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異世界八険伝  作者: AW
第3章 激動のロンダルシア
64/92

63.闇

リンネたちがティルスで目にしたもの、体験したこと――それは、どの世界でもある社会の闇だった。

 路地裏で啜り泣く少女。

 容赦なく浴びせられる怒号、罵声、暴力、凌辱、そして、悲鳴と慟哭――。


 気づいたら、ボクはメルちゃんの制止を振り払い、派手な服を着た豚のような男の後頭部にオオグモの脚を叩き込んでいた。




「リンネちゃん。気持ちはわかりますが、ギルドを経由してしっかり手続きを経ないと後々問題になりますよ」


「ごめんなさい……」


「そうかな? あたしはリンネちゃんが正しいと思うよ! 目の前で虐められてる人を助けないなんて最低!」


「私だってリンネちゃんの行動は正義だと思いますよ。ただ、軽率だったと言いたいのです。組織が大きくなれば既得権益を守ろうとする輩も現れます。例えば、奴隷を多く有して利益を貪る権力者がいたとしましょう。私たちがこの都市に来て何をしようとしているのかを知ったとき、どういう行動に出ると思いますか? 妨害のため、ありとあらゆる手段を講じるでしょうね。時間が限られている私たちにとって、それは致命的です。まさに、鹿を追う者は山を見ず――目的達成が困難になってしまいます」


 血が上っていた頭が急速に冷めていく。

 それどころか、顔面真っ青かもしれない。


「それは、そうだけどさぁ。メルちゃんならどうするのよ」


「少なくとも、法的根拠をもって一斉に動く必要があります。契約済の奴隷についてはギルドマスターが対処するのでしたよね。まずはギルドに向かいましょう。私たちに与えられた役割を優先しなければいけませんから」


 メルちゃんもレンちゃんも意見は対立しているけど、ボクのことを笑顔で支えてくれる。深いところでお互いに理解しあっている証拠。


「うん、メルちゃんの言うとおり。さぁ、あなたも一緒に行こう」


 ボクは後悔していないし、目の前の1人でさえ見捨てないからね。


 奴隷の首輪を填められた女性は、不安と安堵が入り混じった表情を浮かべている。ボクたちはそんな彼女を引っ張るようにして、冒険者ギルドのティルス支部へと向かった。




 ★☆★




 ミルフェちゃんからの連絡は、まだ届いていなかった。


 ボクは追加でミルフェちゃん宛に連絡を入れておいた。


『ミルフェちゃんへ。返信ないから心配です!連絡くださいね!ボクたちはティルスに来ています。ここで魔族の侵攻を止めてから王都に向かう予定です。反対されるかもだけど、ギルドと協力して大陸の奴隷解放に動きます』


 これで100文字ちょうど。

 もしかして、メールが長いからって嫌われてたりする?


 代わりに、ホーク(ウィズ)からの伝言が入っていた。

 魔人のティルス侵攻は5日後の夜になるらしい。どこまで信じられるのかはわからないけど、ギルド側も情報の信憑性を確かめるために動いているとのこと。


 さらに、ギルドマスターから支部へ例の件の詳細が伝えられていたようで、カードには「特別捜査官」という称号が加えられていた。

 奴隷の買取りや奴隷商人の摘発(潰滅)は明日以降、魔人に対する準備をしながら進めていくことになった。


 ギルドのお店で《雷魔法/下級》の魔法書を買い、レンちゃんに習得してもらった。

 剣に雷を帯びさせても良いし、魔法耐性も上がるしということで、ボクが何とか説得したの。脱悩筋への輝かしい第一歩だね。



 ティルス支部の支部長さんは、スルトという名の金髪で恰幅の良い中年男性だった。冒険者というよりは事務方のような感じ。


 ギルド支部長のご厚意で、ボクたちは客室を借りることができた。


 連れて来た女の子と一緒に、4人でお風呂に入った。

 ボサボサだった茶色い髪はある程度の輝きを取り戻した。黒い瞳、清楚に整った顔立ちは、まさに日本人風な美少女。


 食事を終えてベッドへ入ると、彼女は初めて口を開いた。たどたどしく、自分の身の上話を始めた。ボクたちは、静かに聴き入っていた――。


「マールと申します。今年で15歳になります。皆さんには何とお礼を言えばよいかわかりません……父が経営する宿が去年、近くに高級宿ができてすぐに潰れたんです。借金を肩代わりしてもらう代わりに、父はそこで働かせていただきました。私たち家族のため、父は病気で死ぬ前日まで、血と汗を流して働き続けました。母は、父亡き後、身体を売ってまで私を養ってくれましたが、先日父と同じ病で亡くなりました。『強く正しく生きて』それが母の最期の言葉でした……。

 でも、あいつ――私を襲った男に、さきほど言われたんです。私をずっと狙っていたって。あいつは、父の宿屋を潰すために悪評を流し、両親に毒を盛りつつ、心身がボロボロになるまで酷使しました。奴隷に堕ちた私をタダ同然で買い取り、欲望を満たすために――」


「「……」」


 目的のためには手段を選ばないクズがいる。両親の、子を愛する思いを利用して、奴隷制度を犯罪の隠れ蓑にしている。決して許してはいけない。

 ボクは怒りの感情を抑えながら静かに口ずさんだ。


「か~さんが~夜なべ~をして~手ぶく~~ろ編んで~くれた~~木枯ら~し吹いちゃ~冷た~かろうて~せっせ~と編んだ~だよ~ふるさ~とのたよりはと~ど~く~いろり~のにおいがした~~」



「リンネちゃん、その歌は?」


「あ、音痴でごめん。ボクの世界の童謡ね。母から届いた手編みの手袋を見て、遠く離れた自分を思って寒い中、夜遅くまで頑張って作ってくれたんだねと母に感謝する歌だと思う。お母さんが子を思う優しさと、母に親孝行したいけど、もうできなくなってしまった子の切なさを歌った歌――。死んじゃった両親へ恩返しする方法って何だろうってボクはいつも考えてるんだ。その1つの答えがね、マールさんのお母さんの言葉だと思うの。子どもが強く正しく生きること――それこそが、無償の愛に報いる唯一の方法なんじゃないかな。そうすることが、きっと皆の幸せ、世界の平和に繋がるって信じたい」


 その後、誰も何も話さなかった。

 そのまま寝てしまったのだろう。


 そういえば、アユナちゃん以外、家族のことが話題に挙がったことはないよね。記憶が無いからこそ、家族を思う寂寥感が募ることもあると思う。早く帰りたい、家族を見つけたいと思うことだってあるはずだよね――。


 ボクはアイちゃんに、ミルフェちゃんへ魔導通信を再送したこと、マールさんのこと、ウィズからの情報について伝えた。


(ティルスは大変そうですね。闇が深そうですので気をつけてください。ルークの奴隷解放は既に終えて、わたしたちはエルフの森に向かっています。魔族侵攻までには余裕を持ってフィーネに戻れそうです)


(うん、待ってるからね! おやすみなさい!)


(はい、おやすみなさい!)




 ★☆★




 ぞっとするような悪寒を感じて目が覚めた。

 枕元のクピィも目を覚ましているけど反応していない、魔族ではない。



 静かにドアが開く気配がした。

 まさか、ギルドの中で闇討ちとはね。


 メルちゃんも目が覚めたみたい。

 レンちゃん、マールさんは夢の中だ。


 ボクはメルちゃんと目を合わせて頷きあう。

 寝たフリをして状況を確認するという意味だろう。


 部屋に侵入してきたのは黒い服に身を包んだ5人。

 迷宮での悪夢が甦る――。

 

 もう、絶対に油断しない!


 こいつらの狙いは何だろう。

 マールさんの奪還? ボクたちの命? それとも只の窃盗?

 


 黒服たちは夜目が効くのか、しばらく様子を窺った後で静かに抜剣した――。


 狙いは命か。

 誰の命かは問わない、こうなったら戦うしかない。



 ボクは既に練り上げていた魔力を解放する。


雷魔法/中級(サンダーレイン)》!


 黒服たちの頭上から雷撃が襲う!


 ボクの魔力制御が上達したからか、相手が手練れだったからか、いつぞやの盗賊のように黒焦げにすることなく行動の自由を奪うことに成功する。


 メルちゃんが瞬時に動く。

 メイスの柄で鳩尾に強烈な打撃を加えていく。


 レンちゃんも目が覚めた。

 状況を見て即座に判断し、黒服たちを後ろ手に縛り上げていく。



「何者だ! 目的は?」


「「……」」


 レンちゃんが質問する。

 相手の表情は覆面に遮られて読み取れないけど、素直に答える気は無さそうだね。


 既にマールさんも起きていて、怯えながら様子を見ている。


 雷撃の音を聞きつけたギルド職員や支部長も部屋に入ってきた。


 皆、一様に青い顔をしている。



「ここのギルドは賊が易々と侵入できるんですね」


 メルちゃんが支部長に向かって嫌味を言う。

 その一言に、ギルド職員も支部長も顔を背けてしまう。


「リンネちゃん、この人たち……ギルドは私たちを売ったようですよ」


「そうだね」

「え!?」


 ボクは既に《鑑定魔法》で相手の正体を知っていた。

 でも、レンちゃんはさすがにびっくりしたようで、武器を握り直し、入ってきた数人に対して油断なく身構えている。


 ボクも杖を取り出して構える。

 空気がバチバチするほどの魔力を込めて牽制する。


「待ってくれ!」


「すぐに事情を説明しなさい!!」


 ボクは、近づこうとするギルド支部長スルトさんに杖先を向けると、強気に怒鳴り返す。


「た……頼まれたんだ。この町を統べる三凰の1つ、ネルヴィム家から……」


 そう言って、彼はティルスの闇について語り始めた。



 三凰さんこうとは、ここティルスを支配する3つの勢力――領主ガジル家、豪商ネルヴィム家、軍属ハーマン家のことらしい。

 権力を分離して独占を防ぐ政治システムは、いつしかお互いの権益を守るための癒着を産み、やがてそれはティルスを覆う闇と言われるようになった。

 権益を脅かすものは、お互いの力(政治、カネ、武力)を合わせて潰す。利益を得るためには政治や武力を利用して犯罪すら黙認する。

 中立であるべきギルドもまた、三凰から多大な援助を得て成り立っていて、逆らうことができないのだと。


 今日、マールさんを助けるためにボクが叩いた男は、ネルヴィム家の末端に列なる一族の御曹司だそうで、ハーマン家の暗部を使って復讐に動いたらしい。



「それで、あなたたちは、私たちをいくらで売ったんですか? すまなかったではすみませんからね? 危うく殺されかけたんですから!」


「……」


 レンちゃんも引いちゃうくらい、メルちゃんが恐い。

 今回、誰よりもギルドを信用して行動すべきだと言っていたからね。勿論メルちゃんには責任はないんだけど――。


「リンネちゃん、ティルスの未契約奴隷は、全てギルドが購入するそうですよ!」


「うっ……それは……」


「これはお願いではなく命令ですよ。捕縛されたくなければ言うことを聞きなさい!」


 うぅ、メルちゃん……ボクも引いちゃうよ。


 けど、やっぱりメルちゃんは頼れる。最初にボクが召喚してからずっと一緒に戦ってきた大切な仲間、親友だもんね!

 ここはボクも畳みかけなきゃダメな場面だ、やるっきゃない!


「支部長、ボクからも提案があります。三凰それぞれの情報をください。そうしないとボクたちは魔人討伐に協力しません。そもそも、さっき殺されていたら協力できなくなってましたよね? 特に必要なのは相手の弱点です。弱みを掴みたい。この闇はきっと払いますから」


 ティルスを見捨てるつもりはこれっぽっちも無いんだけど、そこはほら、嘘も方便ということで。



 そして、ボクたちは魔物ではなく、特別捜査官として人間が持つ闇と戦う決意をした――。

次回、リンネvsティルス三凰!


ここで《雷魔法》について復習しよう。

電圧と、-から+に流れる電流を意識し、リンネが放つのは以下のパターン。


下級

1.サンダーボルト:手or杖先から直線的に放つ雷撃

2.サンダーカッター:雷で作るチェーンソー状の剣


中級

3.サンダーレイン:頭上から広範囲に降り注ぐ雷雨

4.サンダーストーム:頭上から高速で襲い来る落雷

5.サンダーウェーブ:半球状に放射される雷撃の膜

6.サンダーバースト:球状で高速に発射される雷弾

7.サンダースネーク:地を這うイメージの雷の大蛇

8.サンダーウェーブ・バリア:半球状の雷の防御膜


あれ、他にもう1つくらいあったような?

もういいや。笑

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