62.第二都市ティルスへ
アユナ、リザ、アイの3人と別れたリンネたちは、一路西へ向かう。
「リンネの名において命ずる。汝、我が召喚に応じ、光より出よ!」
指環から出た銀色の光が、フィーネ郊外の原っぱに溢れ出す。
その光は指先で激しく回転を始め、やがて足元に高速に回転する直径3m程の光の輪を形作った――。
召喚石とはまた違う緊張感に、ボクだけじゃなく、ギャラリー全員のドキドキが止まらない。
数秒後、地面の光の輪一瞬強く光ったかと思ったら、リングから中型の竜が現れ、光は急速に収束していった――。
「「おぉぉぉ!」」
ドラゴン!?
《鑑定魔法:スノードラゴン 。従順な性格で、白銀色の美麗な鱗を持つ竜種。特技は《アイスブレス》と《アイスシールド》。魔力値72》
「スノードラゴン、魔力値72。凄く綺麗!」
「「おおぉぉぉぉ!」」
何度も上がる歓声の中、スノードラゴンは静かな目でボクを見つめながら地に伏せ、忠誠を誓うかのような姿勢をとる。
何か野生と違うって目印が必要かなぁと思ったボクは、アイテムボックスに偶然入っていた赤い紐を、首にリボン結びしてあげた。
「あなたはスノー。ボクはリンネだよ! 今日からよろしくね! とりあえず、指環で休んでて!」
『ギュルルッ!』
スノードラゴンは光と共にボクの左手中指にある指環に吸い込まれて消えていった。
「もう1体召喚しちゃうね。思ったより魔力を使わないみたいだし」
ボクは左手を翳して中指の指環に魔力を通し、叫ぶ。
「パピポン!」
再び指環が輝き光が満ち溢れてくる。
銀色の光は、今度は直径5m程の輪となり、空中で激しく回転する。
数秒後、光の輪が一瞬強く光り、そこから1体の竜が飛び出してきた。
「「おおぉぉぉぉ!」」
「詠唱しないのかーい!」
「なんの音?」
誰かが突っ込みを入れたみたいだけど、スルー推奨。
《鑑定魔法:スカイドラゴン 。非常に知能の高い竜種で、騎乗することが可能。特技は《ウインドブレス》と《騎乗1》。魔力値72》
「スカイドラゴン! 1人だけ乗れるみたいだよ」
「「おおおぉぉぉぉぉ!!」」
スカイドラゴンはボクの前に舞い降り、ボクを見つめながら頭を垂れて、忠誠を誓うかのような姿勢をとった。
ボクは、とりあえず首に青いリボンを結んであげた。
「あなたはスカイ。ボクはリンネだよ! 今日からよろしくね! とりあえず、指環で休んでて! スノーと仲良くしてね!」
『シュルルッ!』
スカイドラゴンも、光の渦と一緒にボクの指環の中に消えていった。
しばらく沈黙が続いたあと、皆が口々に感想を言い始めた――。
「絶対、2回目は面倒臭がったね!」と、レンちゃん。
「名前が安直すぎて可哀想です!」と、メルちゃん。
「なでなでしないで指環に戻すなんて可哀想!」と、アユナちゃん。
「いきなり竜種2体ですか……リンネ様凄い!」と、リザさん。
「勇者と竜には深い繋がりがありそうです」と、アイちゃんだ。
同じものを見ても、感じ方や受け止め方は十人十色。性格が出ちゃうよね。
あ、いいこと思い付いた!
(アイちゃん! スカイに乗ればルークもティルスも1日掛からずに行けちゃうかも。ボクが先に飛んで行ってから、転移で迎えに来れば、早いし確実だと思うけど、どう?)
(それはそうなんですが、道中で情報収集したり、魔物を撃退することも大切ですからね。予定通り馬車を使って移動しますよ)
(そっか。危なくなったら遠慮なく呼んでね? すぐに駆け付けるから!)
(ふふっ、その時は是非お願いしますね。あと、ミルフェ王女からの通信も、受付のお姉さんに《念話》でちょくちょく確認します)
予定では、アイちゃんたちはルークまで片道3日、町で1日休んでから翌日にはエルフ村に到着。8日後にはフィーネに戻ってくるとのこと。
ちなみに、ルーク往復の護衛はBランク冒険者の女性3名パーティに依頼した。戦力的に問題は無いはず。
ボクたちの方は、片道3日でティルスに到着。そこで何日間か滞在してアユナちゃんたちと合流する予定。
合流といっても、ボクが《転移》でフィーネまで迎えに行くんだけどね。
「では、アイちゃん! 2人のことよろしくね!」
「はい、お任せください!」
「待って! 私の方が歳上なんですけど?」
「私だって、アイちゃんよりも先輩なんだけど?」
「はい、はい、行ってらっしゃい!」
このドジっ子エルフのリザさんと、小学生エルフ娘、改め小学生天使は危なっかしい。アイちゃんが同行してくれるから安心して送り出せるんだよね!
「さて、ボクたちも出発するよ!」
「はい、行きましょう」
「うん、しゅっぱ~つ!」
[メルがパーティに加わった]
[レンがパーティに加わった]
★☆★
ボクたちの旅路は実に質素だ。
志向するのは冴えない村人ABCの旅、平たく言えば芋女3人旅だ。
なるべく目立たないようにしなければいけない。勇者の敵は人間であり、自分なんだから。
どこぞの勇者みたいに金ぴか鎧を着たり、勇者なんてのぼり旗を掲げた日には投石の雨霰。歩く旗包みだ。
異世界に飛ばされ、自覚も無いのに勇者と呼ばれ続け、気づいたら見習い勇者になってたんだよね。
今はもう、少しずつ受け入れているけど、ボクなんかに勇者が務まるわけないじゃん!
そんな自分にも転機が訪れた――。
異世界召喚されてから今日で23日目。魔王爆誕まで残すところ77日。
日記をつけていないから日数さえ怪しくなってきたけど、こんなことは今までで初めてのこと。
ボクたちの素朴な幌馬車は街道沿いにある小村に差し掛かっていた。
馭者は交代制で、今はメルちゃんがこなしている。
「リンネちゃん、変な村に着きました」
「ん? 変な村って?」
ボクたちは、ちょっと早い夕食休憩を兼ねて村に立ち寄ることにした。
「なにこれ、何かのお祭り?」
レンちゃんがそう思うのも無理はない。
宿屋から道具屋、武器屋……イカガワシイ風俗店に至るまで、店頭には如何にも怪しげな立て札や垂れ幕が並んでいた。
『勇者様大歓迎』
『勇者様ご一行半額』
『求む、勇者様!』
『勇者様大好き!』
・
・
・
「最後の垂れ幕から、ウィズ陰謀説が浮かんできた」
「何か変です。勇者がたくさん居るみたいですよ?」
メルちゃんの指差す方向に視線を向けると、立派な装備に身を包み、でかでかと「勇者」と書かれたマントを翻して颯爽と歩く男性や、「勇者」の名札を付けて店の前に行列を作る集団が見える。
念のために鑑定をしてみると、その実、戦士や商人という紛い物が大半、中には詐欺師や盗賊という害虫まで混じっていた――。
「ここでは勇者は歓迎されてるみたいだね」
「ボクたちが勇者を名乗った瞬間、全員が血相を変えて襲いかかってくるなんてオチはないよね?」
「さすがにそれは……でも、何か事情がありそうですね」
結局、人見知りをしないメルちゃんがお店の人に事情を聴きに行ってくれた。
「一昨日な、冒険者の集団が来て、数日後に魔物の群れがティルスを襲うって喚き散らすんだな。そいつが言うにはな、この村も大きな被害が出るだろうってな。俺らは最初は信じていなかったな。そしたらな、数時間後に魔物の群れの一部が本当に来やがったんだな! 俺らは逃げ回るしかなかったんだが、幸いなことに被害は少なく済んだんだな。魔法屋だけが狙われて、魔法書が3冊も奪われたがな。可哀想に、奴は廃業だな」
「……その冒険者、名乗っていましたか?」
「ホッケ? いや、ホックだったかな? そいつ、魔物を退治してくれる勇者を歓迎するように言ってたな。だから俺らは勇者を待ち望んでいるんだな。可愛い嬢ちゃんたち、勇者パーティを見つけたら宜しく伝えてくれよな!」
「わかりました、ありがとうございますな」
「ホーク……ウィズだよな」
「ウィズだな。ボクたちの逃げ道を塞いだな」
「時系列的に、フィーネに来た時には既に彼らの自作自演は完結していたようですな」
「まぁ、過ぎたことは仕方ないかな。魔法書も使っちゃったしな。で、どうしようかな?」
ボクたちは村で食事を済ませると、村長さんの家を訪れた。この村で唯一の2階建てだ。
「こんにちは、村人Aのリンネと申します。魔物退治の件でお話があります」
白髪の好々爺な村長さんは、ボクが提案した“最強の助っ人作戦”を一も二もなく受け入れてくれた。
そして――。
ボクは、村長宅の裏庭でスノーとスカイを召喚した。
どこで聞きつけたのか、集まって来た村人たちがワーワー歓声を上げている。悲鳴じゃなくて良かった。リボンのお陰か、可愛いという声も聞こえる。
「よしよし、スノーは魔物が来たら村の入口で戦って村人を守ってね! スカイは偵察をしながらスノーと力を合わせて戦うんだよ。村の無事が確認できたら指環に戻すからね、頑張って!」
ボクは2匹のドラゴンの首を優しく抱き締めて鼻先をなでなでしてあげた。
ドラゴンたちも、円らな瞳で悲しそうに鳴いている。メルちゃん、レンちゃんは貰い泣き寸前だ。
大丈夫。ご飯が何かわからないからって捨てるわけじゃないの。魔人を倒したらすぐに迎えに来るからね!
村長さんに改めて挨拶をしたボクたちは、質素な幌馬車へと戻った。ここからはボクが馭者役をする番だよ。
ボクの頭の中、左上には2本のゲージが伸びている。魔法はイメージというけれど、こんな風にスノーとスカイのHPも表示できるなんて思わなかったよ。
これなら、魔物に襲われてもすぐわかるから助けに来れるね!
「さ、ティルスへ出発だな!」
3時間ほど馬車を走らせると、次第に日が沈んでいき目に映る光景も夕闇に染まってきた。
ここまでは低レベルの魔物にしか遭遇していない。ただ、アユナちゃんの結界がない夜営は危険が一杯だ。
ボクは夜営が出来そうな場所を選んで馬車を止めた。
正直、どういう場所が適しているのかはわからないから、直観というよりは直感で。
(あ~こちらリンネ、こちらリンネ。アイちゃんは居ますか?)
(リンネさん、テンション高いですね! 何か良いことでもありましたか?)
別に、良いことではなかった気がするけど。お別れ(?)もあったし。
ボクは村での出来事をかいつまんでアイちゃんに話した。
(あの魔人……強盗はしていない風に語っておいて、村を襲ってるじゃないですか! やはり信用できません!)
アイちゃんが珍しくぷりぷり怒っている。
(まぁ、その魔法書で召喚したドラゴンが村を守るんだから、難しく考えないようにしよっか。そちらは順調?)
(そうですね、魔物は多いですがアユナさんとわたしの魔法だけで撃退できています。護衛の方々は馭者ですね。もうアユナさんが結界を張って夜営の準備は終わりましたよ)
(安心安全なアユナちゃん結界が恋しいよ。じゃ、明日も頑張ってね! オヤスミ~)
(はい、おやすみなさい!)
★☆★
まぁ、何かが起きそうな気はしていたんだけどね。幸運と不幸は表裏一体、人生楽ありゃ苦もあるさっていうし。
勇者を歓迎する村を見て気分が良くなったと思ったら、すぐにこれだもん。
「は~い、皆さん起きて下さい!」
「んにゃ? もうお腹一杯なのにゃ~」
「レンちゃん、寝惚けないの!」
「完全に囲まれていますね。油断しました」
「今度は勇者歓迎じゃなさそうだよ!」
《鑑定魔法:ダークソーサラー。魔人崇拝者の成れの果てとされる魔法使い。特技は《闇魔法/下級》。魔力値43》
「ダークソーサラー、魔力43!」
「半径89m以内に20体です。ずっと先、丘の上にも敵影が見えます!」
「ほんとだ!」
《鑑定魔法:ヘルソーサラー。ダークソーサラーが百年の時を超えて進化した上位種。特技は《闇魔法/中級》。魔力値58》
「ヘルソーサラー、上位――わわっ、危ないっ!!」
「「キャー!!」」
いきなり……遠距離から……魔法を……撃たれた!
な……これは……《麻痺魔法》!?
からだが……うご……か……ない……
いしき……が……
みんな……
くっ……
負……け……ちゃ……ダメ……だ!!
《転移》!
「《回復魔法》《回復魔法》《回復魔法》《回復魔法》《回復魔法》!!」
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……みんな、大丈夫!?」
「あたし、ビリビリっと目が覚めたよ! スコヴィル値160億のレシニフェラトキシンを、青春一気飲みした夢を見たわ」
「私は、なんとか大丈夫です。今のは危なかったですね。もう完全に意識が飛んでいました……リンネちゃん、ありがとうございます」
「ほんと紙一重だったね。少し懲らしめなきゃダメだね。メルちゃんとボクは正面からいくから、レンちゃんは《隠術》でボスの背後を突いて!」
走り去って行くレンちゃんの背中を見送りながら、作戦を整理する。
数と距離を考えると《時間停止》では対応が難しい。メルちゃんの《鉄壁防御》でも時間稼ぎにしかならない――。
ダークソーサラーの遠距離範囲魔法に対抗するには、全方位型の《雷魔法/中級》で打ち消すしかないよね。
でも、イメージは放出じゃない、バリアだ。半球状の雷の膜を作って相手の魔法を全てレジストするイメージ。残りの魔力は6割、そのうち4割を使う!
「メルちゃん、今から雷のバリアを張るから触れないようにね。超ビリビリだよ! ダークソーサラーに近づいたらお願いね」
「はい。《闇魔法/下級》を試してみます」
フィアーって、恐怖だっけ? なんか、そんなタイトルのホラーゲームをした記憶が!
よし! ボクを中心に半径2mを覆うバリアのイメージ……半球の表面に常に電流を流して帯電させて……大切なのは威力より持久力……再使用制限に掛からないように維持するんだ。
「リンネちゃん、約80mの距離で囲まれています。そろそろ魔法が来ますよ!」
魔力を練り上げて……雷の出力を1000万Vまで抑えて……それを維持……よし、何とかギリギリ3分間はいけそうだ!
「理科の透明半球を頭に被るな!《雷魔法/中級》!!」
ボクの周囲を金色の膜が覆う!
目を凝らして見れば、光速に煌めく稲妻が常に走っていて凄く綺麗かもしれない。そんな余裕は無いけど。
敵は既に《麻痺魔法》を放ちつつ、徐々に包囲を狭めてくる!
魔法同士が激しく干渉し合ってバチバチするそれは、まさに、太陽を覆うコロナやプロミネンスの如し。
集中しないと!
敵は《麻痺魔法》を連発してボクの防御魔法を押し潰すつもりだ。
目を閉じて、魔法維持のみに全神経を注ぐ――。
「距離60m、数は20です!」
集中だ。根性比べは始まったばかり。メルちゃんの魔法の範囲内まで寄せ付けないと――。
「距離40mです、頑張って!」
結構きつい、2分過ぎたかな……今解除したらボクたちは即死しそうだし、今更ここから放出魔法には切り替えできない。
「距離30m……リンネちゃん頑張れ!!」
後1分ならいける!
メルちゃんの魔法の範囲内まで、粘る!
「距離20m! もう少し!!」
集中! 集中! 集中!!
3分を予定していたけど――4分を、限界を超えている。ボクの魔法はカイゼルをも驚かせたんだ、自信を持て!
こういうときの対処法なら知ってる。
笑顔だ。辛いときこそ笑顔! 魔物達に余裕たっぷりなところを見せつける!
ボクはなるべくひきつらないように、可愛く微笑んだ!
「リンネちゃん!? 距離10m!」
「も~う~む~り~!!」
「鼻から湧き出るラーメンに恐怖しろ、《闇魔法/下級》!!」
『『グアァァァ!!』』
黒いボロ布を纏った魔物が、顔を掻き毟りながら地面をのたうち回っている。
メルちゃんの《闇魔法》は恐ろしい!
ヤバい、ヘルソーサラーは!?
あ……レンちゃんが容赦なく倒してる!
魔力は残り1割。スノーとスカイのゲージもしっかり見えているし、大丈夫だった!
「リンネちゃん、ヘルナンチャラーからマジックポーション3本奪ってきたよ!」
「レンちゃん、ありがとう。命懸けだったよ、ほんとギリギリセーフ」
「メルちゃんの変な詠唱のせいで?」
「レンちゃん、何を言ってるんです? レンちゃんに聞かされた恐怖話ですよね?」
「あはは……」
★☆★
次の日、また次の日と、旅は順調に進んだ。
ティルスに近づくほど、治安が回復していったし、行き交う隊商も増えていった。
ボクたちを追い越していく馬車の中には、多くの人を乗せたものもあった。奴隷かもしれない――そんな不安が頭を過る。
やがて、フリージア王国第2の都市として名高いティルスの城壁が見えてきた。
アイちゃん情報によると、東西街道の要として栄えたフィーネの4倍の規模を誇る大都市で、最盛期には人口30万人を超えていたらしい。日本基準でも、そこそこの都市だよね。
フィーネを出て3日目、召喚から25日目の昼前、予定より半日早くボクたちはティルスの門を潜った。
アイちゃんたちも今日の夕方にはルークに到着する予定だし、途中の村を守らせているスノーとスカイも大丈夫そう。
気掛かりは、ミルフェちゃんからの返信が来ないことだけ。連絡が無いのは無事なしるしというけれど、やっぱり心配だよね――。
リンネ、メル、レンは第二都市ティルスへと辿り着いた。しかし、そんな3人を再び悪夢が襲う――。
《簡易マップ》
王都=====ティルス====村==フィーネ




