ」


「クルンも変な気分です。闇に吸い込まれていくようです」


 エルフと獣族の感覚が、ボクの感じる違和感を立証してくれる。


 トンネル状に伸びる樹木は、ボクたちを真っ直ぐ導いているかのようで、分厚く重なる木々で空は隠されているけど、木漏れ日が濃霧に反射してきらきらした光となって森中を満たしていた。


「魔神というか、普通に神様が居そうな神秘的な場所だよね」


「ですです」

「邪悪な感じはしないよね」


「でも、危険だと思ったら転移するからね。手を繋いでおこう」


 失敗した――。


 左手はクルンちゃん、右手はアユナちゃんに奪われ、顔が痒くなっても掻けなくなった。



 足元に気をつけてゆっくり進むことおよそ2時間。奥に進むほど明るさが、緊張感が増していく。


 今はクルンちゃんの占いを信じよう。きっと大丈夫だ。


 自然と両手に力がこもる。小さな手が力強く握り返してくれる。


 魔神のことをすっかり忘れてしまったのか、アユナちゃんがスキップするような軽い足取りでボクを引っ張る。

 ボクに引っ張られたクルンちゃんも、アユナちゃんに張り合う格好でボクを引っ張りだした。


 ほんの小さな出来事に、思わず微笑んでしまう。

 その瞬間、小さな勇気がボクの心に湧き起こり、恐怖心を吹き飛ばしてくれた。


 全身を縛っていた緊張が解れていく――。


 よし、当たって砕けろだよ!




 ★☆★




『よく来てくれたね。運命に導かれし愛しい子よ。ぼくは嬉しいよ』


 透き通るような、歌うような声が頭に響く。


 魔神――?



『もっと近くに来て、ぼくに触れてくれ』


「どこにいるの?」


「隣にいるよ?」

「独り言です?」


 ボクの質問に反応する2人を片手で制し、周りを注意深く窺う。


 森は既に終着点を迎えている。

 樹木で形作られた直径20mほどの半球状のドームが、ボクたちをぐるっと取り込んでいる。それを1点で支えているのは、中心に聳える大木――。


 動くものを見逃すまいと集中して目を凝らしたけど、魔神らしき存在は、影も形も見当たらない。



『目の前だよ。ぼくに触れてごらん』


「もしかして、この木?」


 中央に立つ高さ30mほどの、3人で手を広げれば幹を囲めるくらいの木。


「まさか、この木が魔神なの?」


 2人が咄嗟にボクの背中に隠れる。

 匿えるほど広くはないけどね。


『神のほとんどは植物だよ。ぼくらは光と魔素があれば永遠に生きられるけど、動物は無駄が多くて長生きできないからね』


「リーン様のように、人の姿をしているのかと思っていました……」


 ボクたちはお互いに顔を見合わせる。

 恐怖というより、困惑の表情が並ぶ。



『あはは。人の姿をした神がいたら、まずは詐欺師だと疑うべきさ。リーン・ルナマリア様だけが特別なのだから。人は傲慢だからぼくは嫌いなんだ。人の歴史は浅い。君の世界でもそうだろう? ぼくたちには30億年の歴史がある。動物は5億年くらいか。その中で、人はどうだい? せいぜい600万年くらいだろう? 世界を創ったのはぼくたちさ。ぼくたちを世話させるために人を創ったはずなんだけどね。君たちもそのうち機械相手に同じことを思うだろうね』


 46億年前に地球を創った神が、わざわざ歴史の末端たる人の姿をしているなんて、確かに変な話だ。

 人が持つ知性だって、他者に与えられたものかもしれない。人がロボットにしているように――。


『ぼくに触れれば真実を伝えられるよ。そのために来たんだろう? 今、リーン・ルナマリア様を救えるのは君たちだけだよ。力を貸しておくれ』


 魔神に頼まれてる?

 確かに、リーン様が力を取り戻せば魔王を倒せるかもしれない。でも、産みの親である魔神は、魔王を抑える術を持っていないのかな。


『君の気持ちはわかるよ。でも、今のぼくじゃ、あの魔王には勝てない。そもそもあれは、解き放たれたぼくの矛だ。この身では、手に戻すことも、止めることもできない。すまないね』


 完全に心を読まれている。

 アユナちゃんもクルンちゃんも覚悟を決めているみたいだ。


 繋いでいた両手を離す。

 アユナちゃんが右手を木に伸ばす。左手はさりげなくボクのローブを掴んでいる。

 クルンちゃんも同じように右手をボクに伸ばして、左手で木に触れる。

 2人に抱かれるように、ボクは両手で木に触れた。




 ★☆★




 朝日が眩しい。


 ボクは庭にいた。

 身体はない。

 意識だけがそこにあった。

 目の前には1軒の見慣れない家が建っていた。


 違う――。

 記憶の片隅にひっそりと建つ2階建てだ。



 ドアが開き、1人の少女が出てきた。

 スロープを下って朝日が照らす庭に出てくる。

 器用に乗りこなす車イスの中、花壇を真顔で見つめる。


 考えが纏まったのか、ゆっくりと車イスから降りて地面に膝をつくと、白く小さな手で花壇の土を優しくほじる。

 1mほどの間隔を空けて2つの小穴を作った後、胸のポケットから種子を2つ取り出す。


 白い種と黒い種――。


「私の分まで頑張って生きてね」


 軽く種に口づけをすると、それぞれの穴に植えて、柔らかい土の屋根を作る。

 そして、手を組み、祈るような姿勢をする少女。

 その後、歌いながらジョウロで水をやり、彼女は満足げに家へと戻って行った。



 ボクの意識は家の中に向かう。


 静まり返った世界――。

 台所、リビング、客室、お風呂――誰もいない。

 2階へと続く急な階段――やはり、人の気配はない。

 1番奥の寝室――いた。


 少女がベッドに寝そべり、本を読んでいる。

 そっと表紙を覗き込む。

 植物の育てかた入門?

 銀髪碧眼の少女は、小難しい顔をして分厚いそれを真剣に読んでいる。


 時折、ふと思い出したかのようにページを繰る。

 そのシーケンスを数回繰り返した後、突然焦ったような表情に変わる。

 そして、机の上の袋を鷲掴みにするや否や部屋を出て行ってしまった。


 ベッドには、肥料について書かれたページを開けたまま投げ出された本。その横の机には、彼女の家族だろうか――笑顔を向け合う3人の写真が置かれている。

 ベッドの向かいの本棚には、2つの位牌が寄り添うように並んでいた。さっきの両親の写真と一緒に――。



 意識が切り替わる。

 ボクは相変わらず少女の部屋にいた。


 窓ガラスを通して彼女が見える。

 どしゃ降りの雨の中、花壇を傘で守るように差して、彼女はずっと立っていた。



 その後、何度も何度も意識が切り替わった。

 庭の木を見ると、自ずと月日が過ぎ去っていくのがわかった。

 白と黒の2本の木は立派に育ち、車イスに座る少女を見おろすほど高くなっていた。


 それ以前も、以後も、少女が木に注いだ愛情は、見ているボクですら涙が止まらないほどだった。


 雨の日も、風の日も、雪の日も――少女は健気に話しかけながら精一杯の愛を注ぎ続けた。


 ただし、彼女はひどく病弱だった。

 花壇にいる以外はベッドで咳き込む日々が続いていた。


 週に2度だけ、近所のおばさんが世話をしに来た。

 挨拶の代わりに、毎回口酸っぱく花壇に降りるのを注意されていた少女は、いつも同じ言い訳を笑顔で返していた。

『あの木は、お父さんとお母さんだもん』と。



 ボクの意識が、彼女の世界を走馬灯のように駆けていく――。



 2年後、少女が死んだ。


 独り身の少女を弔う者はいなかった。

 世話をしていた近所のおばさんは、亡骸を横目に、自業自得だよとつぶやきながら家財道具を引き取ると、家ごと火を放った。


 人の優しさしか知らなかった2本の木は、片や人の醜い心への憎悪を糧に、片や浮き彫りになった少女の優しさを糧に、神に祈り続けた。

 燃え盛る家を間近で見つめながら――。



 その世界にも、神はいた。

 とめどなく愛を注がれて育った木々を、神はまるで自らの分身であるかのように、守り育てた。



 そこからさらに長い年月が過ぎ、2本の木は双子の大樹と呼ばれるまでに生長した。

 少女が住んでいた地域は深い森に沈み、全てが大樹の糧となった。


 双子の力の根源は相反するものであったが、やがて、大樹は共通の目標を抱くに至る。

 少女を生き返らせよう、その強靭きょうじんな意志が大樹を神樹へと押し上げた。



 神樹は、次元の存在の力を借りて少女リーンを神として蘇らせた。

 慈愛と憎悪――光と闇の力を併せ持つ少女は、自ら秩序神リーン・ルナマリアと名乗った。

 新たな神によって、白い木は母なる“天神”、黒い木は父なる“魔神”と名付けられた。


 その後、神々は力を結集し、皆が愛した庭を新たな世界として創造していった。

 こうして、天魔界《地上界》たるロンダルシア大陸が誕生した。


 神々は人を愛し、人の負の感情を魔素に変換することで魔法を生み出した。

 人々は負の感情に支配されることなく、永い間、平和な世界を維持し続けた。


 しかし、秩序神が両親だと信じて疑わなかった2本の神樹は、互いに不仲に陥っていった。少女の愛を独占しようと欲したからだ。

 リーンが泣きながら仲裁に奔走した甲斐もなく、魔神は魔素を吸収する存在たる魔王を生み出し、それに対抗するために天神は自らの魂を割いて七勇召喚石を創造した。


 争いは続き、天魔界は荒れ果てていった。


 天神は、深い反省と共に新たな世界“天界”を創り、引き籠った。

 魔神もまた、強い後悔の念から“魔界”を創ると、同じように引き籠ってしまった。

 かつての天魔界――今の地上世界には、唯一リーンのみが残された。

 こうして、創造の3柱はそれぞれ別の世界との関係を遮断した。


 それを見届けながら、ボクの意識は次第に引き戻されていく。




★☆★




『ここからは直接ぼくが話すべきだね』


 青い光の中、温かい声が頭に入ってきた。

 零れる涙を拭い、目を閉じて声に心を澄ます。


『悲嘆にくれる秩序神リーン・ルナマリア様がとった行動は、全身全霊自らの力を込めて、生前の両親を転移させるための神石を創ることだった。しかし、召喚は叶わなかった。の次元の存在は彼女の行動をとせず、両親に再び会うことを許さなかったんだ』


 どうして!

 なんで、お互いに会いたがっているのに、邪魔をするの!


 胸が苦しい。

 ボクだって、会えるなら、その手段があるのなら、力があるのなら、お父さんお母さんに会いたいよ!


『あの者の意志は我々でも解することはできないんだ。たとえ神が本気で欲したとしても、できることとできないことがあるようにね』


 それじゃ、リーン様はどうしたの?

 

『話を続けよう。彼女はその神石を人の子に託した。そして、力の大半を失った身で、荒れ狂う魔王に挑んだんだ――』


 魔王――。


『そう、ぼくが解き放ったゴミさ。結果、彼女は魔王の肉体を滅することには成功したものの、自らの魂を激しく欠損させて記憶を失ってしまったんだ』


 ちょっと待って!

 今のリーン様の中身は別人じゃないの?

 

『紛れもなく本人だよ。きっと君の記憶が干渉したのさ』


 干渉――そういえば、彼女の世界はボクより何十年か未来だった。

 本当に、全ての記憶が消えてしまったの?


『そういうことだね。彼女1人を犠牲にして成り立つささやかな平和のもと、ぼくたちは心のどこかで安心しているのかもしれない』


 記憶喪失か――。


『その後、次元の存在の気紛れか、運命の導きか――遥か1000年の時を超えてリーン様の望み、銀の召喚が叶った――』


 えっ?


『そう、君だよ。でもね。皮肉なことに、親子の再会は互いの記憶が無いままの、しかも敵同士だったということさ。ふぅ――』



 魔神が話し終えると、周囲に風が起こった。

 それはまるで、自虐の念を込めた深い溜め息を吐き出したかのようだった。



『これが世界創世記さ。思っていたより単純だろう? そう、世界なんてものは、小さな庭や屋根裏で創られるような、本当にちっぽけなものなのさ』


 ボクがリーンの両親だって?

 どういうこと?


 ボクはまだ中学生なのに、結……恋すらまだろくにしていないのに――。


「リンネ様、大丈夫です?」

「顔が、真っ赤だよ?」


「あ」


 さっきからずっと続いていた胸の苦しみ、その原因がわかった気がする。


「ボクは大丈夫! 2人も平気?」


「私? よく寝た~って感じかな?」

「クルンも1年くらい寝てた気分です」


「あ、あの体験はボクだけだったのか」


「です?」

「何かあったの?」


「ちょっとね」


 あぁ、そうだね。

 こんなに胸が苦しいのは、ボクの中でお父さんお母さんが泣いているからだ。

 

 もし魔神の話が真実なら……って、神様は嘘をつかないんだっけ。

 結局、ボクはリーンを幸せにできなかった。その悔しい、悲しい思いを、お父さんとお母さんが理解して――。


 ボクが彼女を助けてあげなければダメだ。

 でも、何をすればいいんだろう――。


『リンネ。君はね、リーン・ルナマリア様が待ち望んだ存在なんだ。ぼくは君の代わりにはなれなかった。真実は伝えたよ。ようやく役目は果たすことができた。もう許してくれ。ぼくを、ぼくを君の手で殺してくれ――』

お久しぶりです^^;

最近(といってもここ半年ほど)、駅のホームでしか書いていませんでした。

ちょっと早めに出勤して、慌ただしい駅のホームのシートに座って書く――これがね、意外と集中できるんですよ。1日20分しかないのがアレですが^^;

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